4章 紀元前2000年頃〜紀元前1年

■紀元前2000年頃

ミノア文明

古代ギリシャのクレタ島でミノア文明が栄える。

ファイストス宮殿のファイストスの円盤は、黄金比の渦模様。つまりニンギシュジッダ作。


■紀元前1330年頃

エジプトのツタンカーメン

ツタンカーメンは古代エジプト第18王朝のファラオ。ツタンカーメンが描かれた遺物にも、ニンギシュジッダのシンボルが見られる。次の画像の椅子には2頭のライオン、羽のある蛇の紀章ウラエウスのシンボルが見られる。
ウラエウス2
ウラエウス
椅子の背もたれの絵には、ツタンカーメンと妻アンケセナーメンが描かれている。ここにもウラエウスがいくつもあり、太陽も見られる。アンケセナーメンの冠の中の葉の模様は、タニトやアンク十字でも見られ、これもニンギシュジッダのシンボル模様ということ。
次の左のエジプトの装飾品は、左からプタハの妻セクメト、若いツタンカーメン王、プタハ。プタハ、蛇の紀章ウラエウス、太陽、ライオンは全てニンギシュジッダという結論だった。ここにツタンカーメンもいる。ツタンカーメンもニンギシュジッダを表す。
こういったことからツタンカーメンも妻アンケセナーメンも実在せず、ニンギシュジッダを表した登場人物という結論。エジプト神話そのものがニンギシュジッダによる作り話という結論だった。

■紀元前1000年頃

イタリアのサルデーニャ島

地中海のサルデーニャ島でもニンギシュジッダの、胸の出た女神像、多角形の石積み、ジッグラトが見られる。伝説ではサルデーニャ島の先住民は巨人で、それがカブラスの石像。つまりここでも巨人伝説が見られる。


■紀元前950年頃

ソロモン神殿完成とヒラム・アビフ

次の1905年に公表されたソロモン神殿の平面図にも、黄金比の比率が見られる。つまりニンギシュジッダ作。

ソロモン神殿にはボアズとヤキンという柱があり、上にはザクロが置かれていた。ザクロもメソポタミアで見られ、ニンギシュジッダのシンボルだった。

ソロモン神殿には日本の神社などで見られる2体の獅子像もあったとされ、旧約聖書には次のように描かれている。

(ソロモンが自分の宮殿を建てた内容について)

列王記上
7:36
そのささえの表面と鏡板には、それぞれの場所に、ケルビムと、雄獅子と、なつめやしの木を刻み、その周囲には花模様を刻んだ。

10:18
(ソロモン)王は大きな象牙の王座を作り、これに純粋な金をかぶせた。

10:19
その王座には六つの段があり、王座の背には子牛の頭があり、座席の両側にひじかけがあり、そのひじかけのわきには二頭の雄獅子が立っていた。

ケルビムとは人間、獅子、牛、鷲(わし)の、4つの顔を持つ生き物。生命の樹もナツメヤシもだった。象牙はゾウからで、つまりここに出てくる動物は全てニンギシュジッダのシンボル。

ソロモン神殿は建築家ヒラム・アビフが建設したとされる。フリーメイソンの儀式では、スコティッシュライトの階級を含め全33階級ある中の下から3番目の親方階級に昇進する際、志願者をヒラム・アビフに見立て、その殺される顛末(てんまつ)を疑似体験させる。その後、志願者は親方として蘇生(そせい)する。内容は次の通り。

「ヒラム・アビフは建築家の集団を、親方、職人、徒弟(とてい)に分け、秘密の合言葉やサインを決めた。だがある時、ヒラムの名声を妬んだ3人の職人が、彼に合言葉を聞き出そうと詰め寄った。しかしヒラムは断り、殺害される。遺体は埋められたが、そこに生えてきたアカシアによって弟子たちに発見され、『ライオンの握手法』と呼ばれる特殊な握手でヒラムは復活した。」

フリーメイソンの伝承では、このヒラム・アビフがフリーメイソンの始祖とされている。古代中国の神の伏犠(ふっき)と女媧(じょか)は2匹の蛇でニンギシュジッダのことだったが、手にはフリーメイソンのコンパスと直角定規を持っていた。またソロモン神殿に黄金比の比率が見られた。また後述しているが、このヒラム・アビフが死んで復活する「死と再生」の話も、エジプト神話のオシリス、アステカ神話のケツァルコアトル、ギリシャ神話のアドニスなど、各神話の神に見られる共通点。アドニスの場合は、殺されて彼の流した血からアネモネの花が咲いたとされている。つまりヒラム・アビフの死も他神話と共通しており、ヒラム・アビフとはニンギシュジッダのことで、フリーメイソンの始祖ということ。

ライオンの握手法など、フリーメイソンは会員同士を握手やサインで見分けるが、その生みの親もニンギシュジッダということ。下の画像はフリーメイソンの握手。
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旧約聖書自体がニンギシュジッダ作なので、ソロモンもニンギシュジッダを表し、実在しなかったという結論。またフリーメイソンはニンギシュジッダを崇拝しているということで、それは各宗教や神話と同じ。


契約の箱とモーゼ

ソロモン神殿は契約の箱を保管するために建てられた。契約の箱はアカシアの木で作られ、上部にはケルビム(智天使)が2体が乗せられた。死んだヒラム・アビフの遺体からアカシアが生えてきたので、これもニンギシュジッダのシンボル。さらに樹木崇拝ともつながる。さらにケルビムも同じくシンボルなので、契約の箱もニンギシュジッダの象徴で、実在しなかった。

契約の箱は、マナの壺、アロンの杖、モーゼの十戒が刻まれた石板を収めた箱。このモーゼも1匹の蛇の十字架を持っているので、ニンギシュジッダのこと。「奴隷扱いを受けていたイスラエル人はモーゼの助けでエジプトを離れた。しかし道中の苦しさゆえに神とモーゼを非難した。そこでモーゼは旗(はた)ざおの先に青銅の蛇を掲げた。・・・」さらにこの旗ざおの十字架、もしくはT字の杖もニンギシュジッダのシンボルということ。T字はギョベクリ・テペの石柱の形に見られた。またこれらの話も作り話という結論。

1匹の蛇はギリシャ神話のアスクレピオスの杖、ローマ神話のアイオーンに見られた。

フリーメイソンのトレーシングボードのハシゴの部分にも、1匹の蛇が巻きついた十字架のシンボルが見られる。こういったことからも、モーゼがニンギシュジッダを表すということが見えてくる。


■紀元前900年頃

トルコのカウノスの岩盤をくり抜いて作った遺跡

トルコにある古代都市カウノスにも、多角形の石積みがある。ここには岩盤をくり抜いて作った遺跡もある。岩盤をくり抜く科学技術もニンギシュジッダという結論。

一つ上の画像の岩盤に彫刻された建築デザインは、サバジオスやタニトの浮き彫りに見られる。三角形の屋根、柱、その2つの接合部分が太いなどが共通。つまりこの建築デザインもニンギシュジッダ由来。


