3章 紀元前1万年頃〜紀元前2000年頃

 

■紀元前1万年頃

縄文土器

縄文時代は紀元前13000年頃から紀元前800年頃まで続く。縄文時代の時期区分は次のようになっている。

草創期(紀元前1万3000〜前1万年)、
早期(紀元前1万年〜前5000年)
前期(紀元前5000〜前3500年)
中期(紀元前3500〜前2500年)
後期(紀元前2500〜前1300年)
晩期(紀元前1300〜前800年)

次の画像は紀元前1万年〜前5000年の早期の縄文土器で、複雑性はない。左側の土器の下半分と、右側の土器の上と下部分に御子のジグザグ模様が見られる。


西アフリカの巨人像

イタリアの地学者ピットーニ氏は、西アフリカのギニア共和国とマリ共和国の国境に近いところで、紀元前1万年頃の遺物を発見している。

ゾウに座る男性像。顔や肩の縦横のマス目模様とゾウというシンボルから、これも御子を表すという結論。ゾウが4mとするとこの人物は約10mの身長になる。それは各地の巨人伝承とも合致する。

04b51-2525ef2525bc25259025002525e52525b92525b42525e325258125258b2525e32525822525892525ef2525bc2525912525e42525b82525872525ef2525bc2525972525e525258d2525832525e52525b92525b4

この像の首から上も縦横のマス目模様。

次の2つの像には顔にジグザグ模様がある。ジグザグ模様は、御子であるシリアの目の女神像の体にも見られる。
●●●●●●●
参考文献

イスラエルのシャーマンの墓

紀元前1万年頃のシャーマンの墓が、イスラエル北部のヒラゾン・タクティット洞窟で見つかる。アニミズムやシャーマニズムは御子由来。この女性は身長150センチで45歳ほど。亀、イノシシ、鷲(わし)、牛、イタチ科のテンと埋葬されており、御子のシンボルの動物たちと埋葬されている。


トルコのギョベクリ・テペ

トルコのギョベクリ・テペの遺跡は、紀元前1万年から紀元前8000年の期間に建てられたとされる。ここにも御子のシンボルが見られる。

ギョベクリ・テペの遺跡には、巨大なT字型の石柱がいくつも円を描くように並べられている。石柱の総数は200本以上、それらの描き出す円が20個確認されている。石柱によっては6メートル以上、重さは20トン。それらが基盤岩に開けられた穴にはめ込まれている。

この遺跡から見つかった像は、イースター島のモアイ像と手の形と置き場所が似ている。イースター島にも切込み接(は)ぎの石積みがあり、モアイ像の胸の部分にも黄金比の渦模様があり、共に巨石であることから御子が作ったという結論。つまりギョベクリ・テペのこの像も御子由来。

その像の耳の曲線は黄金比。

ギョベクリ・テペの別の像は胸を触るポーズをしている。これは世界中の女神像と同じで御子のシンボル。

この像の中段左右に、二匹の蛇の彫刻が見られる。また下の右の画像はギョベクリ・テペの隣にある同じ時代のネヴァリ・コリから出土している像。後頭部に1匹の蛇が見られるが、アイオーンも頭の後ろから蛇が見られる。

ギョベクリ・テペの女神像。胸を触るポーズ、下半身が太いなど、御子の女神像の共通点が見られる。
トルコのギョベクリ・テペの女神像(紀元前9500年頃)
ギョベクリ・テペからは男根(だんこん)の像も出土している。男根はインドのヒンドゥー教の神シヴァのシンボルでもある。シヴァは頭に三日月、首に1匹の蛇が見られる。つまり男根、男根の像、シヴァも御子を表すシンボル。

ギョベクリ・テペの石柱

ギョベクリ・テペの石柱には、ハンドバックの彫刻が見られる。これと同じものが、紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化に見られた。

ジーロフト文化からは石のハンドバックが出土している。そこに御子を表す2匹の蛇が見られる。

さらに2匹の蛇に挟まれた鷲(わし)の絵と、その鷲(わし)が2羽彫刻されたハンドバックもある。

この鷲(わし)単体の遺物も見つかっており、足は2匹の蛇がからまったデザイン。つまり鷲(わし)も御子のシンボル。この鷲(わし)の羽部分に円形の筒で形どったようなデザインも見られる。これと同じデザインのサソリの遺物も見つかっている。

鷲(わし)の遺物は他にも見つかっている。

ギョベクリ・テペの石柱のハンドバックの左下に鷲(わし)の彫刻が見られ、その下にはサソリも見られる。つまりこの石柱は御子のシンボルが刻まれている。

ジーロフト文化のハンドバックには、サソリやライオンが2体ずつ描かれたものもある。御子はヨーロッパではアイオーンというライオン顔の神でもある。つまりハンドバックの彫刻も御子のシンボルを描いている。

別のギョベクリ・テペのT字の石柱には、1匹の蛇、2匹の蛇の彫刻も見られる。つまり、この石柱に彫られた絵すべてが、御子のシンボルということが見えてくる。
GÖBEKLİTEPE

この石柱の一番下にいる足の長い鳥はアフリカクロトキと考えられる。同様の鳥は最上部左端のハンドバックの上にも、小さく見られる。

上部右端のハンドバックの右下に、H型のシンボルも見られる。

このH型の図柄はギョベクリ・テペの他の石柱でも見られ、蛇の彫刻が刻まれている場合もある。そして南米ボリビアのプマ・プンクにもH型の巨石が見られた。

 

石柱のハンドバックの上下に、ジグザグ模様のシンボルも見られる。
ジグザグ

違う石柱には牙の出たイノシシのシンボルも見られ、それと同じ石像も見つかっている。


石柱の右端のハンドバックの右上に、シッポの長いトカゲが刻まれている。サバジオスの手にもトカゲが見られる。

ギョベクリ・テペの石柱の横には犬のような動物も見られる。

この動物を横から見たような彫刻もいくつかの石柱に見られる。

石柱のハンドバックの下にいる鷲(わし)の羽の上に、小さな丸いものが見える。

この丸いものに当てはまる御子のシンボルは、松ぼっくりか太陽か宇宙卵。御子である古代ローマの神アイオーンの足下には、2匹の蛇のカドゥケウスの杖、ニワトリ、松ぼっくりが描かれている。またアイオーンが乗っている丸い球は宇宙卵という結論。北アフリカの神タニトの彫刻には三日月と丸い太陽が見られる。宇宙卵は各国に丸い巨石として見られ、「一なるもの」を表しているという結論だった。

fce46-325e6259725a525e6259c25ac25e525a5258825e8258925af

別のギョベクリ・テペの石柱には菱形の網目模様が見られ、下の部分に重しがついている。これと同じデザインは、イランの古代ペルシアの都市ペルセポリスで見られた。

この有翼円盤に人が乗るデザインはメソポタミアでも見られ、そこにはハンドバックを持った御子である鷲(わし)人間も彫刻されていた。


このようにギョベクリ・テペの石柱に描かれた図柄は、全て御子のシンボルとして、後の時代に各国で見られる。

 


