1章 世界共通のシンボル

◯名称変更のお知らせ
ニンギシュジッダ → 御子(みこ) 2019年7月20日

「地球上の全文明の起源は、ある一人の地球外生命体」というのが、この文書の結論の一つとなっている。その生命体のことをここでは御子(みこ)と呼ぶ。御子とは一般的には神の子を意味するが、この文書では「一なるものが姿を持って現れた精神的に、そしてあらゆる能力が完全な地球外生命体」という結論で、男女のどちらの要素も備えた両性具有(りょうせいぐゆう)のこと。この御子(みこ)が人間を生み出し、世界中の文明、文化、技術、芸術、宗教、言語など、地球の全ての物を人間に与えた。そしてエジプト神話、シュメール神話、ギリシャ神話、ローマ神話、中国神話、日本神話、アステカ神話、オーストラリアのアボリジニーの神話と、各大陸には類似の物語やシンボルが見られる。つまりシンボルの共通点をたどっていくと、各大陸の宗教や神話は御子が一人で作り広めたということが見えてくる。

こういったことを証明するため、物的証拠とすり合わせながら地球史をまとめていったのが、この文書の目的となっている。次の11個はその物的証拠。


1、世界中で見られる2匹の蛇のシンボル

メソポタミアのシュメール神話では、紀元前36万年頃から人間を生み出す研究を始めたのはニンギシュジッダ、エンキ、ニンフルサグの三人とされている。アフリカにいた直立原人(ホモ・エレクトス)を調べたところ、そのDNAの二重らせん構造は2匹の蛇が絡み合っているようで、それを発見し、実験を行った。この2匹の蛇のシンボルは世界中の伝承や出土品で見られ、世界共通の御子のシンボルであることが見えてくる。これに関連して虹蛇(にじへび)、竜、ドラゴンもシンボルとなる。

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オーストラリアのアボリジニのヨルング族に伝わってきた神話を踊りで表現する儀式では、男性のダンサーが虹蛇(にじへび)を象徴する2本の特別な棒を持っている。つまりここでは虹蛇=2本の棒=2匹の蛇となり、御子を表す儀式ということ。
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アボリジニには他にもユルルングル、エインガナ、ウングッド、ワナンビという虹蛇の話があり、同じオセアニアのフィジーにも虹蛇デンゲイの話がある。これらは全て御子のことを指す。
オーストラリア・アボリジニのアート『虹蛇』

西アフリカにも虹のヘビのマウウ(マウ)の話がある。また西アフリカの黒魔術であるブードゥー教でも虹蛇が見られ、蛇神ダンバラーウェイドが夫で、その妻が虹蛇の女神アイダ・ウェッド。この2匹の蛇がブードゥー教のシンボルとして描かれている。
1ブードゥー教のダンバラーウェイドとアイダ・ウェッドのシンボル

ブードゥー教では絡み合う2匹の蛇も見られる。ギリシア神話ではヘルメース神が持っているのは2匹の蛇が巻きついている杖カドゥケウス。2ヘルメースの杖カドゥケウス

ヘルメース神。

同じくギリシア神話の神アイオーンの足元にも2匹の蛇の彫刻が見られる。アイオーンはユダヤ教やグノーシス主義でも登場する。
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1010年に編纂(へんさん)されたイラン最大の民族叙事詩のシャー・ナーメ(王書)には、両肩に2匹の蛇を生やしたザッハーク王が登場する。

インドの蛇神(じゃしん)ナーガラージャ(ナーガとナーギ)も2匹の蛇が絡まった姿。これは古代中国の神である伏羲(ふっき)と女媧(じょか)と同じデザイン。伏羲(ふっき)と女媧(じょか)は手に直角定規とコンパスを持っていて、御子がフリーメイソンの始祖ということを意味している。
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また、中国の蛇神(じゃしん)の虹霓(こうげい)の「虹」が虫偏(むしへん)となっている。「虫」はもともと蛇や竜など爬虫類の意味。また主虹(しゅにじ)の虹(こう)を雄(おす)とし、副虹(ふくにじ)の蜺(ゲイ)を雌(めす)とした。つまり2匹の蛇。中国で虹とは竜のことで、中国神話に出てくる100体以上の竜は全て御子のこと。つまりオーストラリアやアフリカの虹蛇は、中国の蛇と竜ともつながっている。さらに漢字が御子由来ということも見えてくる。

台湾の南部に住む原住民パイワン族のシンボルは、百歩蛇(ひゃっぽだ)という蛇。次の左の画像の祭祀用土器の浮き彫りに、2匹の百歩蛇(ひゃっぽだ)の浮き彫りが見られる。右の画像の左側の木彫板では頭に2匹の百歩蛇、右側では2匹の百歩蛇の蛇体の上に顔が刻まれている。2匹の蛇が見られる台湾の文化も御子由来ということ。

日本でも2匹の蛇は見られる。沖縄の北谷(ちゃたん)の海底に沈んでいるピラミッド複合施設には、長さ20mの2体の蛇の石像がある。
ニ体の蛇の石像

さらに日本の神社に見られるしめ縄も2匹の蛇が絡み合った姿。これは蛇の交尾の姿で、誕生をも意味する。シュメール神話のニンギシュジッダもDNA(2匹の蛇の象徴)を操作して人間を誕生させた神話がある。しめ縄は雷雲の象徴で、その間から垂れ下がるワラは雨、白いジグザグの紙垂(しで)は雷を表す。虹蛇も雨を降らせる力があると伝えられている。

