宇宙の起源

縄文時代前にすでに日本では船が使用されていた

国立遺伝学研究所の遺伝学者、斎藤成也氏によると、日本では縄文時代が始まる前の紀元前1万8000年頃には、東京都に属する伊豆諸島の神津島(こうづしま)から出土する黒曜石(こくようせき)を、本州の人々が船で渡って採取し、使用していたと述べている。その範囲は広く、東は東京、西は静岡、内陸部へは山梨県に達し、半径約180kmまで拡がっていた。また同氏は研究の結果より、北海道に住むアイヌの人々が最も縄文人に近い人々であったとも述べている。

当時の人々は丸木舟を使っていた。千葉県の雷下(かみなりした)遺跡で、紀元前5500年頃の縄文時代の丸木舟が出土している。ムクノキをくりぬいた丸木舟で全長約7.2メートル、幅約50センチ、厚みは船底部の端で約8センチだった。

北海道大学植物園内の北方民族資料室には、1925年頃の大正末期に作られた「アイヌのまるきぶね」がある。これはヤチダモの木をくりぬいて作ったもので、長さが6メートル近くある。アイヌ民族は縄文人に最も近い人々と考えると、アイヌの丸木舟は縄文人の船と近しいと考えられる。丸木舟の製作は、アイヌの人たちにとってとても神聖なもので、作業をはじめる前と完成したときには、カムイノミという儀式をおこなって神にお祈りをささげている。


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