■紀元前6000年頃

古代中国

興隆窪(こうりゅうわ)文化は中国の遼寧省(りょうねいしょう)周辺で、紀元前6200年頃から紀元前5400年頃に存在した。紀元前6000年頃の胸を触る御子の女神像も、興隆窪(こうりゅうわ)文化より出土している。


■紀元前5700年

ヴィンチャ文明

紀元前5700年から紀元前4200年頃まで、ヴィンチャ文明が起こる。

ヴィンチャ文明の土偶と日本の縄文土偶はポーズやデザインが似ていて、どちらも御子を表している。共通点は、胸が出ている、手を広げてT字のポーズ。

T字はギョベクリ・テペの石柱でも見られ、御子のシンボルという結論だった。

左はヴィンチャ文明、右は縄文土偶。

次の4つの像はすべてヴィンチャ文明。一番左の像は授乳しており、エジプトのイシスとホルスの像やインドのクリシュナとヤショーダの像などと同じポーズ。つまり御子を表す。また下半身が太い像も見つかっており、各地の女神像と共通している。ヴィンチャ文明も御子由来。

ヴィンチャ文明


■紀元前5400年頃

メソポタミアのエリドゥの黄金比

この頃、中東に都市が存在した。トルコのチャタル・ヒュユク、パレスチナのエリコのテル・エッ・スルタンの遺丘(いきゅう)、メソポタミアのエリドゥなどである。

 エリドゥのテル・アブ・シャハライン遺跡は外枠に若干の歪みがあるが、黄金比の比率を見ることができるので御子作。小部屋の大きさも黄金比で、大外の黄金比の中にできる小さな黄金比の大きさになっている。


古代中国の出土品

紀元前5400年から紀元前4500年頃の趙宝溝(ちょうほうこう)文化の小山遺跡からは、龍と思われる動物文様の土器が発見された。それは鹿と猪(いのしし)、それに鳥の頭を持った龍であった。鹿以外は御子のシンボルという結論だった。
趙宝溝文化の龍


■紀元前5293年

日本では海底火山の鬼界カルデラが大爆発を起こし、九州は数百年間人が住める土地ではなくなった。


■紀元前4700年頃

中国の紅山(こうさん)文化、仰韶(ぎょうしょう)文化

紀元前4700年頃から紀元前2900年頃まで、紅山文化(こうさんぶんか)が中国に存在した。紅山文化の墳墓のヒスイの出土品には、目が大きな宇宙人を思わせる像も出土している。これは紀元前3000年頃のマヤ文明の胸を触る御子の女神像(下の右の画像)と目が似ている。

こちらは紅山文化のヒスイの像。

紅山(こうさん)文化やその他の地域からも、御子を表す胸を触った像や、下半身が太い像が出土している。

紀元前5000年から紀元前3000年の中国の仰韶文化(ぎょうしょうぶんか)からは、フクロウの出土品も多数発見されている。フクロウも御子のシンボルで、バビロニアの女神イシュタルの浮き彫りの足下に描かれている。イシュタルも御子という結論だった。

紀元前4400年頃の仰韶(ぎょうしょう)文化の西水坡遺跡(せいすいはいせき)からは、貝殻を埋込んで描かれた龍虎(りゅうこ)が発見されている。下の画像では骸骨(がいこつ)の左側に竜、右側に虎。この竜と虎も御子のシンボルであることは後述している。


紀元前4000年頃

メソポタミア文明の人類初のお金

メソポタミア文明で人類初のお金が登場する。お金と言っても、労働者は自分の鉢(はち)に麦を入れてもらい給料としていた。麦のお金が普及したテル・ブラクでは、お金によって争いが起きた。


■紀元前3800年頃

チグリス川とユーフラテス川

バビロニアの創世神話エヌマ・エリシュには、マルドゥクがティアマトの心臓を弓で射抜いて倒し、ティアマトの死体を天地創造の材料として使うべくその亡骸を解体したとある。亡骸は二つに引き裂かれてそれぞれが天と地に、乳房(ちぶさ)は山に、その眼からはチグリス川とユーフラテス川の二大河川が生じた。こうして母なる神ティアマトは、世界の基となった。
つまり御子という結論だったティアマトから生じたチグリス川とユーフラテス川も、御子の科学技術で作られたという結論。シュメール神話では、チグリス川はエンキ神が川を流水で満たしたことで作られた。旧約聖書の創世記では、エデンの園から流れ出る川が分岐した4つの川のうちの3番目がチグリス川。エンキもエデンの園も御子をシンボル的に表したものという結論だった。

チグリス川

メソポタミアの印章の右から2人目のエンキとされる人物の肩には、長いヒモが見られる。このヒモはチグリス川とユーフラテス川の象徴とされている。cylinder3


■紀元前3760年頃

シュメールの発展

御子から人間に文明が与えられ、シュメールの主要都市ウルが都市として拡張を始める。文字、法律、農耕、灌漑(かんがい)工事、航海術、天文学、学校設立、二院制議会、法典の編纂(へんさん)、1分60秒などの60進法、占星術の12星座など高度な文明が花開いた。住居の面積は約8m四方(70m2以下)。人口は34,000人ほど。

楽器のルーツ

ドゥドゥクはシュメールの楽器。中国では管子(グアンズ)、日本(400年頃)では篳篥(ひちりき)。古代ペルシアではズルナ、西洋ではオーボエ(1600年代)、ファゴット(1500年代〜1800年代)。これらの楽器は時代とともに人間が改良し広まっていったとも考えられるが、御子は各国に現れて民族音楽も広めていたので、その時に直接楽器も広められたとも考えられる。


■紀元前3600年

地中海のマルタの巨石神殿

地中海のマルタ島とゴゾ島。紀元前3600年から紀元前2500年ごろに建設されたこの神殿群にも、御子の切込み接(は)ぎの石積み、女神像、黄金比の渦模様が見られる。また、巨人がこれらの神殿を建て、礼拝所として使ったという巨人伝説も残っている。

ゴゾ島より出土の巨石の渦模様も黄金比。


■紀元前3150年頃

エジプトのファラオ

エジプト第一王朝のファラオであるナルメル王が上下エジプトを統一したことを示す「ナルメルのパレット」が、都市ネケンのホルスの神殿で出土している。次の画像右側の2頭のライオンの首が絡み合う構図は、2匹の蛇が絡み合う杖カドゥケウスと似た構図。ライオンも2匹の蛇も御子のシンボル。またこのパレットには角のある牛や鷹(たか)が見られる。鷹(たか)は比較的大きいものを鷲(わし)、小さめのものを鷹(たか)と呼び分ける。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

また小人(こびと)と巨人も描かれている。小人が持つ棒の先端には鷹(たか)と犬がいる。

このナルメルと同一人物であるとされている前ファラオのスコルピオン2世(紀元前3150年頃から前3125年頃)の顔の横に、サソリが描かれた出土品が見つかっている。

サソリ、首が絡み合うライオン、角と牛、犬、鷲(わし)と同じ種類の鷹(たか)はすべて御子のシンボル。つまりナルメルとスコルピオン2世というファラオは御子をシンボル的に表した作り話。同様のシンボルはギョベクリ・テペの石柱やイランの石のハンドバックにも見られる。