栃木県の日光山には神橋(しんきょう)という橋がある。伝承では深沙王(じんじゃおう)が赤と青の2匹の蛇を放ち、その蛇は大谷川の両岸にからみあって虹のように美しい橋となったとされている。この橋が神橋(しんきょう)で、山菅(やますげ)の蛇橋(じゃばし)とも呼ばれている。このように2匹の蛇が伝承に見られることもあり、ここでは虹もシンボルとして登場した。そして伝承は作り話で、実際に建造したのは御子という結論も見えてくる。

メキシコのマヤ文明の古代都市チチェン・ イッツァのククルカンの神殿では、昼夜の長さが同じになる春分と秋分の時期だけに太陽が西に傾くと、階段の側壁にピラミッドの影が蛇の胴体となって浮かび上がり、階段下部のククルカンの頭像と合体し、2匹の巨大な蛇が姿を現す。ククルカンはマヤ神話の創造神で、3回にわたる人類の創造に関わったとされる。つまり御子が一番最初の人間を創ったということにもつながる。
ククルカンの神殿の階段横に浮かび上がった蛇の胴体

そしてククルカンは、メキシコのアステカ文明の蛇神ケツァルコアトルと同一神。ケツァルが鳥の名前、コアトルが蛇で、空飛ぶ蛇は中国の竜と同じ。またヨーロッパのドラゴンとも同じ。

南米エクアドルにあるタヨス洞窟からは、数千におよぶ金属製の古代の文書が発見されている。下の左の出土品の中央の人物の左右には、蛇が2匹いる。右の画像のピラミッドの左右にも2匹の蛇が見られる。

同じく南米のインカ帝国の国旗には、2匹の蛇と虹のシンボルが見られる。

北アメリカの先住民ホピ族にも2匹の蛇が見られる。ホピ族の中の熊族の主神サカムホナウは、古代に熊族へ3つの石板を渡した。その中の第2の石板の表面には中央にトウモロコシの木、その周囲に2匹の蛇に囲まれて何頭かの動物たちが描かれている。この2匹の蛇は、土地の境界線である2本の河(コロラド川とリオ・グランデ川)を象徴する。

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このように2匹の蛇は、アフリカ、ヨーロッパ、アジア、オセアニア、南北アメリカの各大陸で見られ、世界共通のシンボルであることが見えてくる。これも御子が地球上のあらゆる民族の文明、神話、古代建築に関係してきた証拠となっている。さらにホピ族の2匹の蛇はコロラド川とリオ・グランデ川を象徴していたが、御子は川や山を造形するなど、地球外の科学技術で各地の地形を整える仕事も行った。そういったことも各地の伝承に見られる。自然が作り出した芸術と言われる風景も、実はそこに住む先住民のその地にまつわる伝承に蛇が登場することがあり、御子が作り出した可能性が見えてくる。


2、御子のその他のシンボル

2匹の蛇以外にも数多くのシンボルが存在し、このシンボルを理解すると各国の古代の出土品の多くが、御子のシンボルでデザインされていることが見えてくる。例えば紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化では、2匹の蛇が絡まったデザインの石のハンドバックが見つかっている。

このハンドバックの彫刻には他にも次のようなものがある。人物とサソリとヒョウのような動物、蛇のような下半身と角のある人物。


角のある2頭の牛、2匹の蛇と鷲(わし)。 

2羽の鷲(わし)、鷲に絡まる2匹の蛇、2頭のライオンと牛。 


これだけを見れば、この彫刻が御子のシンボルであるかは判別がつきにくいが、次にトルコのギョベクリ・テペの石柱を見ると、これらが共通のシンボルであることが徐々に見えてくる。

紀元前1万年頃のギョベクリ・テペの石柱にも、シンボルが数多く彫刻されている。ジーロフト文化と共通しているのは、右上の2匹の蛇、ハンドバック、鷲(わし)、サソリ。他にも1匹の蛇、ハンドバックの右下のH型の模様、犬、トキ、小さなトカゲ、上部のジグザグ模様などの彫刻が見られる。また石柱がT字になっているのもシンボルの一つ。

ギョベクリ・テペの石柱。ニンギシュジッダのシンボルが描かれている。

2匹の蛇は、古代エジプトの有翼(ゆうよく)円盤でも見られる。真ん中の太陽の左右に2匹の蛇がおり、翼も彫刻されている。

有翼円盤は鷲(わし)の翼で、これと同じデザインの鷲(わし)の装飾品も、エジプトで見つかっている。この鷲(わし)もジーロフト文化のハンドバックと似たデザイン。

ジーロフト文化の鷲のデザイン。

次の左の画像のエジプトの装飾品では、スカラベという昆虫を真ん中に置いた有翼円盤が見られ、その上にホルスの目、その上に上向きの細長い三日月のデザインが見られる。またこの画像では見えづらいが、このホルスの目の左右とスカラベの左右に、蛇の紀章ウラエウスが2つずつ見られる。右側の画像が蛇の紀章ウラエウス。つまり2匹で一対の蛇が2ヶ所。つまりここに見られるデザインも全て御子のシンボル。

ギョベクリ・テペとジーロフト文化のハンドバッグと鷲(わし)、エジプトの有翼円盤と鷲(わし)が同時に見られるのがメソポタミア。ハンドバックを持った鷲(わし)人間が2人左右にいて、中央上部に人が乗った有翼円盤が見られる。つまりこの鷲(わし)人間も、御子をシンボル的に表した存在ということ。鷲(わし)人間が2人いるが、これは実際あった出来事を描いているのではなく、全て御子のシンボルで描いたデザイン画。
メソポタミア1

