6章 1000年〜1800年

 

■1010年

インドの双頭の鷲(わし)

共通のシンボルの双頭の鷲(わし)は、ヒンドゥー神話ではガンダベルンダという名で登場する。1010年に完成したブリハディーシュヴァラ寺院では、ガンダベルンダの絵が見られる。ここもピラミッド型。

ラーメーシュワラム寺院では彫刻として見られる。


イランの民族叙事詩のシャー・ナーメ(王書)

1010年に編纂(へんさん)されたイラン最大の民族叙事詩のシャー・ナーメ(王書)には、両肩に2匹の蛇を生やしたザッハーク王が登場する。

また英雄フェリドゥーンは、赤子の時に母と共に、暴君(ぼうくん)ザッハークの虐殺から逃れるためエルブルズ山に行き、母はフェリドゥーンを牛飼いに預けた。つまりこれも他神話との類似し、また2匹の蛇も見られる。


■1017年

スリランカのポロンナルワの遺跡群

ポロンナルワにも切込み接(は)ぎの石積み、獅子像、岸壁をくり抜いた中の仏像が見られる。

 
 
上の画像の釈迦(しゃか、仏陀)が横になって寝ている涅槃像(ねはんぞう)もシンボル。これはサバジオスの手の下部に彫刻されていたり、地中海のマルタ島の女神像でも見られた。涅槃(ねはん)とは仏教において、煩悩を滅して悟りの智慧(ちえ)を完成した境地のこと。

 


 

■1053年

京都の平等院

平等院(びょうどういん)鳳凰堂(ほうおうどう)も立面図では黄金比にならないが、人間目線で見れば黄金比になり、階段の幅も黄金比のよって決められている。

 
鳳凰堂の中堂(ちゅうどう)の入り口も黄金比でできている。

鳳凰堂の阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)の黄金比の渦模様。また、光背も描かれている。

鳳凰堂の阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)の周囲の壁には、52体の雲中供養菩薩像(うんちゅうくようぼさつぞう)が飾られ、雲部分の渦模様が黄金比になっている。

 

■1100年代

カンボジアのアンコール・ワット

アンコール・ワットにも、切込み接(は)ぎの石積み、獅子(ライオン)像、黄金比が見られる。

 

■1121年

イランのジャーメ・モスクの黄金比

ジャーメ・モスクにも黄金比が見られる。

 

ジャーメ・モスクの中央の広場は黄金比を2つ並べた大きさ。中央の道幅も黄金比の比率。

イーワーンも黄金比の比率。

イスラム教のシンボルマークには三日月も見られる。
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■1200年頃

沖縄県の勝連城

勝連城(かつれんじょう)の切込み接(は)ぎの石積み。


ゴシック建築の大聖堂

ドイツのケルン大聖堂は高さ157m。エジプトのピラミッドは高さ146.6m。

このゴシック様式以前のロマネスク様式は壁が厚く、そのため聖堂内は真っ暗だった。この方法でしか高い建物は作れなかった。

しかしゴシック建築は薄い壁、薄いステンドグラスが建物を支えている。通常なら薄い壁はその重さに耐えられない。

この薄い壁を支える技術が、上部の尖(とが)った尖塔(せんとう)アーチと飛び梁(はり)。尖塔アーチが上部からの重さを左右に分散し、それを建物横の飛び梁が支える。この尖塔アーチはインドのクトゥブ・ミナールやタージ・マハルにも見られる。

ヨーロッパ全土にゴシック建築の大聖堂が建設された。それらに飛び梁があり、大聖堂自体が十字架の形をしている。

十字も共通のシンボル。

 
 

 

インドのクトゥブ・ミナール

クトゥブ・ミナールにも、切込み接(は)ぎの石積み、16花弁の紋章、尖塔(せんとう)アーチが見られる。

クトゥブ・ミナールの細かな装飾。4907a-225e3258225af25e32583258825e3258225a525e32583259525e32582259925e3258325bb25e32583259f25e32583258a25e3258325bc25e3258325ab25e3258125ae25e3258225a225e3258325

イルトゥトゥミシュの廟(びょう)の切込み接(は)ぎの石積み、16花弁の紋章、尖塔(せんとう)アーチ。

クトゥブ・ミナール内の「錆びないデリーの鉄柱」は、古代インドの商業都市の毘舎離(びしゃり)にある獅子像が乗った石柱と同じデザイン。

 
 

