栃木県の日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)

日光東照宮は日本全国の東照宮の総本社的存在。ここにも多角形の石積みや黄金比が見られる。 この日光山(にっこうさん)の開山の祖である勝道上人(しょうどうしょうにん)は、735年に栃木県に生まれたとされる。勝道上人が日光山を開くとき、大谷川(だいやがわ)の急流に行く手を阻まれ神仏に加護を求めた際、深沙王(じんじゃおう)が現れた。深沙王は赤と青の2匹の蛇を放ち、その背から山菅(やますげ)が生え、蛇は大谷川の両岸にからみあって虹のように美しい橋となったという伝説がある。この橋が神橋(しんきょう)で、山菅の蛇橋(じゃばし)とも呼ばれている。

つまり日光には2匹の蛇、虹、多角形の石積み、黄金比の共通点が見られることから、勝道上人(しょうどうしょうにん)も日光東照宮を建てたのもニンギシュジッダという結論。 また807年頃、勝道上人(しょうどうしょうにん)空海に日光山について文章の作成を依頼し、814年に空海が「勝道碑文(しょうどうひぶん)」を作成した。空海もニンギシュジッダという結論だったが、つまりこれらの歴史全てが、ニンギシュジッダによる作り話という結論。

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