ハンドバックを持つ御子は鷲(わし)人間以外にも、普通の人間の顔としてや魚の格好をしたアプカルルという姿でも描かれ、有翼円盤も一緒に見られることがある。つまり全て御子のシンボル。シュメール神話で魚の服は、ニビルの服装とされている。アプカルルは古の賢聖であり、人々に知恵を授けたとされる。またオアンネスという魚人も人間たちに各種の文化を教えたとされ、シュメールのエンキ(エア)と同一視されている。つまりエンキも御子と同一神。次の一番右の画像の2人のアプカルルの体と、その間の生命の樹には交差した斜線による菱形模様が見られる。これも御子のシンボルの一つ。

このハンドバックを持つ御子の腕に、16枚の花弁(はなびら)がついたシンボルが見られる。これと同じものが日本の天皇の菊花紋(きっかもん)で、同じく16枚の花弁がある。天皇、神道(しんとう)、神社も御子が由来だからである。

御子を表したメソポタミアの鷲(わし)人間は片手にハンドバックを持ち、反対の手に松ぼっくりを持っている。この松ぼっくりもシンボルの一つということ。

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また一緒に描かれている真ん中の木はナツメヤシでできた「生命の樹」といって、これもシンボルの一つ。樹木信仰も世界中で見られ、イチジク、オリーブ、オーク、トネリコ、キスカヌ、インドボダイジュの樹などが宇宙樹や世界樹として崇められている。つまり樹木崇拝も御子崇拝ということ。

メソポタミアによく見られる松ぼっくりのシンボルは、古代ギリシャ・ローマ時代の「サバジオスの手」の親指にも見られる。この手も数種類あるが、それぞれにシンボルがいくつかまとまっている。

サバジオスの手にも2匹の蛇の杖カドゥケウスが見られ、これも御子のシンボルがまとめられたものということが見えてくる。

また手の上に乗るサバジオスの頭には、三日月も見られる。

サバジオスの手で見られるトカゲは、ギョベクリ・テペの石柱でも見られる。

この他にも1匹の蛇、鷲(わし)の足、カエル、亀、山羊、天秤、授乳しながら寝そべる女性など無数にあり、それぞれのシンボルが各国の出土品で見られる。

サバジオスの手00

サバジオスは人物像としても見つかっていて、ここにも松ぼっくりと鷲(わし)が見られる。このサバジオス自身も御子のシンボルであり、このように場所や宗教が変わると、登場する姿を変えているのも世界共通。

さらにこのサバジオスの像の左手には、木の棒に巻きついた1匹の蛇が見られる。これはアスクレピオスの杖。つまり杖に1匹の蛇はアスクレピオスの杖、杖に2匹の蛇はカドゥケウスで、2種類とも御子のシンボルということ。

1匹の蛇と2匹の蛇を同時に見れるのが御子であるアイオーン。足元に2匹の蛇の彫刻、下半身から頭頂にかけて1匹の蛇が巻きついている。

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紀元前1120年頃のメソポタミアのバビロニアの石にも、御子のシンボルがまとまっている。ここでは1匹の蛇、三日月、2頭のライオンの顔、鳥、亀、サソリがこれまで見てきたシンボルと重なっている。

上の画像の下から2段目の弓矢を持つ人物は、別の場所で有翼円盤に乗った人物としても見られる。つまり弓矢と有翼円盤とその人物も御子のシンボルということ。次の左の画像の弓を持った人物は、メソポタミアの都市アッシュールを守護するアッシュール神。右の画像の有翼円盤はアケメネス朝ペルシャの都市ペルセポリスのもので、ゾロアスター教の守護霊プラヴァシが描かれている。これはこの世の森羅万象に宿り、あらゆる自然現象を起こす霊的存在とされている。森羅万象に宿るとは日本の神道の八百万の神とも共通する。あらゆる自然現象を起こす存在ということも、虹蛇などの雨雲、雷、嵐と共通している。つまりアッシュール神もプラヴァシも御子のこと。

次のペルセポリスの有翼円盤の彫刻の下部に見える菱形(ひしがた)の装飾は、トルコのギョベクリ・テペの石柱にも見られる。つまり菱形の装飾とその下のウエイト(重し)も御子のシンボル。

このウエイト(重し)のシンボルは、フリーメイソンのシンボルが描かれたトレーシングボードの周囲にも見られる。

また雨を表す日本のしめ縄から垂れ下がるワラもこのウエイトと同じデザインで、御子のシンボルということ。しめ縄

次のメソポタミアの円筒印章(えんとういんしょう)には、有翼円盤、三日月が見られ、真ん中に生命の樹らしい植物があるので、これが御子のシンボルで描かれていることがわかる。

この上の円筒印章の有翼円盤の左に7つの星があり、右端に八芒星(はちぼうせい)が見られる。これも次のメソポタミアの出土品にシンボル図としてまとまっている。この図を持っているライオンも御子の象徴。アイオーンがライオン顔だったり、ジーロフト文化のハンドバックにも2頭のライオンが描かれていた。このライオンの顔の下に八芒星が、同じ段の右端に7つの星が見られる。この図にはこれまで見てきた有翼円盤、三日月、魚の格好をしたアプカルル、弓矢なども見られる。
ライオンが持つシンボル