南米のクスコ王国

クスコ王国はインカ帝国より引き継がれた。インカ神話の創造神ビラコチャは無という結論だった。ここにも切込み接(は)ぎの石積みがある。
 
 
 

■1202年

三重県の新大仏寺

三重県の新大仏寺にも切込み接(は)ぎの石積み、黄金比の渦模様が見られる。

 
 
大仏の体部は江戸時代の補作で、頭部は仏師の快慶(かいけい)の作とされる。

大仏の石造基壇(きだん)は造像当時のもので、切込み接(は)ぎの石積みが見られる。

大仏殿の裏手にある岩屋不動は岩をくり抜いた場所に立っている。

新大仏寺に祀られている不動の顔の頭部に、黄金比の渦模様が見られる。

この新大仏寺は、重源(ちょうげん)が創建されたと伝えられる。重源(ちょうげん)は鎌倉時代に東大寺大仏と大仏殿の復興事業を指揮した僧として知られる。
重源

■1215年頃

アルメニア共和国のゲガルド修道院

ゲガルド修道院にも切込み接(は)ぎの石積みがある。

 
ゲガルド修道院の門のアーチは、奈良県のキトラ古墳の石室の石組みと同じ。
 
 
十字架もたくさん彫られている。
 
フラワーオブライフの彫り込み。これもタニトと共に見られる共通のシンボル。十字架も見られる。
 
 

■1225年

フランスのノートルダム大聖堂

ノートルダム大聖堂(アミアン大聖堂)はゴシック建築を代表する建物。ここにも切込み接(は)ぎの石積みが見られる。

 
 
 

■1248年

ゴシック建築のケルン大聖堂

ドイツのケルン大聖堂にも、切込み接(は)ぎの石積み、黄金比の渦模様が見られる。

 

■1300年頃

中国の紫禁城(しきんじょう)

紫禁城(しきんじょう)は、中国の歴代王朝の明(みん)の1368年から、清(しん)の1912年までの旧王宮。

 
紫禁城の敷地は2つの黄金比の大きさ。黄金比を縦横に並べたときに現れる線の位置に、建物や橋が配置されている。
 

正面から見た太和殿(たいわでん)に2つの黄金比を配置すると、前方にある階段の幅と位置が黄金比の比率の位置になる。

切込み接(は)ぎの石積みも見られる。

階段の壁や手すりの黄金比の渦模様。

太和門の両側にいる獅子像。その髪の渦模様も黄金比。

紫禁城の獅子像は前足で球体を掴んでいる。球体は宇宙卵(うちゅうらん)で、「無」を表す。

この球体の模様はフラワーオブライフの模様。これは紀元前645年のイラクのアッシュールバニパルの神殿や、エジプトのオシリス神殿でも見られる。

このフラワーオブライフの一部分の6枚花びらの模様も、タニトと共に見られるシンボル。

紫禁城内の亀の像やその他の建物にも、黄金比の渦模様が彫刻されている。

 

中国神話の竜

中国神話には無数の竜が存在する。竜も中国のバイ族創世神話で見られ、共通のシンボルという結論だった。帝王である黄帝(こうてい)の竜を応竜(おうりゅう)という。応竜は水を蓄えて雨を降らせる能力がある。つまり共通のシンボルの雷雲と雨と同一。

中国の短編小説集の述異記(じゅついき)には、「泥水で育った蝮(まむし)は五百年にして蛟(みずち”雨竜”)となり、蛟(みずち)は千年にして竜(成竜”せいりゅう”)となり、竜は五百年にして角竜(かくりゅう)となり、角竜は千年にして応竜(おうりゅう)になり、年老いた応竜は黄竜(こうりゅう)と呼ばれる」とある。つまり黄竜と応竜は同じ。

黄竜は皇帝の権威を象徴する竜とされたが、後に麒麟(きりん)と置き換えられたり、同一視された。

紫禁城の慈寧門前に二体の麒麟(きりん)が置かれている。黄竜(こうりゅう)と同一視される麒麟(きりん)が慈寧門前に二体並んでいるということは、共通のシンボルが二体あるということ。日本の神社で言えば、二体の獅子像である狛犬(こまいぬ)と同じ。


