エジプトのツタンカーメン

■紀元前1330年頃

ツタンカーメンは古代エジプト第18王朝のファラオ。ツタンカーメンが描かれた遺物にも、ニンギシュジッダのシンボルが見られる。次の画像の椅子には2頭のライオン、羽のある蛇の紀章ウラエウスのシンボルが見られる。
ウラエウス2
ウラエウス
椅子の背もたれの絵には、ツタンカーメンと妻アンケセナーメンが描かれている。ここにもウラエウスがいくつもあり、太陽も見られる。アンケセナーメンの冠の中の葉の模様は、タニトやアンク十字でも見られ、これもニンギシュジッダのシンボル模様ということ。
次の左のエジプトの装飾品は、左からプタハの妻セクメト、若いツタンカーメン王、プタハ。プタハ、蛇の紀章ウラエウス、太陽、ライオンは全てニンギシュジッダという結論だった。ここにツタンカーメンもいる。ツタンカーメンもニンギシュジッダを表す。
こういったことからツタンカーメンも妻アンケセナーメンも実在せず、ニンギシュジッダを表した登場人物という結論。エジプト神話そのものがニンギシュジッダによる作り話という結論だった。

■紀元前1000年頃

イタリアのサルデーニャ島

地中海のサルデーニャ島でもニンギシュジッダの、胸の出た女神像、多角形の石積み、ジッグラトが見られる。伝説ではサルデーニャ島の先住民は巨人で、それがカブラスの石像。つまりここでも巨人伝説が見られる。

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