この紀元前3000年頃のエジプト第1王朝は、初めて上エジプトと下エジプトを統一。この王朝の創設者メネスは、ナルメルと同一と見なされている。またメネスは特定の人物ではなく、カア、スコルピオン2世、ナルメル等、複数のファラオを表しているという説もある。これら含め、出土品のシンボルから答えを導けば、エジプト第1王朝を創設したのは御子という結論。

上下エジプト統一時に首都メンフィスで信仰された神プタハも、手に十字のアンクやジェド柱を持っている。アンクやジェド柱は蛇の紀章ウラエウスとも一緒に見られるので、プタハも御子ということ。

都市メンフィスで信仰された聖なる牛アピスはプタハの化身。またオシリスの牡牛(おうし)とも呼ばれた。どちらにしても御子を表す。つまりエジプト神話と登場人物も作り話。


■紀元前3000年頃

縄文時代中期

この紀元前3000年頃の縄文時代中期から、縄文土偶や火焔(かえん)土器が盛んに見られる。これらには黄金比の渦模様も含まれ、つまり御子作。縄文時代は紀元前13000年頃から紀元前800年頃まで続くが、紀元前3000年頃までの土器は簡素なデザインだった。

紀元前3000年頃
火焔土器、十字形土偶(青森県)、縄文のビーナス(長野県)、立像土偶(山形県)

紀元前2000年頃
中空土偶(北海道)、合掌土偶(青森県)、仮面の女神(長野県)、ハート形土偶(群馬県)

紀元前1000年頃
遮光器土偶(青森県)

紀元前3500年頃からの縄文土器。御子の黄金比や渦模様が見られる。

縄文時代の遮光器(しゃこうき)土偶にも黄金比や渦模様が見られ、すべて御子を表す。

胸が出て下半身が太い女神像など。

紀元前3000年頃の縄文時代の「子抱き土偶」。東京都八王子市宮田遺跡から出土し、膝の部分に渦巻き模様もある。授乳するポーズもサバジオスの手の下部に見られ、御子のシンボルという結論だった。


日本各地の巨人伝説

日本各地にも巨人伝承が残されている。地域によって呼び名も違い、ダイダラボッチ、オオヒト、ダイラボウ、アマンチュウなどがある。伝説としては「山や川、湖などを作った」「人間の暮らしを支えた」「足あとや手型を残した」など。日本各地から御子の女神像が出土していることも考えると、ダイダラボッチである御子が、日本を地形を作ったという結論。ここにあげるのは一例。

◯富士山を作るため、甲州(山梨県北東部)の土を取って土盛りした。そのため甲州は盆地になった。

◯富士山を作るため近江(滋賀県)の土を掘り、その掘った跡地が琵琶湖となった。(上記の話も併せると、富士山は少なくとも琵琶湖と甲州の土を盛って造られた。)

◯上州(じょうしゅう:群馬県)の榛名富士(はるなふじ)を土盛りして作り、掘った後は榛名湖(はるなこ)となった。

◯長野県大町市北部の青木湖、中綱湖(なかつなこ)、木崎湖(きざきこ)からなる仁科三湖(にしなさんこ)はいずれもダイダラボッチの足あとである。

◯茨城県水戸市中央部の千波湖(せんばこ)は、かなり大きいがダイダラボッチ(この地方ではダイダラボウ)の足跡である。

◯遠州(えんしゅう:静岡県)の山奥に住んでいたダイダラボッチが子供たちを手にのせて歩いている時に、腰くらいの高さの山をまたいだ拍子に子供たちを手から投げ出してしまった。びっくりした子供たちとダイダラボッチは泣き出してしまい、手をついてできた窪みに涙が流れ込んで浜名湖となった。

◯小便をしようと飯野山(いいのやま:香川県中部)に足をかけた際に山頂付近に足跡が付いた。その小便の際に出来たのが大束川(だいそくがわ)といわれる。

◯秋田県の横手盆地(よこてぼんち)が湖であったので干拓事業を行った際、ダイダラボッチが現れて水をかき、泥をすくったため工事がはかどった

●●●●●●●
参考文献

自然の芸術とされる風景

次の画像は、西ジャワ州のグヌン・パダン遺跡の切込み接(は)ぎのような石積み。この遺跡は御子由来という結論だったので、この石積みも御子由来という結論。

このグヌン・パダン遺跡の石積みに似た岩の芸術が世界各地で見られる。川や山などを御子が造形してきたことも考えると、次の岩の芸術にも御子が関係していた可能性が考えられる。

北海道の根室車石(ねむろくるまいし)。

兵庫県豊岡市赤石の玄武洞公園の青龍洞。

カナダのブリティッシュコロンビア州の玄武岩の滝。

アメリカ・ワシントンのクラークストンの玄武岩の列柱。

アメリカ・カリフォルニアのデビルス・ポストパイル国定公園。

スコットランドのフィンガルの洞窟。

アイスランドのビークの玄武岩の崖。

ポルトガルのポルト・サント島の玄武岩の列柱。

オーストラリアのフィンガル・ヘッドの玄武岩。

台湾の澎湖県(ほうこけん)の玄武岩。


イギリスのストーンヘンジとドルメン

ストーンヘンジにも、切込み接(は)ぎの石積みのように、上に乗る石が支柱に合わせて形を調整されている部分がある。つまり御子が関係している。考古学者はすでにストーンヘンジの地中から、4000人以上の人骨を発見している。

ストーンヘンジで儀式を行うドルイドは、ケルト人社会の祭司のこと。

ドルイドの持つ絵には、ピラミッドや天秤が見られる。

a4fa2-125e3258225ab25e32583258f25e32582259925e3258325a925e3258125ae25e72594259f25e5259125bd25e3258125ae25e625a825b925e3258125ae25e92585258d25e52588259725e3258125

天秤もサバジオスの手で見られる。つまりストーンヘンジ、ピラミッド、天秤と、ドルイドも全て御子由来で、御子を崇めている。


柱状の巨石メンヒル

イギリスにも他にも巨石がたくさんある。

ストーンサークルと柱状巨石メンヒルは密接な関係。代表的なメンヒルはイングランド、フランス、ドイツ、ポルトガル、スカンジナビアなどに存在する。


イランのジーロフト文化

紀元前3000年頃から紀元前2000年頃まで栄えたイランのジーロフト文化。ここより出土の石のハンドバックは御子のシンボルという結論だった。

そのハンドバックに御子を表す2匹の蛇が見られた。


イラン、インド、ローマ帝国のミトラ教

フリジア帽をかぶったミトラスを主神とするミトラ教の浮彫(うきぼり)には、1匹の蛇に向かって2匹の蛇の杖カドゥケウスを向けているミトラスが見られる。つまりミトラスも御子をシンボル的に表した存在。

このミトラスの別の像では、牡牛(おうし)を屠(ほふ)るミトラスが見られる。そこで犬と蛇は牡牛の血を飲もうとし、サソリが牡牛(おうし)の睾丸(こうがん)を攻撃している。犬、蛇、サソリは御子のシンボルで、トルコのギョベクリ・テペの石柱にも見られる。