雅楽(ががく)の竜

舞楽面(ぶがくめん)は天狗、烏天狗(からすてんぐ)、アイオーンとつながる。

雅楽(ががく)の曲目の陵王(りょうおう)の装束(しょうぞく)には、胸と腰に丸く竜の刺繍(ししゅう)がされている。


竜、9、皇帝の権力、四神、烏龍茶

数字の9は中国で天の数。中国の九龍壁(きゅうりゅうへき)は、異なる9つの竜が描写された壁。
紫禁城の九龍壁

9は皇帝の数で、最高位の官吏(かんり)は9つの竜がある上着を着た。1735年から1796年の清の第6代皇帝の乾隆帝(けんりゅうてい)も竜の服を着ていた。竜は清の国旗にも使用された。

また中国神話に四神(しじん)がいる。東の青龍(せいりゅう)・北の玄武(げんぶ)・南の朱雀(すざく)・西の白虎(びゃっこ)。この青龍も共通のシンボルということ。玄武(げんぶ)は亀と蛇なので、これもシンボル。亀と蛇はサバジオスの手にも見られた。

朱雀(すざく)は奈良県の平城京の朱雀門に、黄金比のシンボルが見られた。

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中国では青龍と白虎(びゃっこ)を一対と捉えていた。風水でも外から玄関に入ったとき、右側を青龍の方向、左を白虎の方向とする。入り口の左右に配置する構図は狛犬などと同じで共通のシンボル。この配置は京都の平安神宮の手水舎(ちょうずや)にも見られる。

また伏犠(ふっき)が生みの親の易経(えききょう)に、「雲従竜風従虎」という言葉が出てくる。この読み方は「雲は竜に従い、風は虎に従う」で、意味は「竜が雲を従え、虎が風を従えるように、天子に徳があれば、必ず賢臣が現れ、互いの能力を発揮できる」というもの。南米のアステカ神話のケツァルコアトルも風の神。こういったことから、風のシンボルを持つ白虎、そして四神は全て無を表す。四神は奈良県のキトラ古墳の壁画や平城京でも見られた。


中国の古代の竜

竜も共通のシンボルという結論で、紀元前5000年頃の土器には鹿龍、猪(いのしし)龍、鳥龍。
趙宝溝文化の龍

紀元前4400年頃の西水坡遺跡(せいすいはいせき)の、龍虎(りゅうこ)のレリーフ。

紀元前4700年頃から紀元前2900年頃の紅山(こうさん)文化の、竜を象った玉竜。中国では紀元前6000年頃に胸を触る女神像が出土していた。


風神、雷神、イザナギ、イザナミ

雷も風も共通のシンボルだった。つまり日本神話の風神(ふうじん)、雷神(らいじん)も無をシンボル化したもの。
風神雷神図(建仁寺蔵)

京都の三十三間堂(1165年創建)の木造の風神・雷神像は鎌倉時代の作で国宝。

雷鳴を神鳴(かみな)りと言うが、雷は神の力とされた。稲妻(いなずま)は字の通り、稲と関連づけられている。雷は田に水を与え天に帰る神。雷は漢字で「雨」と「田」と書き、関連性が見られる。

また雷は、いかずちとも読まれ、荒々しく厳(おごそ)かな霊の意味。「いか」は、荒々しい、立派などの意味の「厳し(いかし)」から。「ず(づ)」は助詞の「つ」で、「〜の」を表す古語。「ち」は「みずち(水霊)」や「おろち(大蛇)」の「ち」と同じ、霊的な力を持つものを表す言葉で、蛇とも関係する名称。よって「いかずち」は「厳(いか)つ霊(ち)」となる。

つまり雷とは無を表す文字である。

雷神は古事記の中でも見られる。イザナミが火の神であるカグツチを産んだことで陰部に火傷を負い亡くなる。イザナギは、イザナミを追って黄泉国(よみのくに=死後の世界)まで逢いに行く。そこで「覗いてはいけない」と言ったイザナミとの約束を破り見てしまう。するとイザナミは腐敗して蛆(うじ)がわき、八雷神(やくさのいかづちがみ)である火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)に囲まれていた。その姿に恐れ、イザナギは地上へ逃げ出した。地上に戻ったイザナギは黄泉国の穢れを落とすために禊を行なうと、様々な神が生まれた。最後に、左眼からアマテラス(天照大神)、右眼からツクヨミ(月夜見尊月読命)、鼻からスサノオ(建素戔嗚尊速)の三貴子が生まれた。イザナギはそれぞれ高天原・夜・海原の統治を委任した。