別のメソポタミアの浮き彫りでは、左上に三重冠、有翼円盤、三日月、2本の角、八芒星の5つのシンボルが見られ、この人物が御子であることがわかる。さらに胸のところに十字があり、左手には丸い玉がついた杖を持っている。これもシンボルということ。

この丸い玉の杖とザクロを持つ人物の浮き彫りや、有翼円盤に入った人物がザクロを持つ浮き彫りもある。つまりザクロもシンボルの一つ。

このザクロもフリーメイソンのシンボルであり、ザクロがある柱はボアズ(BOAZ)とヤキン(JACHIN)という名で呼ばれている。この柱もフリーメイソンのトレーシングボードや、ソロモン神殿の入り口で見られる。つまりザクロも柱も御子のシンボルということ。
ボアズとヤキン
ソロモン神殿

次のメソポタミアの浮き彫りでは、三日月の中に12芒星が見られ、下の方には梯子(はしご)もシンボルとして見られる。これも御子のシンボルとなる。

梯子(はしご)は旧約聖書ではヤコブの梯子(はしご)としても登場するが、フリーメイソンのトレーシングボードでも見られる。トレーシングボードとは完全への道のりをシンボルで示す霊的案内図とされている。ここでいう完全とは「一なるもの」やそれと同一の御子のことで、仏教で言えば「悟り」。また中国の伏犠(ふっき)と女媧(じょか)は2匹の蛇で、フリーメイソンのコンパスと直角定規を手に持っているという話だった。フリーメイソンはシンボルを多用するが、それが御子由来ということ。ここでは三日月と太陽も共通して見られる。左の画像の三日月の周囲に7つの星が、右の画像の梯子(はしご)上部の周囲にも7つの星が見られる。7つの星も御子のシンボルという結論だった。

この上のフリーメイソンの画像の床は白黒になっていて、左側は四角のマス目、右側は菱形のデザインになっている。菱形はギョベクリ・テペの石柱でも見られ、御子のシンボルという結論だった。四角のマス目もタヨス洞窟の2匹の蛇がいる出土品で、右上あたりにデザインされている。つまりフリーメイソンの白黒の床も御子のシンボルということ。

またフリーメイソンのロゴマークも菱形のデザインになっているが、それも御子のシンボルということ。

フリーメイソンのトレーシングボードの周囲はジグザグ模様で囲まれているが、これもギョベクリ・テペの石柱に見られるシンボル。

2匹の蛇がデザインされていたイランのジーロフト文化の石のハンドバックの中には、次の画像のようにねじれた2本のヒモのデザインも見られる。つまり神社のしめ縄のねじれもシンボルということ。またこのハンドバッグの中央下部にも、ジグザグのシンボルが見られる。

このように2匹の蛇からつながっていく無数のシンボルを理解していくと、世界中の文化に御子が関係していることが見えてくる。そしてイエス・キリストとキリスト教の悪魔バフォメットの手が、どうしてサバジオスの手と同じ形で描かれているのかも見えてくる。聖母マリアに抱かれた幼い時のキリストの絵も、同じ手の形をしている。バフォメットは山羊の顔で、体には2匹の蛇の杖カドゥケウスも見られる。さらに日本の仏像にも三日月が装飾されていたり、メキシコでも松ぼっくりを持つ像が見られる。シンボルを理解すると、こういった古代の謎が解けてくる。

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3、世界中から出土している同じ形態の女神像

世界中で見られる女神像にも共通点がある。例えば、胸を露出している、その胸を触るか胸の下に手を置く、へそがある、三角形の下着をはいている、下半身が太い、渦模様があるなど。次の画像は左から、マヤ文明のUFOから降りてくる女神、バビロニアの女神イシュタル像(紀元前2000年頃)、エジプトの女神像(紀元前3800年頃)。
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次の画像は左から、イラクの蛇顔の女性像、長野県の縄文ヴィーナス、マルタ島の女神像。
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シュメール神話の粘土板には「イナンナはイシュタル」という記述があり、メソポタミアで胸を触る女神像は、一般的にイシュタルとされている。しかしシンボルのつながりで解釈していくと、胸を触るイシュタル像も御子をシンボル的に表した像ということが見えてくる。

女神のシンボルは「サバジオスの手」で見られる。この彫刻も御子のシンボルという結論だった。その手の下側には、女性が子供と寝そべり、授乳している女性が見られる。

寝そべる女性で知られているものに、地中海のマルタ島の女神像がある。体型、手の位置、へその彫刻など、各国の女神像と共通している。また立像の下腹部には三角形の下着のような彫刻も薄っすら見える。

また、子供に授乳している女神像も各国から数多く出土している。左から順に、地中海のキプロス(紀元前1300年頃)、メソポタミアの蛇顔の女神(紀元前5500年頃)、スペインのマラガの女神像、シリア(紀元前4500年頃)。

左から順に、インダス文明のメヘンガル(紀元前2700年頃)、エジプトのイシス(女性)とホルス(子供)、ヴィンチャ文明(紀元前5700年頃から)、インドのクリシュナとヤショーダ(1100年代)。

左から順に、日本の東京の縄文時代の子抱き土偶(紀元前3000年頃)。日本の茨城県黄金塚(こがねづか)古墳の乳飲み児を抱く女性埴輪(600年頃)。

授乳している女神像がエジプトから日本まで見られるということは、それだけでこれらの女神が御子と同一神ということを見えてくる。次は、紀元前1800年頃の女神イナンナ(イシュタル)と壺。胸を出し、へそがあり、三角形の下着を履いている。この壺にも御子のシンボルの鳥、魚、亀が見られることから、イナンナ(イシュタル)は御子をシンボル的に表した存在ということが見えてくる。