■紀元前800年

スキタイ

紀元前800年〜前201年頃まで、イラン系遊牧騎馬民族スキタイはウクライナを中心に活動していたとされる。

スキタイ美術でもニンギシュジッダのシンボルが見られる。ここでは下部の生命の樹のナツメヤシ、上部のライオン。

次は、ナツメヤシ、渦模様、女神。スキタイの女神はギリシア神話の海の怪物セイレーンと同じポーズなので同一神。シンボルから見て、これらすべてもニンギシュジッダのこと。

スキタイのトヴスタ・モヒーラ古墳出土の、胸飾りの黄金比の渦模様。

黄金のベルトタイトルの無数の渦模様。

 ■紀元前778年

中国の秦(しん)

地図の中央より左の緑色が秦(しん)。
秦

秦(しん)という漢字は、舂(うすづ)くと禾(いね)からできている。舂(うすづ)くは、穀物などを臼(うす)に入れて杵(きね)など棒状のものでつくこと。禾(いね)は稲のこと。つまり稲を臼(うす)に入れて杵(きね)でつくという意味。

杵(きね)は臼(うす)に入れた穀物などをつくための木製の道具。脱穀や餅つきなどに用いる。竪杵(たてぎね)と横杵(よこぎね)の2種類がある。日本の餅つきでは横杵(よこぎね)を使用する。

杵(きね)は金剛杵(こんごうしょ)のことでもあり、アイオーンの胸やギリシャの神ゼウスの手にも見られる。つまりニンギシュジッダのシンボル。

アステカ神話のケツァルコアトルが農耕神でもあるように、ニンギシュジッダが世界中に現れて人間に農耕を教えた。日本の餅つきもニンギシュジッダ由来という結論。そしてこの秦(しん)という漢字はニンギシュジッダを表すシンボルで、秦はニンギシュジッダの国ということ。


■紀元前776年

古代ギリシャのオリュンピア祭(オリンピック)

記録に残る最初のオリュンピア祭(オリンピック)が、古代ギリシャのオリュンピアで行われた。オリュンピア祭は、ゼウス(ニンギシュジッダ)の神殿が建てられた競技場(スタディオン)で開催された。

古代ギリシャのオリンポス山と、ギリシャ神話のオリュンポス十二神がオリンピックの語源。オリュンピア祭は最高神ゼウス(ニンギシュジッダ)に捧げられた。オリンピックにおいて選手たちはゼウス(ニンギシュジッダ)に宣誓し、彼に対して忠誠を誓う。こうして5日間の祭りで一つの神を拝み、結束した。

ニンギシュジッダであるアイオーンの胸には稲妻の道具があり、ゼウスの手にも雷が見られる。他の像では鷲(わし)のシンボルも見られる。


■紀元前753年

古代ローマ帝国

古代ローマ帝国の王政時代が始まる。ロームルスに始まる伝説上の七人の王が治めていた。

このローマ帝国の初代王ロームルスもニンギシュジッダという結論。理由は赤子時代の話にある。ロームルスは母シルウィアと軍神マールスの間に、双子の子供として生まれる。しかし叔父(おじ)アムーリウスは、王位を継ぎうる双子の子を殺すように兵士に命じる。だが兵士は幼い双子を哀れんで、彼らを籠(かご)に入れて密かに川へと流す。ティベリス川の精霊ティベリーヌスは川を流れる双子を救い上げ、川の畔(ほとり)に住む雌狼(めすおおかみ)に預ける。やがて羊飼いファウストゥルスが双子を見つけると、妻アッカ・ラーレンティアと相談して引き取ることにした。彼の妻であるアッカ・ラーレンティアの正体は女神ケレースだった。
この赤子時代に籠(かご)に入れて川に流される話は、他の神話でも見られる。例えば旧約聖書のモーゼ、ギリシャ神話のゼウスとダナエーの子ペルセウス、始皇帝の再誕というお告げがあった日本神話の秦河勝(はたのかわかつ)、古事記のイザナギとイザナミの子の蛭子(ヒルコ)。ゼウスとモーゼはニンギシュジッダという結論だった。それ以外の始皇帝、秦河勝(はたのかわかつ)、イザナギとイザナミもニンギシュジッダで、それについては後述している。
ローマ帝国ではこれより後に時代の遺物に、黄金比や多角形の石積みが見られる。また秦(しん)という漢字が、舂(うすづ)くと禾(いね)からできていて、ニンギシュジッダを表す漢字という結論だったが、ローマ帝国は中国の史書で、大秦(だいしん)と記載されている。こういった複数の理由からローマ帝国もニンギシュジッダが建国した国という結論。下の画像は、1532年に作成された世界地図の四海華夷總圖。西の果てに大秦国の表記がある。

■紀元前668年

シュメール神話の粘土板

シュメール神話では、粘土板はエンキがアダパの子孫エンドゥブザルに筆記させたとある。それはニビルから始まり、地球での今日までの出来事と決断を記録に残し、未来の世代への道標(みちしるべ)”となるように。粘土板は昔メソポタミアと呼ばれた地域の、アッシリアの首都ニネヴェのアッシュールバニパルの図書館で発見される。ここは紀元前700年から紀元前600年の間に設立された。粘土板の文書記録は3万点以上。シュメール神話もエンキも作り話で、ニンギシュジッダを表すという結論だったが、つまりこの粘土板もニンギシュジッダ作ということ。

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■紀元前591年頃

スーダンの都市メロエのピラミッド

メロエ王国の小型のピラミッドにも、ニンギシュジッダの多角形の石積みが見られる。


■紀元前575年

新バビロニアのイシュタル門

新バビロニアにイシュタル門が建設される。

壁にはムシュフシュ、ライオン、牛(オーロックス)の絵が見られる。ムシュフシュは毒蛇の頭、ライオンの上半身、鷲(わし)の下半身、サソリの尾を持つ。これら全てニンギシュジッダのシンボル。こういったことからも、イシュタルはニンギシュジッダと同一神ということ。

ライオン、牛はイランのジーロフト文化のハンドバックにも見られる。このハンドバックの中には2匹の蛇の彫刻のものもある。

アイオーンの胸の稲妻と同じものを持つアダドは牛に乗っている。アダドはニンギシュジッダで、雄牛もシンボル。

石のハンドバックにはサソリのデザインも見られ、トルコのギョベクリ・テペの石柱にも見られる。


■紀元前550年

アケメネス朝とキュロス2世

アケメネス朝ペルシアの初代国王キュロス2世にも、ニンギシュジッダのシンボルが見られる。キュロス2世の羽が、ハンドバックと松ぼっくりを持つニンギシュジッダと同じ。

またニンギシュジッダと同一という結論だったツタンカーメンのヘムヘム冠と、キュロス2世の冠が同じデザイン。

またニンギシュジッダのシンボルの牡牛(おうし)の角が、キュロス2世のヘムヘム冠にも見られる。その角はアッシリアの雷雨神アダドや、エジプトの創造神クヌムにも見られる。どちらもニンギシュジッダのこと。

このアケメネス朝の国旗には、有翼円盤と同じデザインの鷲(わし)、太陽、周囲のジグザグ模様、菱形(四隅)のシンボルが見られる。こういったことからアケメネス朝の建国者キュロス2世もニンギシュジッダという結論。