中国の伏犠(ふっき)と女媧(じょか)、インドのナーガラージャは男女で一対だが、イザナミとイザナギも同じで共に生まれた。イザナギが死後の世界である黄泉国(よみのくに)に行って帰ってくる死と再生の話も、無であるオシリス、ヒラム・アビフ、ペルセポネ、ケツァルコアトルとショロトル、キリストでも見られた。そしてイザナギ、イザナミは日本列島を生み、山・海など森羅万象の神々を生んだが、万物に神が宿るアニミズムの思想も共通のシンボルという結論だった。つまりイザナギ、イザナミも無を表す。そこから生まれた天照大神も大日如来と同一視されるので無。つまり日本神話も無が主神。


アイオーン、天狗、烏天狗、ガルダ、雷公、迦楼羅天、雷神

風神は日本以外でも見られる。
・左、ギリシャの風神、ガンダーラ美術、ハッダ、100年代
・中、中国のキジル石窟の風神、タリム盆地、600年代
・右、日本の風神、1600年代
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北西インドで風袋を掲げる風神を描いたコインが作られている。左の人物はカニシカ王、右が風神で、周囲はマント。

中国の莫高窟(ばっこうくつ)の壁画では、右上に風袋を掲げた風神、左上にリング状に太鼓を並べた雷神の姿形が見える。

中国で雷神は雷公(らいこう)、雷師、雷祖などとも呼ばれ、羽やクチバシがある。下の画像の雷公は片手にハンマーを持っている。アイオーンもハンマーのシンボルが足元に描かれている。

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共通のシンボルで表されたフリーメイソンのトレーシングボードでも、ハンマーが見られる。

1542年の明(みん)の時代に描かれた雷公の左手には、デザイン的には少し異なるがメソポタミアやジーロフト文化で見られるようなハンドバックを持っている。つまり雷神=雷公=ハンドバック=無というシンボルでつながる。

羽やクチバシがある雷公は、烏天狗(からすてんぐ)と似ている。烏天狗、インドのガルダ、仏教の迦楼羅天(かるらてん)はアイオーンと繋がるという結論だった。つまりアイオーン、天狗、烏天狗(からすてんぐ)、ガルダ、迦楼羅天(かるらてん)、雷公、雷神はすべて共通のシンボルで表されている。
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中国の洪水伝説では、雷公が洪水を起こして攻めたために伏羲(ふっき)と女媧(じょか)の兄弟2人を残して人類は滅亡したとある。兄妹は雷公を助けた時に彼からもらった種を植えて、そこから育った巨大な瓢箪(ひょうたん)の中に避難して助かり、その後、陸地に降り立った2人は結婚した。

類似の洪水伝説は旧約聖書のノアの箱舟など世界中で見られ、そこに見られる神は全て無という結論だった。


■1302年

イランのオルジェイトゥ廟(びょう)

イルハン朝の第8代君主オルジェイトゥはソルターニーイェという都市を建設し、そこにオルジェイトゥ廟(びょう)を建造し、そこに葬られている。この廟(びょう)は高さ約50メートル直径約38メートルで、世界最古のもの。

ここも2つの黄金比の比率が見られる。
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ソルターニーイェのオルジェイトゥ廟3


■1386年

イタリアのミラノ大聖堂

ミラノ大聖堂にも切込み接(は)ぎの石積み、黄金比の渦模様が見られる。


 

■1400年頃

ブードゥー教、マクンバ、カンドンブレ、サンテリア

オーストラリアのアボリジニに伝わる虹蛇を同じように神として崇めているのが、ブードゥー教という黒魔術。ブードゥー教は、西アフリカのベナンやカリブ海の島国ハイチやアメリカ南部のニューオーリンズなどで信仰されている。ハイチや西アフリカではヴォドゥンと呼び習わされ、西アフリアのベナンでは国教となっている。