ミトラ教では獅子頭と翼を持った神像も、40体ほど発見されている。これは2匹の蛇の絵が足下にあるアイオーンで御子のこと。この像の右太ももにサソリが彫刻されている。つまりミトラ教も御子由来の宗教。

f5d21-022525e32525822525a22525e32525822525a42525e32525822525aa2525e32525832525bc2525e32525832525b3252528aion25252925253d2525e325258325258b2525e32525832525b32525e32525822525a

牡牛は、紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化のハンドバックにも彫刻されており、御子のシンボルの一つ。


アンズー、グリフォン、ヒッポグリフ、麒麟(きりん)

メソポタミア神話の怪物ズーもしくはアンズーは、ライオンの頭と鷲(わし)の体で表される。ライオンも鷲(わし)も御子のシンボル。これはシュメール神話のエンリルの随獣とされる。

伝説上の生物グリフォンもアンズーと似ており、鷲(わし)の上半身と翼、ライオンの下半身と、御子のシンボルを持つ。

グリフォンと雌馬(めすうま)の間に生まれたというヒッポグリフは、身体の前が鷲(わし)、後ろが馬。

足が馬というヒッポグリフに似た動物は、中国神話の麒麟(きりん)。背丈は5m、顔は龍に似て、牛の尾と馬の蹄(ひづめ)をもつ。

オーストラリアやアフリカの虹蛇は御子だったが、中国では虹が竜の一種とみなされていたので、中国の竜は全て御子のこととなる。麒麟(きりん)は、中国の黄竜(こうりゅう)と同一視されている。つまり御子=竜=麒麟。中国の紫禁城には獅子像が二体置かれているが、紫禁城の慈寧門前には二体の麒麟(きりん)も置かれている。つまり獅子像も麒麟(きりん)も御子を表している。

このようにアンズー、グリフォン、ヒッポグリフ、麒麟(きりん)は容姿が似ているだけでなく、これらは御子のシンボルという結論。


稲妻、三叉槍(さんさそう)、金剛杵(こんごうしょ)、ヴァジュラ

次のメソポタミアの浮き彫りの左の動物は、ライオン頭でワシの体のアンズー。これは御子という結論だった。そしてこのアンズーと戦っている人物も御子となる。理由としては、両手に持っている稲妻の金剛杵(こんごうしょ)という道具を御子であるアイオーンも胸に垂れ下げている。

anzu&ningishzida

アイオーンの胸の金剛杵(こんごうしょ)。

メソポタミアのアッカドの気象神アダド(シリアではハダド)の手にも金剛杵(こんごうしょ)が見られるので、御子と同一。アダドは雨風によって肥沃をもたらす豊穣神と、暴風雨、雷、洪水によって自然を破壊し、暗黒と死をもたらす性格があり、頭には牛の角が見られる。これらも御子の象徴。右の地図の緑色が紀元前2300年頃のアッカド帝国。

アダドが彼のシンボルの牡牛(おうし)に乗る姿の浮彫もあり、手に金剛杵(こんごうしょ)を持っている。紀元前3000年頃からのイランのジーロフト文化では、御子のシンボルのハンドバックに牡牛が2匹描かれている。

左はアダドと有翼円盤。右側のアダドは斧(おの)も持っている。つまりこれも御子のシンボル。

また別の牡牛に乗ったアダドの浮き彫りでは、金剛杵(こんごうしょ)の稲妻が先端にありながら下側が長い三叉槍(さんさそう)に形が変化している。三叉槍(さんさそう)はギリシア神話の海と地震を司る神ポセイドンや、ローマ神話の海の神ネプチューン(ネプトゥーヌス)も持っている。つまりこれらも御子をシンボル的に表した神。

インド神話におけるシヴァの武器も三叉槍(さんさそう)で、シヴァも御子のこと。

さらに三叉槍(さんさそう)は、中国三大宗教の儒教・仏教・道教のうち、道教の最高神格の三清(さんせい)をも表す。つまり太元(たいげん)を神格化した元始天尊(げんしてんそん)、道(タオ)を神格化した霊宝天尊(れいほうてんそん)、老子(ろうし)を神格化した道徳天尊(どうとくてんそん)の三柱は御子のことで、道教も御子由来。

ギリシア神話の主神で全知全能の神ゼウスも、手に金剛杵(こんごうしょ)を持っている。ゼウスは天空神として、全宇宙や雲・雨・雪・雷などの気象を支配していたので、ここでも御子のシンボルと共通。ゼウスはローマ神話ではジュピター(ユーピテル)と呼ばれている。

別のゼウスの像には2羽の鷲(わし)が見られ、上の画像のジュピターの隣にも鷲(わし)がいる。鷲も御子のシンボル。イランのジーロフト文化にも鷲(わし)が見られる。

稲妻の道具は金剛杵(こんごうしょ)やヴァジュラと呼ばれ、インド神話ではインドラ(帝釈天)の武器。つまりインドラも御子。

また806年に中国より日本へ真言密教をもたらした空海(弘法大師)も、金剛杵(こんごうしょ)を手に持っている。空海が御子であるという理由は他にもあり、それは後述している。

仏教の金剛力士(こんごうりきし)も、金剛杵(こんごうしょ)を持つ。口の阿形(あぎょう)像と、口を結んだ吽形(うんぎょう)像の二体を一対とし、寺院の表門などに立っている。阿呍(あうん)は神社の狛犬とも同じで獅子像でもあるので御子のシンボルだが、つまり金剛力士(こんごうりきし)も御子ということ。一般には仁王(におう)の名で親しまれている。密教では、この阿吽(あうん)の2字が存在する全ての始まりであり、究極を象徴するとされる。「阿(あ、a)」はサンスクリット語のアルファベットの最初の文字で、「吽(うん、huum」は最後の文字。つまり始まりと終わりで、万物の始めと終わりを表す。それを漢字で表現したものが阿吽(あうん)。つまり「一なるもの」と御子を表す言葉でもある。さらにサンスクリット語も御子由来ということも見えてくる。

執金剛神(しゅこんごうしん)も金剛杵(こんごうしょ)を持ち、インドではヴァジュラパーニと呼ばれる。これは金剛力士(こんごうりきし)と同じ。ただ金剛力士は2人の裸姿(はだかすがた)だが、執金剛神(しゅこんごうしん)は1人の武将姿。これはギリシア神話の英雄ヘラクレスが起源とされている。ヘラクレスは「獅子の毛皮を身にまとい、手に棍棒を持つ髭面の男性」。ローマ・カピトリーノ美術館にあるヘラクレスの像では、両手に2匹の蛇をつかんでいる。大英博物館にはネメアーの獅子を絞め殺すヘラクレスの壺がある。つまり2匹の蛇と獅子のシンボルでヘラクレスも御子を表し、手に持つ棍棒は金剛杵(こんごうしょ)ということ。

仏教の金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)も金剛杵(こんごうしょ)を持ち、さらに蛇1匹も持つ。これはインド神話のヴァジュラヤクシャ神でもある。