■紀元前520年頃

アケメネス朝のペルセポリス

ダレイオス1世が建設したとされるペルセポリスにも、ニンギシュジッダの多角形の石積みが見られる。

メソポタミアの松ぼっくりを持つニンギシュジッダの浮き彫りの頭の上に、フルール・ド・リスという紋章が見られる。

このフルール・ド・リスもペルセポリスで見られる。次の画像の左の植物の下に、上下反対に彫刻されている。

このフルール・ド・リスの上に乗る植物は、ペルセポリスの壁画にも見られる。そこには12枚花弁のシンボルも見られる。

またこの植物と同じ模様が、メソポタミアの生命の樹に見られ、そこにはハンドバックや松ぼっくりもあるのでニンギシュジッダを表すという結論だった。下の左がペルセポリス、右がメソポタミアの生命の樹。これも世界各地に見られる樹木崇拝と共通する。つまりペルセポリスに見られる彫刻もニンギシュジッダのシンボル。


ニンギシュジッダ

ペルセポリスとナクシェ・ロスタムの壁画

ペルセポリスとその北部の遺跡ナクシェ・ロスタムには壁画がある。ここにもニンギシュジッダのシンボルが見られる。

ナクシェ・ロスタムの岩壁の高いところに、4つの十字の墓が彫られている。4つの墓はダレイオス1世、クセルクセス1世、アルタクセルクセス1世、ダレイオス2世のものと言われているが、はっきりとはしていない。十字は2つの黄金比を重ねてデザインされている。十字も黄金比もニンギシュジッダのシンボル。また岩山をくり抜く科学技術で作られている。

ニンギシュジッダの十字のシンボル。

岩壁の近くのカアバイェ・ザルトシュトには、多角形の石積みがある。

ナクシェ・ロスタムには、ニンギシュジッダであるゾロアスター教の神アフラ・マズダの浮き彫りもある。アフラ・マズダの馬の大きさと、乗馬をする人間女性の馬の大きさを揃えると身長は3mほどになる。
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ナクシェ・ロスタムの壁画と同じ構図の壁画が、ペルセポリスの第10代目の王アルタクセルクセス3世の墓に見られる。そこにはニンギシュジッダのシンボルの弓矢、有翼円盤、三日月、段々のある台座が彫刻されている。弓矢を持つ人物は、有翼円盤のフラワシと同じポーズをしている。
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アルタクセルクセス3世の墓

台座の段々のデザインもタニトやメソポタミアで見られる。メソポタミアでは弓矢のシンボルも見られる。

次はイラン西部のケルマーンシャー州にあるベヒストゥン碑文。ここでは有翼円盤、弓矢を持った人物が見られる。この弓矢の人物に踏みつけられている人物が手を上に上げている。これもニンギシュジッダのシンボルで見られる。

メソポタミアの寝そべった人物が手を上に上げたシンボル。

次もペルセポリスの浮き彫り。どの王かは不明だが、王の前の三角の置物がニンギシュジッダのシンボル。
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三角の置物はイランの西南部、紀元前1100年代のエラム王国の都スーサより出土の石彫(いしぼ)りに見られる。ここには三日月、8芒星があるのでニンギシュジッダのシンボルということがわかる。

このペルセポリスの有翼円盤と三日月の壁画の下に、角丸(かどまる)四角形の装飾がある。これもニンギシュジッダのシンボルとなる。

ダレイオス1世が建設したとされるペルセポリスには多角形の石積みがあり、王の墓とされる場所やアケメネス朝の国旗にも、ニンギシュジッダのシンボルが見られる。つまりアケメネス朝の歴史も登場人物も、ニンギシュジッダを表す作り話という結論。


■紀元前250年頃

ペルガモン

トルコのペルガモンには、神ゼウス(ニンギシュジッダ)を祀った神殿であった。

ドイツのペルガモン博物館の再建された神殿にも、多角形の石積みが見られる。


■紀元前210年頃

秦の始皇帝

中国の秦(しん)の始皇帝が49歳で死去する。紀元前221年に史上初の中国統一を成し遂げると最初の皇帝となり、万里の長城、兵馬俑(へいばよう)、秦始皇帝陵の建設などを行う。始皇帝陵の存在は、史記など古代中国の歴史書に記されていた。秦(しん)という漢字は舂(うすづ)くと禾(いね)からできていて、ニンギシュジッダを表す漢字という結論だったが、他にもシンボルが見られる。

西安(せいあん)にある始皇帝陵もピラミッドとなっている。

この始皇帝陵の敷地とピラミッドの位置も、黄金比の比率で設計されている。つまり始皇帝陵もニンギシュジッダ作。


つまり中国統一を成し遂げた始皇帝とはニンギシュジッダのことで、秦(しん)とはニンギシュジッダの国ということになる。始皇帝陵を取り巻くように配置された兵馬俑(へいばよう)も始皇帝が建設したとされ、つまりニンギシュジッダ作。ここには8000体以上の兵士の人形があり、同じ顔のものがない。これは3Dプリンタのような科学技術で作られたということになる。


さらに紀元前214年に始皇帝によって建設された万里の長城も、ニンギシュジッダ作ということになる。


中国の西安のピラミッド

始皇帝陵がある西安には、少なくとも29個のピラミッドが存在する。つまりこれらのピラミッドもニンギシュジッダ作という結論。グーグルマップ(34°22’28.75″N108°41’12.21″E)


中国の銅鏡

紀元前200年頃の中国の銅鏡。ニンギシュジッダの渦模様、黄金比、細かな装飾、八芒星が見られる。

上の銅鏡のギザギザの八芒星はメソポタミアで見られる。この銅鏡は内と外の二重丸のデザインで、エジプトの装飾品にも見られる太陽のシンボルと同じ。全てニンギシュジッダのシンボル。

次の銅鏡には、渦模様、黄金比、菱形。

菱形模様はトルコのギョベクリ・テペや、ペルセポリスの有翼円盤がある壁にも見られるシンボル。

中国は後漢の銅鏡。黄金比、二重丸、ジグザグ模様。

ジグザグ模様もトルコのギョベクリ・テペの石柱に見られる。

次の銅鏡は漢の時代のもので、秦滅亡後の次の時代にあたる。ここには黄金比、16芒星のシンボル。

16芒星はメソポタミアのハンドバックを持つ腕、皇室の菊花紋、ギリシャ近くの出土品では黄金比の渦模様とともに見られる。


中国と日本の銅鐸(どうたく)

銅鐸(どうたく)も青銅器。渦模様、黄金比、ジグザグ模様が見られるので、ニンギシュジッダ作。

三重県の銅鐸。

上の銅鐸(どうたく)の渦模様の下にイノシシが彫刻されている。イノシシもギョベクリ・テペの石柱にも見られる。つまりニンギシュジッダのシンボル。

ジグザグ模様と菱形模様。
このように古代中国の銅鏡、銅鐸、ピラミッドもニンギシュジッダ作という結論。

徐福(じょふく)

始皇帝の記述がある史記(しき)もニンギシュジッダによる作り話という結論になるが、その史記(しき)巻百十八「淮南衡山列伝(わいなんこうざんれつでん)」に不老不死の薬の話がある。それは他神話にも見られる類似のもの。つまり徐福も実在しなかった人物という結論。