次のバビロニアの女神イシュタルの浮き彫りは、手に王権の象徴の輪を持ち、2匹のライオンの上に立つ。王権の象徴はエジプトの蛇の紀章ウラエウスにも一緒に描かれており、ウラエウスも2頭のライオンも御子のシンボルという結論だった。ここではライオンの左右にいるフクロウが新たなシンボルとして見られる。

レバノンにあったビュブロスで崇拝されていたアスタルトも、各国の女神像の共通点が見られる。アスタルトはイナンナやイシュタルと同一視されているが、御子の象徴の三日月を頭に乗せている。御子であるサバジオスも、頭に三日月を乗せている。つまりすべて御子を表している。

次の左側の縄文土器には2つの顔が彫刻されていて、下側の顔の一段上に三日月も描かれ、その中には薄く渦模様が見られる。三日月も渦模様も御子のシンボル。この土器にある2つの顔と同じ顔が、右側の長野県の縄文のヴィーナスに見られ、耳の上には渦模様も彫刻されている。この像も下半身が太く、胸が出て、へその彫刻がある。つまり縄文土器、縄文土偶も御子作。

紀元前3400年頃のシリアから出土している目の女性像も、御子であることがわかる。胸が出ていることや三角形の下着をはいていることに加え、体にジグザグ模様も見られる。ジグザグはトルコのギョベクリ・テペの石柱でも見られ、これも御子のシンボル。

同じくシリアからは目の女性像が多数出土しており、体にジグザグ模様がある。こういったことから、これらは御子を表す像という結論。このように女神像を御子のシンボルで考えていくと、装飾などのデザインの意味がわかる。

こういった女神像が、紀元前3万8000年頃から600年頃までの3万8600年間に世界中で見られる。人種も言語も大陸も違う人間が同じデザインパターンの女神像を共有していたとは考えられず、これら女神像は御子によって作られた。

メキシコのマヤ文明からの出土品には、女神である御子が宇宙船から降りてきているような絵が描かれていて、宇宙船の存在も見えてくる。その宇宙船の右下には、エジプトやメソポタミアなどで見られる有翼円盤も描かれている。

次は古い時代からの各国の女神像で、これらも似たポーズをしている。左からドイツの女神像(紀元前3万8000年頃)、ロシアの女神像(紀元前2万6千年頃)、オーストリアの女神像(紀元前2万5千年)。

左からフランスの女神像(紀元前2万3千年頃)、チェコの女神像(紀元前2万4800年頃)、シベリアの女神像(紀元前1万8千年頃)。

左からトルコのギョベクリ・テペの女神像(紀元前9500年頃)、ギリシャの女神像(紀元前5500年頃)、エジプトの女神像(紀元前4400年頃)。

左と真ん中は中国の女神像(紀元前4000年頃と3500年頃)、右はイタリアのサルデーニャ島の女神像(紀元前3500年頃)。胸を触るポーズが共通している。

左からパキスタンのメヘンガルの女神像(紀元前3000年頃)、右2つはメキシコのマヤ文明の女神像(紀元前3000年頃)。

左からインダス文明のモヘンジョダロの女神像(紀元前2500年頃)、南米エクアドルの女神像(紀元前300年頃)。

紀元前3300年頃のメソポタミアのウルクからは、胸に手を当てた男根のある像も出土している。
ウルク(紀元前3300年)

中国神話の2匹の蛇の伏羲(ふっき)と女媧(じょか)やインドのナーガラージャのように、男女の組み合わせの神がいるが、これも御子の男女両方の性を持った両性具有の性質をシンボル的に表している。

また、石のハンドバックが出土した紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化では、下の左の画像のように両手で2匹の蛇をつかむ角のある人物が描かれている。同じポーズの像は紀元前2000年頃のギリシャのクレタ島からも見つかっていて、右の画像の2匹の蛇を両手でつかむ胸の出た女神像。つまりどちらも御子を表す。

この同じポーズはエジプト、ヨーロッパ、中東、インド、南北アメリカでも見られ、御子のシンボルということが見えてくる。左側の画像ではエジプトのホルスが両手に2匹の蛇とサソリを持っていたり、右側は同じくエジプトで、アンクという十字から生えた手がウアス杖を持っている。ホルスは男根があるので男だが、つまり男性としても女性としても御子は描かれている。

左からアフガニスタン、イラン、スコットランド。

次の左の画像は、南米のインカ帝国で蛇のような長いものを両手に持った神ビラコチャ。右側の北アメリカの先住民ナバホ族の神エイ(Yei)は、トウモロコシとともに描かれる。トウモロコシも御子のシンボルということ。

インドのインダス文明の印章では両手にライオンをつかんでいる。ライオンは御子のシンボルだった。

インドのインダス文明の別の出土品にも同じポーズの女神が見られるが、その上下に六芒星とゾウが彫刻されている。これらもシンボルということ。

ここにあげた例以外にもシンボルは存在するが、このように世界中の女神像とそこに描かれているシンボルを照らし合わせていくと、全てが御子のシンボルでつながっているということが見えてくる。


4、世界中の遺物に見られる黄金比の渦模様

エジプトのホルスの目や、鷲(わし)、蛇の紀章ウラエウスなどは御子のシンボルということだったが、次のエジプトの装飾品にはそれに加え黄金比の渦模様も見られる。この黄金比と渦模様も御子のシンボル。
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黄金比の曲線は自然の中にも見られる。