仏教の金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)がいる五大明王の中心となる不動明王(ふどうみょうおう)も、ヒモ状の金剛杵(こんごうしょ)を持っている。また剣の持つ部分が金剛杵(こんごうしょ)になっているので、御子と同一。不動明王は大日如来(だいにちにょらい)の化身とも言われる。

他の五大明王の降三世明王(ごうざんぜみょうおう)、軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)、大威徳明王(だいいとくみょうおう)も金剛杵(こんごうしょ)を持ち、蛇が体に巻き付いている場合もある。つまり五大明王も御子を表したもの。

仏教の五大明王の大威徳明王(だいいとくみょうおう)は、阿弥陀如来(あみだにょらい)と文殊菩薩(もんじゅぼさつ)のこと。阿弥陀如来(あみだにょらい)で有名なものは鎌倉の大仏。奈良の大仏は毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)と呼び、密教では大日如来(だいにちによらい)と同じで、その化身が仏教の五大明王の中心となる不動明王。つまり鎌倉も奈良も、どちらの大仏も御子を表す。奈良の大仏はゴータマ・シッダールタを超えた宇宙仏で、宇宙の真理を全ての人に照らし、悟りに導く仏とされている。

このようにメソポタミアのアッカド神話、ギリシャ神話、ローマ神話、インド神話、ヒンドゥー教、仏教、密教はつながっていて、すべて御子が作り、人々は「一なるもの」と御子を神として崇めているという結論。


松ぼっくりを持つ神

古代ローマの神アイオーンの足下には2匹の蛇、ニワトリ、松ぼっくりが見られ、これが御子の象徴という結論だった。その松ぼっくりを持つ神も様々な場所や宗教で見られる。

メソポタミアでも、ハンドバックを持つ人物の反対の手に松ぼっくりも見られた。ハンドバックも松ぼっくりも御子のシンボル。

ギリシア神話では、テュルソスという松ぼっくりを先端につけた杖が登場する。古代ギリシアの宗教において、この杖はディオニュソスとその信者が持っていた。ローマ神話ではバックスと呼ばれ、ローマ神話のワインの神。

杖テュルソスとブドウのシンボルが描かれた浮彫りがある。ここにはタニト、三日月、太陽などもあり、御子のシンボルをまとまっている。

杖テュルソスは時に、壺(つぼ=カンタロ)と呼ばれるワインを飲むための陶器とも関連付けられ、これも御子の象徴ということ。壺は日本で言えば飲み物を入れる容器のピッチャー。ディオニュソスもこの壺(カンタロ)とともに描かれている。

ギリシアのアテナイのアクロポリスには、ディオニュソス劇場がある。1万5千人以上を収容でき、紀元前6世紀頃の建造物とされる。紀元前4世紀(ローマ時代)に改築された当時のものが現在でも残っており、ディオニュソスの生涯をモチーフとした浮き彫りなども見ることができる。この劇場は、毎年春の大ディオニュシア祭において、ディオニュソスに捧げる悲劇(ギリシア悲劇)を上演するために用いられた。つまり、御子劇場で御子大祭りが開かれているということ。

ギリシア神話、ローマ神話のマイナスは、ディオニュソス、バックスの女性信奉者。彼女も松ぼっくりのついた杖テュルソスを持ち運んでいる。

イタリア・ローマのナヴォーナ広場には、ライオンが松ぼっくりを加えた彫刻が見られる。ライオンも松ぼっくりも御子のシンボル。

サバジオスはフリギアやトラキアの神で、ギリシアのディオニュソスやその前身のザグレウスと同一視され、ゼウス、アッティスとも同一視された。サバジオスの像には松ぼっくり、鷲(わし)、アスクレピオスの杖が見られ、すべて御子のシンボル。


サバジオスの手

「サバジオスの手」の像はいくつか種類があり、無数の御子のシンボルが装飾がされている。サバジオスの手00

目立つものに、1匹の蛇、松ぼっくり、鷲(わし)。

2匹の蛇が絡まった杖のカドゥケウス。


御子と同一神ディオニュソスが持つ壺(カンタロ)。

手の甲には天秤(てんびん)。

この天秤をエジプト神話に登場するミイラ作りの神アヌビスも使用している。アヌビスも御子という結論だった。
アヌビスと天秤

カエル、亀、トカゲもシンボル。

別のサバジオスの手には人物も見られ、頭に三日月が装飾されている。三日月はメソポタミアの円筒印章でも見られる。

羊のシンボル。

子供と寝そべる女性。

次のサバジオスの浮き彫りにもサバジオスの手と共通するシンボルが見られ、これらが御子のシンボルという結論。また周囲の2本の柱と三角屋根もシンボルということ。


エジプトのシンボルと神

2匹の蛇は、エジプトの有翼円盤(ゆうよくえんばん)にも見られた。例えばコム・オンボ神殿の有翼円盤の中央の2匹の蛇。

メディネット・ハブの有翼円盤と2匹の蛇。

エジプト出土の蛇1匹と有翼の組み合わせ。
蛇と有翼

エジプトのデンデラ神殿には有翼円盤が2つ並んでおり、上側は2匹の蛇、下側はスカラベという昆虫が中央にいる。

古代エジプトではスカラベを太陽神ケプリと同一視した。ケプリはエジプト神話における太陽神ラーの形態の一つ。つまり有翼円盤、スカラベ、太陽神ケプリ、太陽神ラーは御子を表す。

古代エジプトでは太陽と月はハヤブサの姿、あるいは天空神ホルスの両目(ホルスの目)と考えられてきた。やがて二つの目は区別され、左目は神ウアジェトの目で月の象徴、右目はラーの目で太陽の象徴とされた。ウアジェトはコブラの姿、あるいは頭上にコブラをつけたライオン女性の姿で描かれる。ライオンも御子の象徴。

ウアジェトの頭頂の蛇の記章(きしょう)はウラエウスという。ウラエウスの背後の丸い太陽も有翼円盤に見られる。1匹の蛇(コブラ)のウラエウスも、それに太陽を加えたデザインも御子のシンボルという結論。ウラエウスはツタンカーメンの額にも装飾されている。

ウラエウスのようにコブラの頭部を持つ女性としてや、女性の頭部を持つコブラとして描かれる女神メルセゲルも御子のシンボルとなる。2匹の蛇で描かれていることもある。

ここまで登場した御子であるアヌビス、ホルス、ケプリ、ウアジェト、メルセゲルは共通して、アンクという十字を手に持っている。つまりアンクもこれら神々も御子をシンボル的に表した存在ということ。エジプト神話もその神々も全てが御子を表した作り話という結論。


ゾロアスター教の有翼円盤とアフラ・マズダ

イランにあった紀元前3000年の古代ペルシアのゾロアスター教には、有翼円盤とそこに乗る守護霊フラワシが見られる。

このフラワシが手に持っている輪(わ)は、エジプトのウラエウスの横に描かれている輪や、バビロニアの女神イシュタル像の持つ輪と同じ。シュメール神話で輪はニビルの王権の象徴。つまりウラエウスもこの女神イシュタル像も輪も御子のシンボル。