ハイチのブードゥー教の最高神は肥沃(ひよく)の蛇神ダンバラーウェイドで、その妻が虹蛇の女神アイダ・ウェッド。この2つの神は、中国の伏義(ふっぎ)と女媧(じょか)のように2匹の蛇で描かれる。2匹の蛇も共通のシンボルで、ギリシャ神話の神ヘルメスの杖カドゥケウスにも見られた。

1400年代から約400年の間、ヨーロッパ人による奴隷貿易により約1500万人のアフリカ人がヨーロッパや南北アメリカ、カリブ海諸島に連れて来られた。そのときに、彼等の信仰であるブードゥー教も持ち込まれ、ハイチで独自に発展した。さらにアメリカ南部のニューオーリンズにもブードゥー教は定着し、ブラジルではマクンバやカンドンブレ、キューバやベネズエラではサンテリアとなる。

ブードゥー教では、動物の死骸や血、酒などのお供えと交換で悪魔に願いを叶えてもらうもので、呪いの儀式を行う。


■1429年

琉球王国成立と首里城

尚巴志(しょうはし)が琉球王国を成立させ、首里城を王家の居城とした。

 
 
首里城に見られる石垣は復元されたものだが、切込み接(は)ぎの石積みが見られる。
 

沖縄の北谷(ちゃたん)の海底に沈んでいるピラミッド複合施設には、長さ20mの2体の蛇の石像がある。
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沖縄の石板とハジチ

沖縄県の北谷町(ちゃたんちょう)より出土の石板にも、渦模様のシンボルが描かれている。

沖縄では明治の中頃までハジチという入れ墨の習慣があり、その入れ墨と石板の絵文字が同じだったり、渦模様や十字も見られる。
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ハジチ1

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台湾のパイワン族

沖縄に近い台湾にも、2匹の蛇のシンボルが見られる。台湾南部に住むパイワン族は台湾原住民の一種族。2000年の調査ではパイワン本族は7万331人で、台湾原住民の17.7%にあたり、台湾原住民で三番目に人口の多い民族集団。

パイワン族は世襲貴族制で、貴族、準貴族、平民の三階級からなる。貴族は貢税(ぐぜい)や土地支配権を持ち、服飾、紋飾に至るまで特権を得ていた。その中の貴族の頭目家は支配権を持ち、そのシンボルは百歩蛇(ひゃっぽだ)という蛇。家紋として人体像、家屋の入り口、柱、軒に彫刻し、衣服に刺繍してきた。

このパイワン族の創世記は、太陽と百歩蛇(ひゃっぽだ)という蛇にまつわるもの。この物語は複数存在するが、下記はその一例。

「昔、太陽はツァカパウクヌ山の頂に赤・白の卵を一個ずつ生みおとし、百歩蛇のブーロンに、それを保護するよう命じた。そこで百歩蛇はこの卵の孵化(ふか)につとめ、その結果やがてこの二個の卵から男女二神が生まれた。この二神の後裔(こうえい)がパイワン族の貴族の祖先となった。平民の祖先はリーライと呼ばれる青蛇から孵化したもの。パイワン族の服飾や芸術彫刻品のなかに、多くの蛇模様が見られるのはまさにこの為である。」(高淵源著、台湾高山族、1977年2月刊より要約)

このパイワン族の祭祀用土器の浮き彫りに、渦巻き模様の2匹の百歩蛇(ひゃっぽだ)の浮き彫りが見られる。
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また次の画像左側の木彫板では頭に2匹の百歩蛇が見られ、両手を上げ手のひらを見せている。これも共通のシンボルポーズでタニトなどに見られた。また右の木彫板では2匹の百歩蛇の上に祖先の人面が刻まれている。その百歩蛇の体には、ジグザグ模様で描かれた菱形の共通のシンボルも見られる。
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下の画像はタニト、両手を上げるポーズ、十字のシンボル。

またパイワン族の針磨きという木彫の渦巻き部分にもジグザグ模様が見られ、上部先端には十字も見られる。トグロの中心部には三角紋を頭につけた祖先神の顔の彫刻。
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台湾先住民にはハプログループO1a系統が66.3%〜89.6%の高頻度で観察されている。つまり人間がアフリカからイラン付近へ行き、紀元前3万3000年頃に台湾にやってきた。
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■1438年