この黄金比の曲線や渦模様が、紀元前1万年頃から各国の遺物に見られる。これもアフリカ、ヨーロッパ、アジア、中南米と、大陸間で共通しているということからして、科学技術のない人間が各地でそれを偶然見つけて取り入れたとは考えにくい。特にアフリカのフェールヌークパンの直径175mもある渦模様の地上絵から見ても、科学技術のない人間が手作業で描いたとは考えられない。2_紀元前1万年頃_トルコのギョベクリ・テペ
3ペルーのナスカ郊外にあるパレドネス遺跡の水路
5南アフリカのカラハリ砂漠のフェールヌークパン
9マヤ文明の祭祀センターのサン・バルトロ
14b日本の縄文土器や縄文土偶

縄文ヴィーナス
20中国の青銅器
68_1248年_ドイツのケルン大聖堂


5、世界中の巨石建造物に見られる切込み接(は)ぎの石積み

エジプトのメンカウラー王のピラミッドやプタハ神殿、中東レバノンのジュピター神殿やバッカス神殿、メキシコのマヤ文明やテオティワカンのケツァルコアトル神殿、ローマのコロッセオ、南米ペルーのマチュ・ピチュやサクサイワマン、カンボジアのアンコールワット、モアイ像があるイースター島、奈良県の岩屋山古墳など、世界中に多角形の石を組み上げた切込み接(は)ぎという石積みが見られる。こういった石積みがあるメキシコのマヤ文明や地中海のマルタ島などからは、御子の女神像が出土している。つまり切込み接(は)ぎなどの石積みも御子が由来。

この世界中の切込み接(は)ぎの共通点を見ると、これらの遺跡は御子が作ったと思えてくる。しかし次の大阪城の石積みを見ると、次の3つの可能性が考えられる。

①御子だけで石積みを作った。
②御子が現地の人間を指導し、共同で石積みを作った。
③御子から指導された石工(いしく)集団の末裔だけで石積みを作った。

次にその理由を見てみる。次の画像は大阪城の切込み接(は)ぎ。左の画像の城の下の石積みの中央下部に右側へ飛び出した石積みがあるが、その拡大画像が右側の画像の切込み接ぎ。

次も大阪城の切込み接(は)ぎ。

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大阪城には何十トンもある巨石が多数存在する。

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切込み接(は)ぎや巨石があるので各国の共通点との比較だけで見ると、大阪城の石積みも御子が作った石積みと思えてくる。しかし大阪城の隠し曲輪(くるわ)と呼ばれる場所の石垣には、石垣を担当した藩主(はんしゅ)の刻印が見られる。ここは打込み接(は)ぎという積み方。

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切込み接ぎがある石垣にも、別の刻印が見られる。つまり切込み接ぎも人間の手作業ということになる。

また名古屋市博物館には、築城図屏風(ちくじょうずびょうぶ)という絵が残っている。ここには修羅(しゅら)という木のソリに巨石を乗せ、それを人間が引いて運ぶ姿が描かれている。
築城図屏風2築城図屏風1

また1978年に大阪府藤井寺市の三ツ塚古墳(みつづかこふん)から、木製の修羅(しゅら)が出土している。後述しているが古墳時代の古墳も御子が作ったもので、つまりそこから出てきた修羅も御子由来ということ。
大修羅(大阪府立近つ飛鳥博物館展示)

修羅引きの例。

築城図屏風(ちくじょうずびょうぶ)の別の箇所では、荷車(にぐるま)に石を乗せて運ぶ人や牛が見られる。
築城図屏風3

別の箇所では、打込み接(は)ぎの石垣を組みあげる人々、石垣でノミを使って石の形を整えている人、石持棒という2本の木の棒に石をくくりつけて運ぶ人、などが描かれている。築城図屏風4

こういった石は山などの採石場で切り出され、修羅に乗せて運ばれてくる。石を切り出す際には、無数の矢穴(やあな)を彫り並べ、そこに楔(くさび)を入れて金づちで打ち、石割りを行う。すると石が二つに割れる。
矢穴と楔

その矢穴の跡が大阪城の石垣に見られる。それは切り込み接ぎの石垣にも、巨石の石垣にも見られる。つまり人間によって割られたということ。矢穴は彫ったが、使用されなかった場合もある。

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大阪城と同じ矢穴は南米ペルーのマチュ・ピチュにも見られる。
マチュピチュ

こういった理由から、大阪城など日本の城の石積みは石工(いしく)集団が作った。石積みには次の画像のように左から野面積み(のづらづみ)、打込み接ぎ(うちこみはぎ)、切込み接ぎ(きりこみはぎ)という3つの特徴的な種類がある。金沢城
野面積み(のづらづみ)は自然石の石を加工せずにそのまま積み上げる方法。打込み接ぎ(うちこみはぎ)は粗割り石の接合部を加工・調整して、隙間ができにくいように積み上げる方法。切込み接ぎ(きりこみはぎ)は石を四角く加工してブロックのように積み上げる方法。

各国の石積みも、その遺跡に黄金比の出土品などが見られることもあるので御子が地球外の科学技術で遺跡を建造した場合や、御子が指導しながら現地の人間と作った場合と、石工職人だけで作った場合の3つの可能性が考えられる。そして各遺跡の石積みの技術の由来も御子にあり、よって昔の人間がコンクリートブロック壁の強度を上回るとも言われる石積みを作ることができた。


