台湾のパイワン族

沖縄に近い台湾にも、2匹の蛇のシンボルが見られる。台湾南部に住むパイワン族は台湾原住民の一種族。2000年の調査ではパイワン本族は7万331人で、台湾原住民の17.7%にあたり、台湾原住民で三番目に人口の多い民族集団。


パイワン族は世襲貴族制で、貴族、準貴族、平民の三階級からなる。貴族は貢税(ぐぜい)や土地支配権を持ち、服飾、紋飾に至るまで特権を得ていた。その中の貴族の頭目家は支配権を持ち、そのシンボルは百歩蛇(ひゃっぽだ)という蛇。家紋として人体像、家屋の入り口、柱、軒に彫刻し、衣服に刺繍してきた。

このパイワン族の創世記は、太陽と百歩蛇(ひゃっぽだ)という蛇にまつわるもの。この物語は複数存在するが、下記はその一例。

「昔、太陽はツァカパウクヌ山の頂に赤・白の卵を一個ずつ生みおとし、百歩蛇のブーロンに、それを保護するよう命じた。そこで百歩蛇はこの卵の孵化(ふか)につとめ、その結果やがてこの二個の卵から男女二神が生まれた。この二神の後裔(こうえい)がパイワン族の貴族の祖先となった。平民の祖先はリーライと呼ばれる青蛇から孵化したもの。パイワン族の服飾や芸術彫刻品のなかに、多くの蛇模様が見られるのはまさにこの為である。」(高淵源著、台湾高山族、1977年2月刊より要約)

このパイワン族の祭祀用土器の浮き彫りに、2匹の百歩蛇(ひゃっぽだ)の浮き彫りが見られる。
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また次の画像左側の木彫板では頭に2匹の百歩蛇が見られ、両手を上げ手のひらを見せている。これもニンギシュジッダのシンボルポーズという結論でタニトなどに見られた。また右の木彫板では2匹の百歩蛇の上に祖先の人面が刻まれている。その百歩蛇の体には、ジグザグ模様で描かれた菱形のニンギシュジッダのシンボルも見られる。つまり2匹の蛇で表された台湾のパイワン族の文化も、全てニンギシュジッダが由来という結論。
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下の画像はタニト、両手を上げるポーズ、十字のシンボル。

 

またパイワン族の針磨きという木彫の渦巻き部分にもジグザグ模様が見られ、上部先端には十字も見られる。どちらもニンギシュジッダのシンボルという結論だった。トグロの中心部には三角紋を頭につけた祖先神の顔の彫刻。
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台湾先住民にはY染色体ハプログループO1a系統が66.3%〜89.6%の高頻度で観察されている。つまりアフリカから広がった人類が、紀元前3万3000年頃に台湾にやってきた。
ハプログループO

そしてここまで見てきたパイワン族の伝統文化がニンギシュジッダによって与えられた時期は、推測だが800年頃〜1500年頃が一つの目安と考えられる。理由は日本、中国、東南アジアの遺跡の建造の年代がこの時期に多く見られ、そこに王など支配権力を置くこともあった。これらの遺跡の間にある台湾のパイワン族にも貴族という支配階級が存在したというのが理由。

794年、日本の平安京
890年頃、カンボジアのプレアヴィヒア寺院
1100年頃、カンボジアのアンコール・ワット
1300年頃、中国の紫禁城(しきんじょう)
1429年頃、沖縄首里城

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