前方後円墳の誕生

日本に250年から600年頃、前方後円墳が現れ始める。全国に4800基以上ある。大阪府の仁徳天皇陵古墳は、全長約486mで日本最大。

この古墳をよく見ると、台形の部分に腕のような造り出しがある。これと同じ形が、ニンギシュジッダのシンボルのタニト。また前方後円墳が段々に盛り上がっているのも、タニトの枠に見られるシンボル。

京都府の恵解山(いげのやま)古墳にも造り出しが見られる。

次の左の広島県の三ツ城(みつじょう)古墳にも造り出しが見られる。右の奈良県の箸墓(はしはか)古墳のように、造り出しがない場合もある。

四角形の前方後方墳も日本に200基以上存在する。福島県の大安場1号墳は全長約83m。

静岡県の前方後方墳の小銚子塚(こちょうしづか)古墳は全長46mで、前方後円墳と共に並ぶ。
小銚子塚(こちょうしづか)古墳

この前方後方墳の形も、太陽と三日月があるタニトに見られる。また前方後方墳も段々になっているが、それがタニトの枠に見られる。つまり前方後方墳も段々のデザインもニンギシュジッダのシンボル。

前方後円墳の内部には巨石の石室がある。この石室はドルメンのように巨石を天井石として置いている。つまり全てニンギシュジッダ作。

720年に編纂された日本書紀では、奈良県の箸墓(はしはか)古墳について、「この墓は、昼は人が造り、夜は神が造った(是人者、日也人作、夜也神作)」とある。つまりこの神とはニンギシュジッダを指す。

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