6、世界中で見られるピラミッド

エジプトのギザの3つのピラミッドは、オリオン座の真ん中の3つ星の配列で並んでいる。オリオン座の配置ということは一度は上空から見なければ、それが正しい配置かわからない。メキシコのテオティワカンと日本の沖縄にも3つのピラミッドが見られるが、中央のピラミッドの位置は若干ずれている。エジプトのピラミッドやテオティワカンは巨石建造物で、切込み接(は)ぎの石積みもある。テオティワカンの神殿のケツァルコアトルも御子で、マヤ文明ではククルカンと呼ばれているが、ククルカンの神殿には2匹の蛇が階段に彫刻されている。2匹の蛇は古代ローマ、インド、中国、日本、南米でも見られ、沖縄の北谷(ちゃたん)の海底ピラミッドにも2匹の蛇の像があったので、これらのピラミッドは御子が作った、もしくは現地人と作ったという結論になる。つまり御子が世界中に現れて、各大陸の文明のルーツになった。

ピラミッドは御子のシンボルの一つで世界中に見られ、時には自然の山という場合もある。ニュージーランドのチャタム諸島から9kmほど南に、ザ・ピラミッドと呼ばれる島がある。これは、エジプトのギザのピラミッドとメキシコのテオティワカンのピラミッドとの線上にある。これができるのは人間ではなく、高度な科学技術で位置設計ができる御子。ザ・ピラミッドのグーグルマップは(-44.4324824,-176.2404601)。

南極にも自然の山の形をしたピラミッドが、少なくとも2つ存在する。

2つのピラミッドは比較的近い位置に立っている。衛星画像を拡大して見れば、影がピラミッド型になっていることがわかる。グーグルマップ(81°57’41.15″W 79°58’38.32″S)

ヨーロッパにも自然の山でできたピラミッドが存在する。イタリアには、少なくとも4つのピラミッドがある。カッコ内はグーグルマップ。

1.モンテヴェッキア (45°43’40.19″N   9°22’12.21″E)(45°43’26.60″N  9°22’26.88″E)
2.ポンタッシエーヴェ (43°46’11.99″N  11°24’23.41″E)
3.ピエディルコ (42°31’48.47″N  12°45’32.59″E)(42°32’16.57″N  12°45’29.76″E)
4.サンタ·アガタ·デ·ゴチ (41° 5’50.32″N  14°31’22.16″E)

フランス、ギリシャ、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナにも、ピラミッドが存在する。

1.フランスのファリコンピラミッド (43°44’59.65″N   7°15’37.33″E)
2.ギリシャのピラミッド (37°35’14.15″N  22°40’16.97″E)
3.スロベニアのピラミッドヒル (46°34’5.34″N 15°39’8.51″E)
4.ボスニアンピラミッド (43°58’42.00″N 18°10’40.00″E)(43°58’21.20″N 18°12’2.15″E)

メキシコのマヤ文明のピラミッド。

中国の西安(せいあん)にある始皇帝陵もピラミッド。

その西安には、少なくとも29個のピラミッドが存在する。グーグルマップ(34°22’28.75″N108°41’12.21″E)

奈良県明日香村にある都塚古墳(みやこづかこふん)は階段ピラミッド。


7、世界中の建築物の平面図や衛星写真に見られる黄金比の比率

古代の遺跡は、黄金比を用いて敷地の設計がされていることがある。紀元前1万500年頃のエジプトの三大ピラミッド、紀元前5000年頃のメソポタミア文明のエリドゥ、同じくメソポタミア文明のウルのジッグラト、インダス文明のモヘンジョダロの大浴場、マヤ文明のチチェン・イッツァの戦士の神殿、ローマ帝国のティトゥス浴場、日本の神社仏閣、カンボジアのアンコール・ワット、中国の紫禁城(しきんじょう)、イスラム建築のモスクなど。敷地だけでなく、高さや横幅にも黄金比が見られたり、同様の場所から切込み接(は)ぎの石積みや黄金比の渦模様が見られることもある。見た目のデザインは各国異なるが、作り方の方法論は統一されている。多くの場合、2つの黄金比を大外(おおそと)合わせで大きさを揃えて置くと、中央に重なる部分ができる。その重なった部分に合わせて神殿への階段幅などが決められている。その黄金比の中にできる3〜4個目に小さい黄金比に合わせて、通路幅、柱の間隔、部屋の大きさが決められていることもある。それが紀元前1万500年頃から1700年頃までの1万2200年間、継続して見られる。つまりこういった世界遺産や国宝に指定される建築物は御子が作ったか、現地人を指導しながら作った。これらは宗教の建築物であり、よってあらゆる宗教のルーツも御子にあるということになる。

 

8、世界中の建築物の立面図に見られる黄金比の比率

平面図と同様に古代建築物の立面図にも、1つもしくは2つの黄金比の組み合わせで、屋根の位置や階段幅を決めていることがある。また立面図では黄金比にならないが、実物を正面から見た時の人間目線にあわせて、黄金比の比率で作られていることも多々ある。
4_226年 イランの巨岩遺跡ナクシェ・ロスタム
3_紀元前4年 伊勢神宮
7_315年 コンスタンティヌスの凱旋門
25_1121年 イランのジャーメ・モスク
26_1300年頃中国の紫禁城


9、ドルメン

箱型に並べた石を柱とし、その上に天井石を置く形をドルメン(支石墓)という。なかには絶妙なバランスで巨石が置かれたものもあり、これもアフリカ、ヨーロッパ、アジア、オーストラリア、南北アメリカの各大陸で見られる。つまり御子によるもの。