ゾロアスター教の最高神アフラ・マズダーも御子と同一。手には輪と2本のヒモがついた王冠と笏(しゃく)。

次の画像は、イラン西部の遺跡ターク・イ・ブスタン。アフラ・マズダは中央の人物で、頭に三日月を乗せて王冠(輪と2本のヒモ)を渡している。

有翼円盤とフラワシは様々な場所で見られる。その一部は弓矢を手に持っていたり、牛の角の冠をしていることから、これも御子のシンボルの一つという結論だった。次の左の画像の弓を持った人物は、メソポタミアの都市アッシュールを守護するアッシュール神。


次はペルセポリスにあるアルタクセルクセス3世の墓所の浮き彫り。ここには有翼円盤に乗るフラワシと、弓矢を持つ人物、三日月、段々のへこみがある台などの彫刻がある。この絵が意味するところは、すべて御子のシンボルということ。

ペルセポリス2

弓矢と段々のへこみがある台と弓は、次のメソポタミアのシンボル図でも見られる。

また別の場所の有翼円盤とフラワシの彫刻の下には、菱形の網目状の装飾が見られる。この菱形も、御子のシンボルが描かれたトルコのギョベクリ・テペの石柱に見られた。

有翼円盤はメソポタミアでも見られ、そこには三日月、ハンドバックを持つ鷲(わし)人間、蛇の装飾も見られる。つまりこれらすべても御子のシンボル。

有翼円盤に乗る守護霊フラワシは御子のことで、この世の森羅万象に宿り、あらゆる自然現象を起こす霊的存在。フラワシのように森羅万象に宿る神の概念はアニミズムと同じ。つまりゾロアスター教も御子由来。


メヘンガルの像

パキスタンにあった紀元前3000年頃のメヘンガルの御子の女神像。胸が出ている、胸に手を当てるポーズ、腰回りが太い。ここも御子による都市という結論。

メヘンガルの出土品。
宇宙船1

宇宙船

メソポタミアの長いヒモのシンボル

次の浮き彫りでは、大人の左右に松ぼっくりが3つずつ見られる。左右の子供は長いヒモを持っている。

次の円筒印章でも、右から2人目のエンキとされる人物の肩から長いヒモが見られる。このヒモはチグリス川とユーフラテス川を象徴するとされている。エンキも御子という結論だったので、左端にライオンがいることも合わせると、全てが御子のシンボルという結論。cylinder3

次のメソポタミアの円筒印章の左側では、三日月、8芒星、肩から長いヒモの人物が見られる。右の円筒印章では、中央上部の双頭の鷲(わし)、十字、菱形模様のスカートと飾り、魚の下半身の人物2人、肩から長いヒモが見られる。つまりすべて御子のシンボル。


星座と星占い

黄道十二星座(こうどうじゅうにせいざ)や星占いに使用される12の星座も、全て御子のシンボル。黄道十二星座には含まれないへびつかい座も同様。

・おひつじ座 (サバジオスの手)
・おうし座 (アダドは雄牛に乗っていた)
・ふたご座 (伏犠と女媧、ナーガラージャ、イザナミとイザナギのように2人で一対)
・かに座 (ミトラの像)
・しし座 (狛犬など世界中の獅子像)
・おとめ座 (世界中の女神像)
・てんびん座 (サバジオスの手)
・さそり座 (トルコのギョベクリ・テペの石柱や、ミトラスの雄牛を屠る像)
・いて座 (メソポタミアの石のシンボル表)
・やぎ座 (サバジオスの手)
・みずがめ座 (サバジオスの手と、ディオニュソスが持つ壺のカンタロ)
・うお座 (メソポタミアのアプカルルやイシュタルの描かれた壺)

・へびつかい座 (トルコのギョベクリ・テペの石柱)
seiza


チャクラ、ホルモン、オーラ

ヒンドゥー教のシヴァは頭に三日月、首に蛇1匹、三叉槍(さんさそう)を持つので、御子をシンボル的に表した神という結論だった。

よってヒンドゥー教も御子由来で、そこにはチャクラという概念がある。チャクラは車輪(しゃりん)を意味する言葉。チャクラは脊椎(せきつい)から体の前後に渦を巻きながら出ているとされている。

この7つのチャクラは体内にある内分泌器(ないぶんぴつき)と同じ位置にあり、その内分泌器はチャクラからエネルギーを受け取り、ホルモンを作り出し、それが体液や毛細血管を通って全身へ行き渡る。下の左図は内分泌器(ないぶんぴつき)の位置、右図がチャクラの位置。

チャクラと感情と行動はつながっている。人間は愛情を込めたり、温かいものを感じたり、ホッとしたり、感謝したりするときなど、前向きな感情の時は胸の位置でポーズをとる。

人間はストレスや怒りを感じると「胃が痛い」「腹がたつ」と表現するが、それは第3チャクラの位置。その時に意識をみぞおちの痛みに向け、深呼吸しながらその痛みを直視していると和らいでくる。

次の画像のように高所に自分が立っていることを想像すると恐怖が芽生え、ヘソの下の第2と第1のチャクラの部分がうずく。
高所

人間の体は下の左図のように複数の層のオーラに包まれている。下の右図のように各オーラに対応した7つの各チャクラを通してエネルギー(気、プラーナ)を体内に取り込む。

人間の体にも黄金比が見られ、御子が設計したという結論だった。その体にあるチャクラを説明しているのが御子由来のヒンドゥー教でもある。


オーラの見方

オーラは特別な能力がなくても、次の条件を満たせば誰でも見ることができる。これは初級編の見え方。

・薄暗い部屋で、できるだけ白い壁を背景に行う。鏡に写った自分を見れば、頭部などのオーラも見ることができる。
・手のひらを目の前15cmまで近づけて、指の関節のシワをはっきり見る。
・目はそのままシワを見続けながら、脳内の意識は眉間の裏を見る。すると目の焦点が合わず、指が2重に見えてくる。
・その状態で手は降ろし、鏡に写った自分の輪郭を見る。
・実際は目で見ているが、意識的には眉間で見るように輪郭を観察する。
・最初は透明の残像のようなものが輪郭に見え始める。
・リラックスして体の力を抜き、もっと眉間で見るように意識を向けていくと色がついてくる。
・初めは1週間ほど練習がいるが、一度コツをつかめば簡単に見えるようになる。


輪廻転生と自我

インドで眉間にある第6のチャクラは、アージュニャー・チャクラと言われる。これは眉間(みけん)から脳内の内分泌器の松果体(しょうかたい)にかけて位置する。インドのシヴァ神は眉間(みけん)に第3の目を持った姿で表現されることがあり、この目は欲望を焼いて灰にするとされている。欲望を焼くとは無欲になるということだが、無欲になるとは、悟り、内なる目、心眼、直感、ゾーン、フロー、一なるもの、ブラフマン、真我(しんが)、梵我一如(ぼんがいちにょ)、輪廻転生(りんねてんせい)、解脱(げだつ)、上記で行ったオーラが見える状態とも関係している。