中国の史記
徐福(じょふく)は秦の始皇帝に「東方の三神山に長生不老の霊薬がある」と申し出、3000人を従え東方に船出した。しかし秦には戻らなかった。

ペルシャ神話のゾロアスター教
生命(ハオマ)の巨木(植物)ガオケレナは、食すと死者を復活させ不老不死にする。この実から作られた神酒ハマオは、不老不死の霊薬となる。ガオケレナは「雄牛の角」「雌牛の耳」の意味。

インド神話
神々の飲料ソーマは、人間に栄養と活力を与え、寿命を延ばす霊薬。

シュメール神話
アダパはアヌ王より永遠の命のパンと水を与えられるが、それを食べなかった。

ギルガメシュ叙事詩
ギルガメシュは死の恐怖から逃れるため、不死の秘密を知るウトゥナピシュティムを探す旅に出る。やがて若さを保つ草を手に入れるが、帰り道に沐浴した際に蛇に取られてしまう。


■紀元前100年頃

ヨルダンのペトラ遺跡

ペトラのエル・カズネにも、ニンギシュジッダの共通点が見られる。

エル・カズネの正面の三角屋根と柱は、サバジオスの浮き彫りの建物と同じ。つまりニンギシュジッダ作。

トルコのペルガモンの神殿も、サバジオスの浮き彫りと同じデザイン。ここには多角形の石積みもある。

レバノンのバッカス神殿やギリシャのパルテノン神殿も、ニンギシュジッダ作ということ。


サウジアラビアのマダイン・サーレハ

紀元前100年頃のサウジアラビアの都市マダイン・サーレハでも、ニンギシュジッダが岩盤をくり抜いて作った遺跡がある。三角の屋根と柱は、サバジオスの浮き彫りと同じ。

サバジオスの浮き彫りの三角屋根と柱。

さらにこの三角屋根の遺跡の上部には、角ばった半分の菱形のデザインが見られる。これもニンギシュジッダのシンボルで、イランのジーロフト文化やボリビアのティワナクで見られる。

サウジアラビアのアル・ナスラの巨石は、レーザーで切ったように一つの石が二つに分かれている。これも結論はニンギシュジッダ作で宇宙卵(うちゅうらん)と天地創造を表す。同じようにレーザーで切ったような跡がある巨石は世界中で見られる。

次の右の画像は、ドルメンのように天井石がある。


レバノンのバールベック

レバノンのバールベックには、祭神のジュピター(ユーピテル)、バッカス(バックス)、ビーナスを祀る三つの神殿がある。ジュピター(ユーピテル)、バッカス(バックス)はニンギシュジッダという結論だった。ビーナスも、胸を触る女神像と同じなのでニンギシュジッダのこと。


ここでも多角形の石積みが見られる。

この作り込んだ装飾も、ニンギシュジッダの芸術ということ。

バールベックには、佐賀県の巨石パークの御座石と似た「バールベックの巨石」が横たわっている。重さは最大2000トンと見積もられている。これもニンギシュジッダ作ということ。


■紀元前80年

スペインのセゴビアの水道橋

政治家ユリウス・カエサルの共和政ローマ期のセゴビアの水道橋(すいどうきょう)は、全長728m。ここにもニンギシュジッダの多角形の石積みが見られる。

 

■紀元前50年

メキシコのテオティワカン

テオティワカン文明には月のピラミッド、太陽のピラミッド、ケツァルコアトル神殿がある。太陽も月もニンギシュジッダのシンボルだった。ケツァルコアトルは羽毛のある蛇で、これもニンギシュジッダのこと。

ケツァルコアトル神殿には、多角形の石積みと黄金比の渦模様がある。


■紀元前37年

朝鮮半島の高句麗(こうくり)

三国史記(さんごくしき)や三国遺事(さんごくいじ)によれば、朱蒙(しゅもう)が高句麗(こうくり)を建てたとされる。朝鮮、日本、ギリシアの神話には、母神が建国のため出発する愛児に穀物の種を与えたという類似の話がある。
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「高句麗の始祖、朱蒙(しゅもう)と五穀の種」
朱蒙(しゅもう)は自分が生まれた夫余(ふよ)の国を離れ、高句麗を建国し始祖となった。その夫余(ふよ)を離れる際、高句麗の祖母神として祭られる母の柳花は、朱蒙(しゅもう)に別れの形見として五穀の種の入った包みを授けた。

「日本書紀のニニギと稲穂」
天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、孫のニニギノミコトに稲穂を渡し、葦原中津国(あしはらのなかつくに)を高天原のような稔り豊かで安定した国にするよう伝えた。

「ギリシャ神話のトリプトレモストと麦」
農耕と麦の栽培を司る女神デメテルはトリプトレモスに竜の車と麦を与え、世界中に麦の栽培を伝えるよう命じた。

上の右側のトリプトレモスの有翼の戦車にも、ニンギシュジッダの蛇のシンボルが見られる。こういった物語の類似点から、この高句麗の話が記述されている三国史記(さんごくしき)も、ニンギシュジッダによる作り話で、他国の神話と同様に実在しなかった物語と言える。三国史記(さんごくしき)は朝鮮半島に現存する最古の歴史書で、1143年執筆開始、1145年完成、全50巻。三国時代(新羅・高句麗・百済)から統一新羅末期の900年頃までを対象とする歴史書。三国史記(さんごくしき)に登場する百済(くだら)の文字が日本書紀の中に見られるのも、どちらもニンギシュジッダが創作したからということになる。

300年から900年頃の三国史記(さんごくしき)に登場する新羅(しらぎ)の朝鮮半島でも、黄金比がある鬼瓦が見られる。次の2つの鬼瓦の周囲には、太陽を表す二重丸も見られる。つまりニンギシュジッダが建造した建物ということ。
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参考文献

■紀元前27年

ローマ帝国の鷲(わし)の国旗

紀元前27年からのローマ帝国の国旗は、鷲(わし)のデザイン。これと似たデザインはイランのジーロフト文化やトルコのギョベクリ・テペの石柱に見られた。つまりローマ帝国もニンギシュジッダの国。

イランのジーロフト文化の鷲(わし)。

トルコのギョベクリ・テペの石柱の鷲(わし)。
GÖBEKLİTEPE


■紀元前20年頃

ヘロデ神殿の拡張

ヘロデ神殿は、ソロモン神殿破壊後に再建された第二神殿をヘロデ王が拡張したもの。ヘロデ神殿も紀元70年のユダヤ戦争で破壊され、「嘆きの壁」がその時に残った部分。
エルサレム

嘆きの壁のそばにあるウエスタン・ストーン(Western Stone)は幅13m、重さは約570トンの巨石。 これを人間が運ぶのは不可能なので、ヘロデ神殿もニンギシュジッダの科学技術によるものという結論。


■紀元前12年頃

キリスト、仏陀、ビシュヌ、シヴァ、アラー、悪魔バフォメット、大天使ミカエル、アブラハムの共通点

この頃、イエス・キリストが誕生したとされる。キリスト教の悪魔バフォメットは山羊の頭を持っている。雄(おす)の容貌だが、胸の膨らみがあるなど両性具有の特徴がある。ニンギシュジッダも女神像としてや、同一神であるゼウスやミトラのように男神として、男女二つの面を持って表される。つまりニンギシュジッダは両性具有の象徴でもある。