マチュ・ピチュ

マチュ・ピチュはインカ帝国の遺跡で標高2430mにある。ここにも切込み接(は)ぎの石積みが見られる。

石割りのための楔(くさび)を打ち込む矢穴(矢あな)が彫られている岩もある。

インカ帝国(クスコ、マチュピチュ、サクサイワマン、マルカワシ高原など)の国旗も、2匹の蛇、虹、重し(ウェイト)の絵柄となっている。この3つも共通のシンボルという結論だった。

 
 
 

 
 

■1536年

南米ペルーのオリャンタイタンボ遺跡

ペルーのオリャンタイタンボ遺跡にも切込み接(は)ぎの石積みがある。

 
 

 

■1557年

トルコのスレイマニエ・モスク

スレイマニエ・モスクにも、黄金比、切込み接(は)ぎの石積みが見られる。

 
 
 
 

■1626年

バチカンのサン・ピエトロ大聖堂

1626年にバチカン市国にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂が完成する。このデザイン的要素もサバジオスの浮き彫りと同じで、三角屋根と柱。

 
 

バチカン美術館の松ぼっくりのシンボル。左右には孔雀(くじゃく)。中国の紫禁城には鳳凰(ほうおう)がいるが、鳳凰の尾は孔雀。さらにその下の左右にはライオンがいる。

バチカン美術館の1932年に作られた二重らせん階段。上りと下りの専用になっている。これに渦模様も加わっている。


■1640年

パキスタンのマクリの丘

マクリの丘の遺跡にも、黄金比や切込み接(は)ぎの石積みが見られる。

 
ジャム・ニザムディン廟(びょう)の細かな彫刻。
 
 

■1653年

インドのタージ・マハル

タージ・マハルにも黄金比と渦模様、切込み接(は)ぎの石積み、尖塔(せんとう)アーチが見られる。また壁にコーランの章句が刻まれている。

タージ・マハルを正面から見た場合、2つの黄金比の比率が見られる。

次の右の画像の撮影位置では、建物上部の球体の上の装飾も含めて黄金比の比率に収まる。

タージ・マハルのメインの敷地は3つの黄金比を並べた大きさとなっており、建物や道は黄金比の比率の配置となっている。

 

ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンの皇妃(こうひ)ムムターズ・マハル(1595年〜1631年)の肖像画にも黄金比の渦模様が見られ、8芒星のシンボルも描かれている。

この皇妃(こうひ)ムムターズ・マハルの夫で、ムガル帝国の第5代君主シャー・ジャハーンの絵には光背が見られる。

 


■1673年

パキスタンのバードシャーヒー・モスク

バードシャーヒー・モスクは、ムガル帝国の第6代君主アウラングゼーブの命によってラホールに建設されたモスク。この敷地にも黄金比の比率が見られる。


 

■1717年頃

ロンドン・グランド・ロッジの設立

フリーメーソンは長い地下組織の歴史に終止符を打ち、近代フリーメイソンの歴史が始まる。フリーメーソンも無を崇める宗教であり、同時に秘密政治結社でもある。フリーメーソンは世界中に存在し、階級社会であり、派閥がある。

 

 

フリーメイソンのロッジ

世界中にあるフリーメイソンのメソニック・ロッジのデザインは、三角屋根と柱のサバジオスの浮き彫りと同じ。


イスラエルのフリーメイソンの紋章

イスラエルのフリーメイソン・グランドロッジのユダヤ教、イスラム教、キリスト教、フリーメイソンが合わさった特殊な紋章。直角定規とコンパス、六芒星、三日月、十字架も全て共通のシンボルだった。
グランドロッジ

 


■1776年頃

産業革命が起こる

イギリスの発明家ジェームズ・ワットが蒸気機関を改良し、能力を大幅に増大させた。それが革命的な動力源となる。その後、工場制機械工業の成立、蒸気船や鉄道に使用され交通革命も起こる。


■まとめ


ここまで見てきたように、この宇宙は「無」の意思により作られ、そのため自然から宗教の遺物にまで、黄金比などのシンボルが見られた。そしてそれらを人間へ伝えてきたのは存在Xという結論。