輪廻転生(りんねてんせい)は、死んであの世に帰った魂が何度もこの世に生まれ変わることを言う。これは仏教、インド哲学、東洋思想、一部のエジプトやギリシャやイスラムの宗教でも見られる。つまり輪廻転生も御子によって与えられた知識。この輪廻(りんね)を抜け出して自由になることを解脱(げだつ)と言う。これは煩悩(ぼんのう)の縛りから解放され自由の境地に到達し、悟りとも表現される。煩悩(ぼんのう)、つまり人間の人生は欲望があることで執着が生まれ、それにより苦しむ。欲望は自我(エゴ)から生じ、無欲になるとは自我(エゴ)を滅するということ。解脱はインドでは最高目標とされ、つまり人間が果たすべき人生の目的。この輪廻の繰り返しから抜け出すには、自我(エゴ)を滅するしかないということ。

話は戻り、シヴァの欲望を焼く第三の目の位置と解脱(げだつ)には関係がある。自我(エゴ)があることで思考が起こり、欲望が生じる。脳内を無思考にする時、そこには自我(エゴ)は存在しない。無思考は毎日誰もが瞬間的に経験しているが、意識的にその状態に在ることが自我(エゴ)を滅する方法。次はその行い方。


思考を止める瞑想

「方法① 松果体(しょうかたい)に意識を向ける」

椅子に座ってでも胡座(あぐら)を組んでも良いので背筋を伸ばして座り、20秒間目を閉じる。その中でもし頭に何か考えが浮かんできたら、それが思考。そこから苦しみが生み出される。

次にもう一度20秒間目を閉じてみる。今回はゆっくり息を吸って吐き、眼球裏の松果体(しょうかたい)に意識を向ける。すると思考が止み、無になる。つまり意識的に思考を止めた。松果体(しょうかたい)から額(ひたい)の裏までの間は思考が浮かんでくる場所で、ここに過去の出来事や未来の予測や不安が勝手に浮かんでくる。無思考状態になると、静寂が訪れる。つまり思考の勝手なお喋りが減り、苦しみが消える。あとは一日中可能な限り、この意識的な注意を続ける。継続していけば脳内が常時静かになり、思考が起こっても、すぐそれに気づき沈めることができるように習慣化される。また目をつむらず、目を開けて無心になることに慣れた方が、歩いている時や会話時などに、無心になろうと気づくことが多くなる。

Illu_pituitary_pineal_glands_ja

これらは意識的に注意深い状態にあるということ。これと反対が無意識の状態。誰でも怒ったり興奮した時、感情のまま人に対して失礼なことを言ったりする経験があるが、それは無意識の状態で注意深くないから起こる。今行ったように意識的に内面を観ている時は、注意深い状態なので感情のまま話すことがなくなる。

この松果体に意識を向けるのは一つの方法で、対象はなんでも良い。例えば流れる雲を見つめる、呼吸に意識を向ける、木々が揺れるのを眺めるなど。ただテレビや動画のように、情報がすり込まれるような物は避けたほうが良い。


心眼、ホルスの目、ゾーン、一なるもの

松果体(しょうかたい)を意識的に観察すると無思考の状態になり、よって無欲の状態になり、それを継続すれば常時無欲を維持できる。この松果体に意識を向けた無心状態で日常の物事を見ることを、内なる目や心の目、つまり心眼で見ると表現できる。つまり思考がないので、偏見を持たない子供と同じ純粋な目で見ているということ。よって本質を見極められる。また物作りやスポーツなどで無心で体が勝手に動き、質の高いパフォーマンスを発揮する集中状態が継続することをフローやゾーンというが、その時もこの心眼で見ている。こういう状態の時は、自分の心の中の声と会話している状態にもなり、意識は内面を見ている。時には周囲がスローモーションで動いているように見えたりもする。つまり両目で見ているようで、実は心眼で見ている割合が多い。思考しなければ体は動かないのではなく、無思考でも体は動き、無思考の時は最大能力が発揮される。なぜなら直感に逆らわず身を任せて行うためである。

無思考になり自我(エゴ)を取り除くと、脳内には意識だけが残る。この意識をアートマンと言い、真我(しんが)とも言う。古代インドでは、アートマンは宇宙を支配する原理ブラフマンと同一で、それを梵我一如(ぼんがいちにょ)と言う。つまりブラフマンもアートマンも「一なるもの」と同一。よって無思考になっている瞬間に人間は「一なるのものとして在(あ)る」ということを意味する。これは「一なるもの」を新たに得たのではなく、人間そのものが「一なるもの」で、それに気づき、その状態に在るということ。宗教的な言い回しで言えば、人間は神そのもの。直感に身を任せ、フローやゾーンのように高いパフォーマンスを発揮する瞬間も、「一なる神の意志として行動している」と言える。そのため人間は最大能力が発揮される。また直感とは、この「一なるもの」からやってくるものということでもある。

古代エジプトのシンボルのホルスの目は、この脳の断面図の松果体(しょうかたい)を表している。別名では月の象徴のウジャトの目、太陽の象徴のラーの目とも呼ばれる。これらも全て御子のシンボルという結論だった。つまりホルスの目、松果体(しょうかたい)、心眼、さらに霊眼も「一なるもの」の目であり、それと同一存在の御子の目でもある。それを表したのがホルスの目で、つまり「神の目」ということ。人間は誰もがこの「一なるもの」の目を松果体(しょうかたい)の位置に持っていて、無思考状態でその状態に在ることができる。
o0485025813797686425

ホルスの目の左目はウアジェトの目とも呼ばれ、全てを見通す知恵と呼ばれる。またキリスト教やフリーメイソンでは、神の全能の目としてプロビデンスの目というものがある。紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化のハンドバックにも、御子の目のシンボルが見られた。つまりこれら目は御子の目であり、「一なるもの」の目でもあって、万物を見通す目のことを指す。


「一なるもの」と解脱

「一なるもの」はテレビに例えるとわかりやすい。テレビ本体が「一なるもの」。テレビ画面をつけた時がビッグバン。テレビ画面に映る世界が宇宙で、登場人物が人間。その登場人物もそこに映る世界もテレビ本体の一部であるように、実際の人間も「一なるもの」でもある。ただこの登場人物は自分がテレビの中にいることに気づいていない。その画面の中で生まれ、死んで、また生まれてを繰り返しながら、様々な時代の役を演じ、経験値が増え、やがて自分がテレビ本体であることに気づく。またテレビ本体には色や形があるが、「一なるもの」は無なので、それはない。

このテレビ本体には未来や過去はなく、ただこの瞬間だけが存在する。しかし一般的に言われる未来や過去の出来事を同時再生することもできる。その証明として、人間が占いなどにいって、「近い将来こんなことが起こるよ」と言われ、その出来事が未来に起こったりもする。またテレビの映像の中で爆弾が爆発しても、テレビ本体は傷つかない。それは「一なるもの」も同じ。つまりこの世に起きていることは、テレビに映った映像のようにすべて幻想。だから人間はテレビに写った幻想の世界に生きていることに気づき、この世の執着を手放すと、この輪廻転生というビデオ再生が終わる。これを解脱と言う。死の際に現世の富、名声、家族など何かに執着心を残していると再び転生する。これが御子が宗教を通して伝えたこと。