バフォメットの腹部に、2匹の蛇の杖カドゥケウスが見られる。これもニンギシュジッダであるアイオーンの足元に描かれている。

山羊(ヤギ)の頭は、ニンギシュジッダであるサバジオスの手に描かれている。

バフォメットの両手の形が、サバジオスの手と同じ形になっている。

バフォメットの両側に三日月が描かれている。これもサバジオスの手に乗る人物の頭の上や、古代エジプトの装飾品のホルスの目の上部にも見られる。

また、キリスト教で光をもたらす者という意味をもつ堕天使にルシファーがいる。明けの明星という意味であり、堕天使の長であるサタンの別名。

ニンギシュジッダである南米のケツァルコアトルも、明けの明星と言われている。その耳には黄金比も見られる。
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旧約聖書の創世記でサタンは最初の女イヴに嘘をついて騙し、神から食べると死ぬと言われていた善悪の知識の木の実を食べさせた。シュメール神話でニンギシュジッダは人間のDNAに直接的に手を加えて人類を創造した人物で、人間に知性(善悪の知識)を与えた。ここでのサタンは木に巻きついた1匹の蛇として描かれている。これは樹木崇拝とも合致し、同じ構図はアイオーンの体に巻きついた蛇やアスクレピオスの杖として見られる。

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ルシファーと双子の兄弟と言われることもある大天使ミカエルは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教においてもっとも偉大な天使の一人。ミカエルは右手に剣、左手には魂の公正さを測る秤(はかり)を持つ姿。秤(はかり)もサバジオスの手で見られる。

イエス・キリストにも同じ共通点が見られる。1100年代に制作されたアギア・ソフィア大聖堂のキリストの絵と、1118年のキリストのモザイクに描かれた聖母マリアと小さなキリストの手は、バフォメット、サバジオスの手と同じ形になっている。

さらに新約聖書のヨハネの黙示録22章16節には、次のようにある。「わたし(イエス)はダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である」。つまりキリストは明けの明星であると述べている。ルシファー、ケツァルコアトルも明けの明星。これらが意味するところは、キリスト、バフォメット、ルシファー、サタン、大天使ミカエルはニンギシュジッダということ。

仏教でも、明けの明星という言葉が見られる。釈迦(しゃか)は12月8日の夜明け近く、明けの明星が輝く頃、35歳でついに悟りを開いた。その時のナーガに守られたブッダ像では、下から蛇が巻きついて、頭の上から顔をのぞかせている。同じデザインはアイオーンにも見られる。またグノーシス主義セツ派に登場するアウトゲネースはアイオーンであり、ギリシャ語で「自ら生まれた者」の意味で、キリストと同一視されている。

ナーガは釈迦が悟りを開く時に守護したとされる蛇神(じゃしん)。仏教の八大竜王の多くが、もとはインド神話のナーガラージャのこと。ナーガラージャとは2匹の蛇が絡み合った蛇神で、ニンギシュジッダのこと。

アフガニスタン東部のガンダーラの仏陀像では、ニンギシュジッダのシンボルも見られる。

仏陀の光背の縁(ふち)のジグザグ模様。ギョベクリ・テペの石柱や、黄金比がある中国の銅鏡でも見られる。

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仏陀の足首の左右に菱形模様。

仏陀の太もも左右に見られる縦横のマス目は、南米エクアドルのタヨス洞窟の出土品に見られる。タヨス洞窟のものは、角、2匹の蛇、太陽、ゾウ、三日月、縦横のマス目、右端の菱形の模様などのニンギシュジッダのシンボルが見られる。

ガンダーラの仏陀像は右の手のひらを見せている。このポーズもタニトとともにシンボルとして見られる。タニトにも三日月、太陽、ジグザグ模様が見られ、ニンギシュジッダのシンボルという結論だった。

つまり手のひらを見せるポーズもニンギシュジッダのシンボル。次の中央の画像の女性は、右の手のひらを見せている。その上に左から太陽、リンガ(男性器)とヨーニ(女性器)、三日月がある。リンガは右の画像のシヴァの象徴で、シヴァも1匹の蛇、三日月、三叉槍(さんさそう)があり、手のひらを見せている。日本の大仏も同じポーズだが、つまり全てはニンギシュジッダを表す。

ヒンドゥー教の釈迦(仏陀)はヴィシュヌの化身と見られている。ヴィシュヌは蛇神ナーガラージャと共に描かれる。ナーガラージャは2匹の蛇でも表され、ニンギシュジッダのことだった。つまりヴィシュヌもニンギシュジッダ。

ヒンドゥー教の神クリシュナはヴィシュヌの化身で、いくつかの点で物語がキリストと似ている。他にもインカ帝国の神ビラコチャ、アステカ神話のケツァルコアトル、エジプトの神ホルス、蛇の杖を持つモーゼ、ローマ帝国の建国者ロームルスもニンギシュジッダという結論だったが、この5人とも似た話がある。また旧約聖書のアブラム(アブラハム)やイランのゾロアスター教の英雄フェリドゥーンにも類似の話がある。アブラハムもフェリドゥーンもニンギシュジッダのことという結論になる。

「処女からの誕生」
・キリストは処女マリアから生まれた。
・ビラコチャは処女カビリャカから生まれた。
・ケツァルコアトルは処女キマルマンから生まれた。
・ホルスは処女イシスから生まれた。

「赤子の時、追っ手から逃げている」
・赤子のイエスは、ヘロデ王の虐殺から逃れるために、ナイル川を渡ってエジプトに行っている。
・赤子のクリシュナは、カンサ王の虐殺から逃れるために、ヤムナー川を渡っている。
・赤子のモーゼは新生児のを殺害を命じたファラオから逃れるためにナイル川に流され、王族に拾われて育てられた。
・赤子のビラコチャは母カビリャカと、追ってくる父コニラヤから逃れるためパチャカマックの海岸まで行き、海に入って石になった。
・赤子のアブラム(アブラハム)の母は、ニムロデ王がアブラムを捕まえようとするのを恐れ、アブラムを連れて家から離れ、山にあるほら穴の中に3年間姿を隠した。
・赤子で双子のロームルスは、叔父アムーリウスに命を狙われ、それを哀れんだ兵士が彼らを籠に入れて密かにティベリス川へと流す。やがて羊飼いファウストゥルスが双子を見つける。
・赤子のフェリドゥーンは母と共に、両肩に蛇を生やした暴君(ぼうくん)ザッハークの虐殺から逃れるためエルブルズ山に行き、母はフェリドゥーンを牛飼いに預けた。

「数字の8にまつわること」
・キリスト誕生を知らせたベツレヘムの星は8芒星で描かれる。
・クリシュナは第8子。
・ビラコチャは8人の最初の文明的な人間たちの父。

「凄い力を発揮する」
・突然に海が暴風に襲われ、舟に乗ったイエスが「静まれ」と命じて嵐を静め、弟子たちを守った(マタイ8:23)。
・怒ったインドラが大雨を降らせ、クリシュナは山を引き抜き、指に乗せ、雨から牛飼いたちを守った。
・モーゼは杖を振り上げ海を割り、イスラエル人たちは渡ることができた。渡ろうとしたファラオの軍勢は海に沈んだ。