イギリスのストーンヘンジもドルメンと同じ積み方。また部分的に切込み接(は)ぎの石積みのように、上に乗る石が下の石に合わせて形を整えている部分がある。

シュメール神話の大洪水部分には、石の祭壇について次のような記述がある。
大洪水を生き残ったジウスドラは妻と子供達を呼び、主エンキに感謝を捧げるため石を集めて祭壇を築き、火を灯し、香を焚いた。そして傷のない雌羊(めひつじ)を燔祭(はんさい)のため選び、祭壇の上にエンキへの生け贄として雌羊(めひつじ)を捧げた。

シュメール神話も各国の神話と共通点があり御子由来のものという結論で、石の祭壇、ドルメンも御子のシンボルという結論。


10、宇宙卵(うちゅうらん)を表す石球

大小の石球も各大陸で見られ、絶妙なバランスで立っているものもある。これは御子が作った宇宙卵(うちゅうらん)。宇宙卵とは無である「一なるもの」を表したもの。「一なるもの」については後述している。

カナダの大小約150の島々からなるハイダ・グワイ(クイーン・シャルロット諸島)の宇宙卵(うちゅうらん)。

ミャンマーのチャイティーヨー山の頂上にも、絶妙なバランスで立つ大きな岩とパゴダ(仏塔)がある。つまりこれも御子作で、宇宙卵を表す。

 

次は茨城県の竪破山(たつわれさん)にある太刀割石(たちわりいし)。宇宙卵を表す石球が2つに割れている場合は、天地創造を表している。これも各大陸の神話に見られる共通点で、無から天と地、陰と陽、光と闇という2極が生まれ、宇宙が誕生する。つまりビッグバン、天地創造を表している。

サウジアラビアのアル・ナスラの宇宙卵。
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各地の宇宙卵。

オーストラリアのデビルズ・マーブルズにも、2つに割れた石球や絶妙なバランスで立つものがある。

 

ポルトガルの宇宙卵(うちゅうらん)であるアルガルベの卵には、2匹の蛇が絡み合った杖カドゥケウスのシンボルが見られる。つまりこの宇宙卵(うちゅうらん)は御子によるものということ。


11、レスリングや相撲

相撲やレスリングも世界中の100以上の民族や場所で見られる。北アメリカ以外のオセアニア、南米、アジア、ヨーロッパ、アフリカと異なった大陸で見られるのも、御子が世界中の民族に文化を与えていた一つの証拠。

「例」
キリバス共和国のカウンラバタ
オーストラリアのアボリジニーのコレーダ
南米アマゾンのヤノマミ族
南米アマゾンのカラパロ族のレスリング
西アフリカのセネガルのセネガル相撲
スイスのシュヴィンゲンというレスリング
スペインのカナリア相撲
インドのインブアン・レスリング
モンゴルのモンゴル相撲
日本の相撲

他にもインドではクシュティ、トルコではヤールギュレシ、アフリカのカメルーンではドゥアラ相撲、スーダンではトゥーバタ、ヨーロッパのブルガリアではブルガリア相撲、オランダではボルステルなどと呼ばれている。
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この倒れたら負けという格闘技は神話でも見られる。例えばメソポタミアのシュメール神話では、ニビル王の座をめぐって、アヌとアラルが対決した部分がある。

「アラルは服を脱ぎ、アヌも服を脱いだ。裸で王族の2人は格闘を始めた。力強い闘いだった。アラルは膝を曲げ、地に倒れた。公平な格闘によりアヌがニビルの王位を獲得した。」

メソポタミアからは相撲を取る2人の人物の青銅器の壺も出土し、キリスト教などの旧約聖書にもヤコブが天使と相撲をとった記述がある。
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ギリシャ神話でも角力(相撲)の記述が見られる。神ヘルメスは商業と角力(“すもう”=相撲)およびすべての力技(ちからわざ)にわたっていたので、盗賊の守護神とさえされていた。ヘルメスは2匹の蛇の杖カドゥケウスを持っていて御子という結論だった。他にも地の神テラの息子のアンタイオスは巨人でかつ力士であった。彼は自分の国に来るほどの旅人たちを強(し)いて自分と角力(相撲)を取らせ、打ち負けたら殺されるという条件だった。

日本書紀でも野見宿禰(のみのすくね)が垂仁(すいにん)天皇の命により、当麻蹴速(たいまのけはや)と角力(相撲)をとった記述がある。この日本書紀、シュメール神話、旧約聖書も全て御子が作ったものということは後述しているが、世界中で見られるレスリングや相撲も御子由来ということ。


これらの他にも、次のような類似点が各宗教や神話に見られる。

・各神話の神の死と再生の物語
・各神話の神が赤子時代に何かに入れられて川に流された物語
・大洪水の物語
・粘土から人間を作り出す物語
・月の兎(うさぎ)の物語
・巨人伝説
・樹木崇拝
・獅子像

これらのことは全て御子と関係する。あらゆる宗教の神とは、地球と宇宙を行き来する御子と「一なるもの」をシンボルとして表したもの。ここからはこういった物的証拠に加え、古代メソポタミアのアッシュールバニパルの図書館より見つかっている神アヌンナキのシュメール神話の粘土版の要約も加えながら見ていく。シュメール神話も作り話という結論だが、年代やシンボルなどを他宗教と比較する上で参考になる。

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