トーテムポール

ネイティブ・アメリカンのトーテムポールの由来も、ニンギシュジッダにある。

1700年代後半になり、白人が北アメリカ北西沿岸部にやってきたときには、トーテムポールの存在が確認されている。しかし、それ以前の存在については確認することができない。理由は、太平洋岸北西部は雨が多くて木材が腐りやすく、1700年代より古いものが発見されないため。
トーテムポールは、北アメリカ大陸の太平洋に面した先住民の多くが、家の中、家の前、墓地などに立ててきた柱状の木の彫刻。またハウスポスト(家柱)という家の中の屋根を支える柱として存在した。先住民たちは英語表現としては単にポール(柱)と呼ぶことが多い。このトーテムポールには、子供を前に抱える大人が彫刻されていることがある。

このトーテムポールも樹木崇拝の一部。柱で類似しているのはゲルマン民族の樹木信仰で、宇宙は巨大な一本のトネリコの樹によって支えられているとする。ゲルマン人は住居建設時も一本の樹の幹を中心にし、四角く削られた幹に家の木組みをすべてもたせかけた。そうした住まいは小宇宙をなし、屋根は「宇宙の軸」によって支えられる天を表現した。

トーテムポールの子供を前に抱える彫刻は、紀元前1万年頃のトルコのギョベクリ・テペから出土している石像にも見られ、そこには世界中のニンギシュジッダの女神像に共通している胸を触るポーズが見られる。


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