「授乳する女神像」
・クリシュナと母ヤショーダ、キリストと聖母マリア

ヒンドゥー教のヴィシュヌとシヴァはニンギシュジッダという結論だった。これにブラフマーを加えると、3人は同一のトリムルティと呼ばれる。つまりヒンドゥー教の3大神もニンギシュジッダということ。これまで各宗教の神のホルス、イシス、アフラ・マズダ、ミトラ、ディオニュソスも、ニンギシュジッダのことという結論だった。この他にもフリジアの神アッティスは、ニンギシュジッダであるサバジオスと同一視される。

アッティスはローマで大地母神として知られたフリギアの女神キュベレーの息子かつ愛人で、ライオンが牽引(けんいん)するキュベレーの戦車の御者(ぎょしゃ=馬車を走らせる人)。つまりアッティスもニンギシュジッダと同一神。

紀元前200年代のアフガニスタン北部の都市アイ・ハヌムからは、アッティスとキュベレーが描かれた銀製の円盤が見つかっている。そこには2頭のライオンの二輪車、三日月、16芒星が見られる。

この三日月と16芒星はメソポタミアの出土品にも見られる。そこには魚の服のアプカルル、有翼円盤、左下に毒蛇の頭とライオンの上半身・鷲の下半身・蠍(サソリ)の尾を持つムシュフシュも描かれている。これらはニンギシュジッダのシンボル。

キュベレーは紀元前2千年紀にはクババとして知られる。クババは手にザクロと鏡を持った婦人の姿。ザクロもニンギシュジッダのシンボルとしてメソポタミアで見られた。

このように、キリスト教、エジプト神話、アッカド神話、ミトラ教、ギリシャ神話、インド神話、仏教、アステカ神話、インカ神話の登場人物は、すべてニンギシュジッダを表したものということがわかる。またキリスト教にはヤハウェという神がいる。これは旧約聖書および新約聖書における唯一神の名で、イスラム教ではアラーと呼び、ユダヤ教ではエロヒムやエル、一部のキリスト教ではエホバと呼ぶ。ヤハウェ、アラー、エロヒム、エル、エホバは同じもので、旧約聖書の創世記に出てくる7日間の天地創造の神。シュメール神話で天地創造の話は、紀元前45万年頃に初めて地球にやってきたエンキが行ったことだった。また旧約聖書の創世記で、エデンの園の木の実を食べたアダムとイブを追放した神はエンリルだった。さらに創世記で「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった」とある。人間を作り出す実験を行ったのはエンキ、ニンギシュジッダ、ニンフルサグ(ニンマー)だった。シュメール神話も、そこに登場するエンリル、エンキ、ニンフルサグも、ニンギシュジッダを表すという結論だった。つまり、ヤハウェ、アラー、エロヒム、エル、エホバというのは、ニンギシュジッダを表した神ということ。

イスラム教のアラーの3人の娘の名前は、アッラート、マナート、アル・ウッザーと言う。シリアのパルミラ出土のアッラートのレリーフ(1世紀)では、ヤシの枝を持ち、ライオンを従えているアッラートが描かれている。

メソポタミアの浮き彫りでは、ハンドバックと松ぼっくりを持つ2人のニンギシュジッダの間に生命の樹がある。これはナツメヤシの木のことで、樹木崇拝ともつながる。つまりライオンとヤシの枝を持つアッラーとはニンギシュジッダのこと。

アル・ウッザーは、シリアでは「明けの明星」と同一視された。つまりルシファーやキリストと同じで、ニンギシュジッダのこと。アッラート、マナート、アル・ウッザーの3人が彫刻された浮き彫りでは、ライオンの上に立ち、真ん中の女性の左手の物に三日月が見える。つまりアラーの3人の娘はニンギシュジッダのことを指す。

キリスト教の大天使ガブリエルは神のメッセンジャーで、マリアのもとに現れてイエス・キリストの誕生を告げた。イスラム教では大天使ガブリエルをジブリールと呼び、預言者ムハンマドに神の言葉の聖典クルアーンを伝えた存在。このガブリエルの手の形も、サバジオス、キリスト、バフォメットと同じ形。つまりガブリエルもニンギシュジッダということ。またガブリエルはルシファーと双子の兄弟と言われる大天使ミカエルと同じ翼を持ち、頭には光背(こうはい)もある。

このようにシンボルで見ていくと、キリスト、仏陀、アラー、クリシュナのような聖人とされる人物も、バフォメットやルシファーのような悪魔も、すべてニンギシュジッダのことと見えてくる。つまり神話や宗教はニンギシュジッダが作り出したもの。そして仏教、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教の信者49億人の人々は、ニンギシュジッダを崇め、さらにいえば、ニンギシュジッダを代理人として遣わせる「一なるもの」を崇めているという結論。これだけではなく、先住民の自然崇拝のアニミズムもニンギシュジッダ由来。


光背(こうはい)は太陽神ニンギシュジッダのシンボル

光背(こうはい)とは、神や聖人から発せられる光。例えばイエス・キリストと聖母マリアはニンギシュジッダという結論だったが、頭の後ろに丸い光背が見える。聖母マリアが抱えているのは子供時代のキリスト。光背の中の十字もニンギシュジッダのシンボル。

受胎告知の天使ガブリエルと聖母マリアにも光背が見られる。

ニンギシュジッダのシンボルの三叉槍(さんさそう)はインドのシヴァの武器で、三叉槍(さんさそう)は中国の道教の三清(さんせい)を表す。三清(さんせい)もニンギシュジッダという結論だったが、元始天尊(げんしてんそん)、霊宝天尊(れいほうてんそん)にも光背がある。

雷神・天候神であるインドラや、シヴァの異名ナタラージャにも光背が見られる。どちらもニンギシュジッダ。

日本の薬師如来像(やくしにょらいぞう)や釈迦三尊像には、黄金比の曲線や渦模様が見られる。つまり光背、黄金比、如来像など全てニンギシュジッダのシンボル。どちらの像も上部の尖った大きな光背を持ち、頭の真後ろに正円の小さな光背がデザインされている。つまり2つの種類の光背が一対になったパターン。そしてこの像もニンギシュジッダが作ったという結論。
薬師如来像釈迦三尊像

仏教の五大明王も阿弥陀如来もニンギシュジッダという結論だったが、光背を持っている。左の画像の中心にいる不動明王は、正円と炎の2つの光背の組み合わせ。

五大明王の中心となる不動明王のように光背が炎の時もあれば、仏陀とヴィシュヌとナーガラージャのように光背が蛇の姿で表されることもある。

古代エジプトでは、ニンギシュジッダのシンボルの有翼円盤や蛇の紀章ウラエウスに、太陽が装飾されている。

この同じ太陽は、鳥の顔を持つホルスやイシスの頭にも装飾されている。エジプトのこれを基準にするなら、光背(こうはい)は太陽の象徴ということ。

光背はフリーメイソンのシンボルのプロビデンスの目にも仏陀にも見られ、太陽神としての光を表している。目もニンギシュジッダのシンボルという結論だった。プロビデンスとはキリスト教で「すべては神の配慮によって起こっている」の意味。日本語では「神の意志」と呼ばれる。フリーメイソンの始祖はニンギシュジッダで、光背もニンギシュジッダを表し、そこに描かれた目もニンギシュジッダの目。キリスト教の言葉に当てはめると、「すべてはニンギシュジッダ(一なるもの=神)の配慮によって起こっている」。