無心になると脳内には認識するもの、つまり意識だけが残るが、それをヒンドゥー教の哲学者シャンカラ(700〜750年)は教説ウパデーシャ・サーハスリーの中で、アートマンと呼び、「アートマンは解脱し、輪廻することがない」と述べている。さらに「私(アートマン)は一切万有、清浄であり、悟っており、不生であり、一切に遍満(へんまん)し、不老、不死、不滅である。私は業(“ごう”、善悪の行為”)の監督者であり、目撃者であり、観察者であり、恒常(こうじょう)であり、属性をもたず、不二(“ふに”、2つとないこと)である。私は有でもなく、非有でもなく、両者でもない。絶対にして、吉祥(“きちじょう”、よい前兆)なものである。私には夜も昼も黄昏(たそがれ)もない。私は虚空(こくう)すらももたないブラフマンである。」「それだけで確立したものには、なすべき義務はない。」「私(アートマン)は実在であり、認識主体である」とも述べている。神より啓示されたとされるシュルティ(天啓聖典)では、アートマンは「つねに満足している」と考えられている。

仏教では御子であるブッダがウダーナヴァルガ(感興”かんきょう”のことば)で、無思考について次のように述べている。

「思考の及ばない静かな境地は、苦しみのことがらの止滅であり、つくるはたらきの静まった安楽である。そこには、すでに有ったものが存在せず、虚空も無く、識別作用もなく、太陽も存在せず、月も存在しないところのその境地を、わたくしはよく知っている。」

つまり人間が無思考になるというのはアートマンとして在ることを意味し、「一なるもの」として在るということ。苦しみが止んだその状態が「一なるもの」の無の状態。

シャンカラは人間が解脱するのは上記のように、人間自身がアートマン(一なるもの)であることを知ることだと述べている。アートマンは内も外も含み、衰微することなく、生・死・老を超越し、「私はアートマンである」とすでに知っている者は、何も恐れることがない。これを知ることを明智(みょうち)と言い、これを知らないことを無知(むち)としている。そして「すべての人が解脱すれば、世界は消滅する。」と述べている。

こういった現象の理解は、自分の周囲の出来事からもヒントを得ることができる。多くの人は、物や機会を求めている。それが難しい事柄でない場合、その執着を少し継続すれば、大概の場合それを得る。それが難しい事柄の場合は、長く強い執着が必要となる。つまり執着することにより、望んだものが物質的な形として手元に来る。本を読みたい人のところには本がやって来る。お金が好きな人の所にはお金がやって来る。動物を買いたい人の所には、動物を飼う機会がやって来る。これがこの世の法則と言える。それと同じく、死ぬときに生への執着が残っていれば再び生まれてくる。生への執着が死ぬまでに滅していれば、生まれ変わらない。それがこれまで見てきた仏教やインド哲学の解脱。また生への執着がなくなれば何もしないというわけではなく、ただ人生でなすべきことが、「一なるもの」より直感としてやってくる。また生への執着を滅するというのは、命を軽んずるわけではない。

このように、眉間にあるシヴァ神の第3の目の内側の松果体(しょうかたい)に意識を向けると、無思考状態になり、欲望が生み出されず、継続すれば執着がなくなり、苦しみが和らぎ、人間の究極の目的である解脱を達成する。また松果体に意識を向けて心眼で物事を見ることを表したのが第3の目という結論で、それは第6のチャクラの位置でもある。


意識とは「一なるもの」

アートマンである意識とは、「一なるもの」のことであり、意識から自己意識、自意識、自我が芽生え、思考が始まる。つまり無心になり残る認識主体である意識とは「一なるもの」のことであり、人間は「一なるもの」ということ。意識に形はないが、人間の目から、耳から、舌から、皮膚からあらゆる活動を通して刺激を受ける。それらは意識があるがゆえに知覚される。つまり「一なるもの」が経験しているということ。日本語には「お天道様が見ている」という表現があるが、つまり人間の心に思うことも行動も全て「一なるもの」は知っていて経験しているということでもある。

また思考に振り回され心が静かでない人は自我に振り回されるが、思考を注意深く抑制し、心静かにある人は自我を滅しており、意識である「一なるもの」として在るということになる。

そして動物や植物にも意識があるので、これらも「一なるもの」ということ。


「一なるもの」の宇宙創造の理由

中国の陰陽思想では、原初の混沌(カオス)の中から陽の気が天となり、陰の気が地となったとされる。キリスト教の旧約聖書の創世記では、はじめに神は天と地を創造されたとある。つまり無極の「一なるもの」が、陰陽の2つの極を作った。それは光と闇、喜びと苦しみ、N極とS極などのこと。人間誰もが多かれ少なかれ欲望を持ち、物事に執着し、何かを得て喜んだり、反対に求め苦しむことを経験する。そのどちらにも振れず、無心になり欲望から離れると苦しみが消え、「一なるもの」として在り、解脱する。つまりこれが「一なるもの」の宇宙を創造した目的の一つ。一種の体験ゲームであり経験。「一なるもの」が自分の無を経験するには、無の反対の有限なものを作り、それに執着することにより快楽と苦しみが生じ、人間の活動を通じてこれらを経験することによって、自分の無が理解できるという仕組み。

また人間は何かを作ったり考えたり創造的な活動をしている時は無心になる。その時に直感がやってくる。言い換えると人間を通して「一なるもの」が創造している。創造も無と対極にあり、「一なるもの」の目的。

まとめると、人間を通じて創造的な活動しながら喜びや苦しみなどの2極を経験することが「一なるもの」の宇宙創造の目的で、人間はその活動を通じて解脱することが目的。


■紀元前2700年頃

パキスタンの大都市モヘンジョダロ

モヘンジョダロの大浴場も、2つの黄金比の比率で柱や通路の幅が設計されている。つまり御子作。

モヘンジョダロ出土の神官王の王冠にも二本の纓(えい)がついている。同じ王冠は縄文土偶、天皇、ゾロアスター教のアフラ・マズダー(御子)、キリストの磔(はりつけ)の絵に描かれた人物にも見られる。

モヘンジョダロの胸を触る御子の女神像。

インダス文明のモヘンジョダロの女神像(紀元前2500年頃)


マルグシュの遺跡のトゴロク21号神殿

トルクメニスタンのマルグシュの遺跡にあるトゴロク21号神殿も、2つの黄金比で設計されているので御子作。

マルグシュの遺跡トゴロク21号神殿(前3-2千年紀中頃)1

次の2つの画像では矢印部分の線に見られるように、お互いの黄金比の線に重なり合っている。そのサイズで内と外の神殿の大きさが設計されている。

マルグシュの遺跡トゴロク21号神殿(前3-2千年紀中頃)2

マルグシュの遺跡トゴロク21号神殿(前3-2千年紀中頃)3

このマルグジュ遺跡からは、二匹の蛇が刻まれた出土品も見つかっている。
マルグジュ遺跡の二匹の蛇