世界中から出土している同じ形態の女神像

世界中で見られる女神像にも共通点がある。例えば、肩幅が広い、胸を露出している、その胸を触るか胸の下に手を置く、へそがある、三角形の下着をはいている、下半身が太い、渦模様があるなど。次の画像は左から、マヤ文明のUFOから降りてくる女神、バビロニアの女神イシュタル像(紀元前2000年頃)、エジプトの女神像(紀元前3800年頃)。
女神像2

次の画像は左から、イラクの蛇顔の女性像、長野県の縄文ヴィーナス、マルタ島の女神像。
女神像

シュメール神話の粘土板には「イナンナはイシュタル」という記述があり、メソポタミアで胸を触る女神像は、一般的にイシュタルとされている。しかしシンボルのつながりで解釈していくと、胸を触る像はニンギシュジッダを表した女神像ということが見えてくる。つまりイナンナとイシュタルはニンギシュジッダと同一神ということ。さらにイナンナとニンギシュジッダが同時に登場するシュメール神話は作り話で、事実ではなかったという結論になる。

その女神像のシンボルは「サバジオスの手」に見られる。この彫刻はニンギシュジッダのシンボルという結論だった。その手の下側には、女性が子供と寝そべり、授乳している女性が見られる。

寝そべる女性で知られているものに、地中海のマルタ島の女神像がある。体型、手の位置、へその彫刻などから見て、各国の女神像と共通している。また立像の下腹部には三角形の下着のような彫刻も薄っすら見える。

また、子供に授乳している女神像も各国から数多く出土している。左から順に、地中海のキプロス(紀元前1300年頃)、メソポタミアの蛇顔の女神(紀元前5500年頃)、スペインのマラガの女神像、シリア(紀元前4500年頃)。

左から順に、インダス文明のメヘンガル(紀元前2700年頃)、エジプトのイシス(女性)とホルス(子供)、ヴィンチャ文明(紀元前5700年頃から)、インドのクリシュナとヤショーダ(1100年代)。

左から順に、日本の東京の縄文時代の子抱き土偶(紀元前3000年頃)。日本の茨城県黄金塚(こがねづか)古墳の乳飲み児を抱く女性埴輪(600年頃)。

授乳している女神像がエジプトから日本まで見られるということは、それだけでこれらの女神がニンギシュジッダと同一神ということを見えてくる。次は、紀元前1800年頃の女神イナンナ(イシュタル)と壺。胸を出し、へそがあり、三角形の下着を履いている。この壺にもニンギシュジッダのシンボルの鳥、魚、亀が見られることから、イナンナ(イシュタル)はニンギシュジッダということが見えてくる。

次のバビロニアの女神イシュタルの浮き彫りは、手に王権の象徴の輪を持ち、2匹のライオンの上に立つ。王権の象徴はエジプトの蛇の紀章ウラエウスにも一緒に描かれており、ウラエウスも2頭のライオンもニンギシュジッダのシンボルという結論だった。ここではライオンの左右にいるフクロウが新たなシンボルとして見られる。

レバノンにあったビュブロスで崇拝されていたアスタルトも、各国の女神像の共通点が見られる。アスタルトはイナンナやイシュタルと同一視されているが、ニンギシュジッダの象徴の三日月を頭に乗せている。ニンギシュジッダであるサバジオスも、頭に三日月を乗せている。つまりすべてニンギシュジッダを表している。

次の左側の縄文土器には2つの顔が彫刻されていて、下側の顔の一段上に三日月も描かれ、その中には薄く渦模様が見られる。三日月も渦模様もニンギシュジッダのシンボル。この土器にある2つの顔と同じ顔が、右側の長野県の縄文のヴィーナスに見られ、耳の上には渦模様も彫刻されている。この像も下半身が太く、胸が出て、へその彫刻がある。つまり縄文土器、縄文土偶もニンギシュジッダを表している。

紀元前3400年頃のシリアから出土している目の女性像も、ニンギシュジッダであることがわかる。胸が出ていることや三角形の下着をはいていることに加え、体にジグザグ模様も見られる。ジグザグはトルコのギョベクリ・テペの石柱でも見られ、これもニンギシュジッダのシンボル。