次の画像は、1300年頃の「東方三博士(さんはかせ)の礼拝」の絵。ベツレヘムの星は東方の三博士にイエス・キリストの誕生を知らせ、ベツレヘムに導いたとされる。つまり光背を持つ三博士(さんはかせ)もニンギシュジッダの象徴。
東方の三博士


キリストの磔刑(たっけい)、死と再生の類似

1327年建造のコソボのデチャニ修道院には、キリストの磔刑(たっけい)のフレスコ画がある。

キリストの磔刑(たっけい)の画もよく見ると、ニンギシュジッダのシンボルで描かれたものということが見えてくる。この上部左右に2機の宇宙船が飛んでいる。右の宇宙船にはニンギシュジッダの8芒星、左の宇宙船の人物の後頭部には2本のヒモが見られる。これはシュメール神話では、ニビルの王権の象徴の2本の纓(えい)のある王冠だった。
デチャニ修道院宇宙船

このキリストの足元には壺(つぼ)が見られる。ディオニュソスの持つ壺(つぼ、カンタロ)も、ニンギシュジッダのシンボルという結論だった。

磔(はりつけ)の絵と同じ構図は、他にも見られる。その場合、宇宙船は太陽と月で描かれている。上の右の宇宙船もよく見ると三日月型、左の宇宙船は太陽のように丸く、赤色をしている。太陽も三日月もニンギシュジッダのシンボルだった。つまり太陽と三日月は、ニンギシュジッダの宇宙船の形も意味する。

十字架はモーゼの青銅の蛇やメソポタミアのシンボルにも見られる。

磔刑(たっけい)のフレスコ画にはキリストを含め、ニンギシュジッダの光背を持つ人物もいる。その中に天使が上部にいるが、三大天使のミカエルやガブリエルも光背を持ち、ニンギシュジッダという結論だった。加えてミカエルは天秤を、ガブリエルはサバジオスの手の形のシンボル。


天使の階級第二位で、智天使(ちてんし)の複数形のケルビムも、獅子、牛、鷲(わし)の顔を持つ。つまり天使もニンギシュジッダのシンボル。

多くの磔刑(たっけい)の絵では、十字架の足元にドクロや骸骨(がいこつ)、棺桶(かんおけ)が見られる。

アステカ神話の神ショロトルはケツァルコアトルの双子。ケツァルコアトルもニンギシュジッダだった。ショロトルは犬の姿をした死と嵐と稲妻と火の神。また螺旋状の風の神、巻貝などを身につけ、骸骨(がいこつ)の姿としても描かれた。下の2つのショロトルは同じ耳飾りをつけている。つまり骸骨もニンギシュジッダのシンボル。

下の画像はメキシコのマヤ文明の出土品の宇宙船。後部の尾翼(びよく)がデチャニ修道院の宇宙船と似ている。

宇宙船

フリーメイソンのトレーシングボールのシンボルは、全てニンギシュジッダのシンボルという結論だったが、そこにも骸骨(がいこつ)、棺桶(かんおけ)、十字架、上部左右に太陽と月も見られる。つまりキリストの磔(はりつけ)の絵は、ニンギシュジッダのシンボルで描かれたデザイン画ということ。キリストが磔(はりつけ)にされたのはゴルゴタの丘。ゴルゴタとは髑髏(どくろ)の意味で、髑髏(どくろ)もニンギシュジッダのシンボル。

次の左のフレスコ画は、デチャニ修道院の磔刑(たっけい)の絵の下に描かれた絵。手を差し伸べるキリストの背後にも、同じ尾翼の宇宙船が見られる。右のフレスコ画ではキリストと人々の背後に、同じ宇宙船らしき物体が見られる。これらは外側が白色、中側が灰色。
フレスコ画2

次のようなキリストの復活の絵も、光背、棺桶、十字など、全てニンギシュジッダのシンボルということ。

この十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活する話も、他の神話で見られる。古代エジプトのオシリス神は弟のセトに殺され、妻であり妹でもあるイシスとアヌビスによってミイラとして復活する。イシス、アヌビスはニンギシュジッダという結論だった。次の左の画像の中央がオシリスだが、その冠もホルスの目の装飾品の隣にいる鷲(わし)が被っている。

他にも、ソロモン神殿の建築家ヒラム・アビフは3人の職人に殺され、ライオンの握手法で復活した。ニンギシュジッダの稲妻の金剛杵(こんごうしょ)を持つ天候神アダドは、ウガリットのバアルと同一視される。バアルは自身の身代わりがモートに殺され、そのモートをバアルの妹アナトが殺し、その後本当のバアルは復活した。7年後にはモートも復活した。

ギリシャ神話の女神ペルセポネはハーデースに連れ去られ、冥府(めいふ”死後の世界”)に行く。ゼウスがヘルメースを遣わし、ハーデースにペルセポネーを解放させ帰還した。このペルセポネの浮き彫りにも、ニンギシュジッダのシンボルが見られる。例えばギョベクリ・テペの石柱でも見られるジグザグ模様が、ペルセポネが開ける箱の横に見られる。

ペルセポネの机の下の壺(カンタロ)は、サバジオスの手に見られる。

その壺(カンタロ)の上に8芒星が見られる。8芒星はメソポタミアの有翼円盤や三日月がある円筒印章でも見られる。


アステカ神話のケツァルコアトルは朝の日の出で復活のシンボル、その双子のショロトルは日没で死のシンボルとされた。

シュメール神話に登場するイナンナ(イシュタル)と、その夫ドゥムジ(タンムーズ)にも「死と再生」の類似が見られる。

「イナンナは理由は明らかではないものの、姉のエレシュキガルの治める冥界に下る。イナンナは七つの門を通るごとに身につけたものを取り上げられ、最後の門をくぐるときに全裸になった。彼女は七柱のアヌンナの神々に、冥界へ下りた罪を裁かれた。イナンナは死刑判決を受け、エレシュキガルが「死の眼差し」を向けると倒れて死んでしまった。彼女の死体は宮殿の壁に鉤で吊るされた。三日三晩が過ぎ、エンキは自分の爪の垢からクルガルラ(泣き女)とガラトゥル(哀歌を歌う神官)という者を造り、それぞれに「命の食べ物」と「命の水」を持ってレキシュガルの元へおもむき、死体に「命の食べ物」と「命の水」を振りかけるように命じた。クルガルラとガラトゥルがエンキに命じられた通りにするとイナンナは起き上がった。
イナンナが死んだ時、夫の神ドゥムジは喪にも服さず着飾っていたためイナンナは怒り、彼を自分の身代わりに連れて行くように命じた。ドゥムジはイナンナの兄ウトゥに救いを求め、憐れんだウトゥは彼の姿を蛇に変えた。ドゥムジは姉のゲシュティンアンナの元へ逃げ込んだが、最後には羊小屋にいるところを見つかり、冥界へと連れ去られた。しかし結局、イナンナは同情心から決意を曲げ、夫ドゥムジを生き返らせることにした。そして一年の内6ヶ月は、ゲシュティンアンナがドゥムジの代わりに冥界にいることになった。」

