宇宙の起源

奈良県の大野寺(おおのでら)の弥勒磨崖仏(みろくまがいぶつ)

■681年

大野寺(おおのでら)は役小角(えん の おづの)が建立したと伝えられている。

ここには、岩壁に弥勒仏立像(みろくぶつりゅうぞう)を線で表した弥勒磨崖仏(みろくまがいぶつ)がある。この顔の右側部分と腰部分に、多角形の石の彫り込みがある。また頭は松ぼっくりのデザインになっている。松ぼっくりもメソポタミアなどで見られた。つまりニンギシュジッダ作。

また、大野寺の近くの室生龍穴神社(むろうりゅうけつじんじゃ)にも、多角形の石積みが見られる。

つまり大野寺を建立した役小角(えん の おづの)はニンギシュジッダで、多角形の石の切れ込みがある弥勒磨崖仏(みろくまがいぶつ)を作った。役小角(えん の おづの)の出生についても、ニンギシュジッダである釈迦(仏陀)や聖徳太子と共通点が見られる。
「妊娠」
・釈迦(仏陀)の生母マーヤーは、ヴァイシャーカ月に6本の牙を持つ白い象が胎内に入る夢を見てシッダッタを懐妊した。
・聖徳太子の母の間人皇女(はしひとのひめみこ)は、西方の救世観音菩薩が皇女の口から胎内に入り、厩戸(うまやど)を身籠(みご)もった。

・役小角(えん の おづの)の母がある夜、天空に金色に輝く金剛杵(こんごうしょ)が浮かんでおり、これが静かに降りてきて口に入ってしまうという不思議な夢を見た。そして役小角を授かった。幼名は金杵麿(こんじょまろ)という。

金剛杵(こんごうしょ)もニンギシュジッダのシンボルだった。役小角(えん の おづの)の伝説は他にもある。

・役小角の別名である役行者(えんのぎょうじゃ)は毎晩、流刑先の伊豆大島から海上を歩いて富士山の麓まで行き、霊山に登っていた。
・仙人になった役小角は、空を飛べる能力も具えていた。
・飛んで大陸に渡り、虎に変身した。
・修験道(しゅげんどう)の祖とされた。

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