同じくシリアからは目の女性像が多数出土しており、体にジグザグ模様がある。こういったことから、これらはニンギシュジッダを表す像という結論。このように女神像をニンギシュジッダのシンボルで考えていくと、装飾などのデザインの意味がわかる。

こういった女神像が、紀元前3万8000年頃から紀元前300年頃までの3万7700年間に世界中で見られる。人種も言語も大陸も違う人間が同じデザインパターンの女神像を共有していたとは考えられず、これら女神像はニンギシュジッダによって作られた。メキシコのマヤ文明からの出土品には、女神であるニンギシュジッダが宇宙船から降りてきているような絵が描かれている。その宇宙船の右下には、エジプトやメソポタミアなどで見られる有翼円盤も描かれている。つまりニンギシュジッダが姿を変えながら、宇宙船に乗って世界中に現れていた。

次は古い時代からの各国の女神像。左からドイツの女神像(紀元前3万8000年頃)、ロシアの女神像(紀元前2万6千年頃)、オーストリアの女神像(紀元前2万5千年)。

左からフランスの女神像(紀元前2万3千年頃)、チェコの女神像(紀元前2万4800年頃)、シベリアの女神像(紀元前1万8千年頃)。

左からトルコのギョベクリ・テペの女神像(紀元前9500年頃)、ギリシャの女神像(紀元前5500年頃)、エジプトの女神像(紀元前4400年頃)。

左と真ん中は中国の女神像(紀元前4000年頃と3500年頃)、右はイタリアのサルデーニャ島の女神像(紀元前3500年頃)。胸を触るポーズが共通している。

左からパキスタンのメヘンガルの女神像(紀元前3000年頃)、右2つはメキシコのマヤ文明の女神像(紀元前3000年頃)。

左からインダス文明のモヘンジョダロの女神像(紀元前2500年頃)、南米エクアドルの女神像(紀元前300年頃)。

紀元前3300年頃のメソポタミアのウルクからは、胸に手を当てた男根のある像も出土している。つまりニンギシュジッダは男女両面を併せ持った存在ということ。
ウルク(紀元前3300年)

また、石のハンドバックが出土した紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化では、下の左の画像のように両手で2匹の蛇をつかむ角のある人物が描かれている。同じポーズの像は紀元前2000年頃のギリシャのクレタ島からも見つかっていて、右の画像の2匹の蛇を両手でつかむ胸の出た女神像。つまりどちらもニンギシュジッダを表す。

この同じポーズはエジプト、ヨーロッパ、中東、インド、南北アメリカで見られる。左のエジプトのホルスが両手に2匹の蛇とサソリを持っていたり、その右の同じエジプトのアンクという十字から生えた手がウアス杖を持っている。ホルスは男根があるので男だが、つまり男性としても女性としてもニンギシュジッダは描かれている。

次の左の画像は南米のインカ帝国で蛇のような長いものを両手に持った神ビラコチャ、右側の北アメリカの先住民ナバホ族の神エイ(Yei)はよくトウモロコシとともに描かれる。トウモロコシもニンギシュジッダのシンボルということ。

インドのインダス文明の印章では両手にライオンをつかんでいる。ライオンはニンギシュジッダのシンボルとしてよく登場する。

インドのインダス文明の別の出土品にも同じポーズの女神が見られるが、その上下に六芒星とゾウが彫刻されている。これらもニンギシュジッダのシンボルということ。

シュメールの単語ニン(Nin)は、女教皇、女王、女司祭長、女神を示すのに使われる。例えばギルガメシュの母ニンスンや、ニンフルサグ(ニンマー)、ニンニル、ニンガルなど。ニンギシュジッダも名前にニンがつき、世界中の宗教や神話に現れ、男女の神として登場する。時には2匹の蛇の中国神話の伏羲(ふっき)と女媧(じょか)やインドのナーガラージャのように、男女の組み合わせで現れる。これはニンギシュジッダが男女両方の性を持った両性具有だからであり、「一なるもの」とも同一ということ。

ここにあげた例以外にもシンボルは存在するが、このように世界中の女神像とそこに描かれているシンボルを照らし合わせていくと、全てがニンギシュジッダのシンボルでつながっているということが見えてくる。


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