宇宙の起源

土師氏(はじうじ)

土師氏(はじうじ)は出雲(島根県辺り)から大和(奈良県)までの、400年頃から550年までの古墳造営や葬送儀礼に関った氏族とされている。土師氏(はじうじ)の祖は野見宿禰(のみのすくね)で、彼は垂仁(すいにん)天皇の命により、当麻蹴速(たいまのけはや)と角力(“すもう”=相撲)をとり、それに勝ち、土師臣(はじのおみ)の姓を与えられ、埴輪も発明したと伝えられている。
野見宿禰(のみのすくね)や土師氏(はじうじ)の名が出てくる日本書紀の創成神話では、「一なるもの」を鶏(にわとり)の卵のような混沌と表していて、各国の創成神話と類似していた。つまり日本書紀も御子による作り話という結論。よって土師氏(はじうじ)、野見宿禰(のみのすくね)、古墳、埴輪、と角力(“すもう”=相撲)も、御子を表したシンボルであり、御子由来のものという結論。

古墳の石室の石材を加工する際に使われるノミという道具は、野見宿禰(のみのすくね)の野見と関連があるとされている。つまりノミも御子由来の道具という可能性が見えてくる。

1573年からの安土桃山時代には穴太衆(あのうしゅう)と呼ばれる石工(いしく)の集団が、寺院や城郭などの石垣を作り、古墳築造などを行っていた石工の末裔とされている。織田信長や豊臣秀吉らによって城郭の石垣構築にも携わるようになった。日本の城の石垣には次の画像のように、左から野面積み(のづらづみ)、打込み接ぎ(うちこみはぎ)、切込み接ぎ(きりこみはぎ)という3つの特徴的な組み方が見られる。これら石の加工にはノミを使う。
金沢城
石垣

また大阪城の巨石は修羅(しゅら)と呼ばれるソリを使って運んだという話だったが、その修羅は大阪府藤井寺市の三ツ塚古墳(みつづかこふん)から見つかっている。

つまり穴太衆(あのうしゅう)、石垣の組み方、ノミ、修羅(しゅら)と技術や知識も御子由来ということ。そしてこの時代より作られる寺院や城は、御子作か、御子に指導された石工が作ったか、その石工の末裔が作ったかのどれかとなる。

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