メソポタミア神話に登場するエンリルにも「死と再生」の話があり、身代わりの部分もイナンナと共通している。
「エンリルは女神ニンニルを強姦(ごうかん)し、その罪で冥界へ落とされる。エンリルが冥界から抜け出すには3柱の身代わりが必要だった。そこでメスラムタエアとニンアズともう1人の神を生み出し、これらを身代わりとして地上に帰ることができた。」

フリュギア神話のアッティスとキュベレーはニンギシュジッダという結論だったが、この2人にも「死と再生」の話がある。そこでは樹木崇拝につながる松の樹も出てくる。
「母キュベレーの嫉妬をかったアッティスは、自ら性器を切り落とし死んだ。キュベレーは嘆き彼を復活させた。別の神話では死んだアッティスを松の姿で復活させた。」

このように妻イナンナ、夫ドゥムジ、エンリル、アッティスとキュベレー、そしてオシリス、ヒラム・アビフ、バアル、ペルセポネ、ケツァルコアトル、ショロトルは全てニンギシュジッダで、「死と再生」はキリストだけではない。「死と再生」はニンギシュジッダを表すシンボル的な話で、キリストの復活も作り話という結論。よってキリストもその他の神も実在しなかった。生命の樹に見られる樹木崇拝はニンギシュジッダ崇拝という結論だったが、樹木は冬になると葉を落とし冬眠する。そして春になると葉をつけ実や花を咲かせる。これは「死と再生」のことであり、様々な樹木が各神話の神に捧げられたり物語の中で関係する。つまり樹木崇拝と神々、死と再生はニンギシュジッダでつながる。


ブラーフミー系文字

ブラーフミー系文字、またはインド系文字は、ブラーフミー文字から派生した文字体系の一族の総称。ブラーフミー文字は南アジア、東南アジア、チベット、モンゴルのほとんどの文字体系の祖。下の地図では赤色が南アジア、オレンジ色が東南アジア、黄色にチベットやモンゴル。
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例えばヒンディー語、ネパール語、ネパール・バサ語、サンスクリット語、ビルマ語、カンボジア語、ラーオ語、タイ語、ジャワ語、バリ語、チベット語、梵字(ぼんじ)など。

ブラーフミーは「ブラフマーの創造した文字」を意味する。ブラフマーとヴィシュヌとシヴァのトリムールティはニンギシュジッダという結論だった。つまりブラーフミー系文字もニンギシュジッダ作ということ。


インド・ヨーロッパ語族

インド・ヨーロッパ語族には英語、ヒンディー語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ウルドゥー語、ペルシア語、ウクライナ語、ラテン語などがある。下の地図はインド・ヨーロッパ語族の分布。
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一例をあげるなら、パニック(Panic)の語源はギリシア神話の牧神パン。パン(Pan)は人気のない所で、突然、混乱と恐怖をもたらすことがあった。父親はゼウスともヘルメースともいわれ、どちらもニンギシュジッダ。

ローマ神話のユーピテルもニンギシュジッダだったが、その妻ユーノーはユーノー・モネータ(Juno Moneta)とも言う。モネータは「忠告する」という意味のラテン語monereが語源で、英語のマネー(Money=お金)の語源。また木星を英語でジュピター(Jupiter)というが、それもユーピテルが語源。

こういった神の名が語源になっている例はたくさんある。つまり各宗教を作ったのはニンギシュジッダで、インド・ヨーロッパ語族を作った人物もニンギシュジッダという結論。


■紀元前4年

伊勢神宮に見られる黄金比

この年に内宮が伊勢に鎮座したとされる。

伊勢神宮の外宮(げくう)と内宮(ないくう)にも、黄金比の比率が見られる。階段幅も、2つの黄金比を重ねた時にできる比率。つまりニンギシュジッダ由来。

内宮の平面図は、ちょうど黄金比の大きさになる。

伊勢神宮の神紋にも、ニンギシュジッダのシンボルが見られる。神紋の中央の丸は、タニトでは太陽の丸。

神紋の十字も、メソポタミアのニンギシュジッダの胸に見られる。

神紋が菱形になっているのも、ギョベクリ・テペやペルセポリスで見られる。

つまり伊勢神宮の神紋は、ニンギシュジッダのシンボル。また伊勢神宮にも樹木信仰がある。式年遷宮(しきねんせんぐう)の用材となるヒノキを切り出す御杣始祭(みそまはじめさい)と、御木曳(おきひき)と呼ばれるヒノキを五十鈴川(いすずがわ)から内宮(ないくう)と外宮(げくう)まで運ぶ行事がある。この用材を御神木(ごしんぼく)と呼ぶ。つまりニンギシュジッダのシンボルの樹木を崇めている。


長野県の諏訪大社と樹木信仰

長野県の諏訪大社(すわたいしゃ)は、全国に約2万5000社ある諏訪神社の総本社。創建や祭祀が始まった時期は不詳。ここにも御柱際(おんばしらさい)という樹木信仰がある。

御柱際(おんばしらさい)は、大木を山中から切り出し社殿まで運ぶ祭りで、御柱を氏子(うじこ)と共に傾斜約30度、距離80mの木落し坂から落とす。

伊勢神宮と同様に、山から切り出し、筏(いかだ)に乗せて運び、神のための神殿を作る。この行程は、旧約聖書の列王紀(れつおうき)上の第5章に見られる。これはソロモン神殿建設に関する部分。
「ソロモン王がエルサレム神殿建築を行うことを決め、港湾都市ティルス(現レバノン)のヒラム王がソロモンの要請に応える。そしてヒラム王はしもべに、ヒノキの別称の香柏(こうはく)とイトスギの材木を切り出させ、レバノンから海に運び、筏(いかだ)を組んでソロモンの指示する場所まで送らせた。そして7年目に神殿は完成した。」
伊勢神宮も諏訪大社も、切り出された木材が川を渡って目的地にたどり着く。旧約聖書はニンギシュジッダによる作り話という結論だったので、これは古代イスラエル人が日本へやってきて広めた文化ではない。つまり各神話に類似の話が見られるように、ニンギシュジッダによって広められた樹木崇拝ということ。

漢字の「木・林・森」

「木」の漢字は、十(十字架)と人(ひと)という漢字の組み合わせになっている。十字架に架けられた人はイエス・キリスト。キリストはニンギシュジッダという結論だった。樹木崇拝もニンギシュジッダ崇拝だった。つまり「木」もニンギシュジッダをシンボル的に表した文字。さらに「林」「森」も同じくニンギシュジッダを表した漢字。漢字はニンギシュジッダが考え出し、キリスト教の聖書の物語も表現されている。

島根県の出雲大社

出雲大社は大しめ縄でも知られている。
しめ縄のねじれた縄は、ニンギシュジッダのシンボルとしてイランの石のハンドバックでも見られる。

また出雲大社にも、多角形の石積みが見られる。

下の左の出雲大社の神紋にも、ニンギシュジッダのシンボルが見られる。真ん中の丸は、タニトの場合、太陽を表す。

神紋の十字も、メソポタミアのニンギシュジッダの胸に見られる。

十字の背面の8芒星も、メソポタミアのシンボルで見られる。

神紋の大外の六角形は亀甲紋(きっこうもん)で、亀が由来。亀もサバジオスの手に見られる。

このように多角形の石積みがある出雲大社の神紋は、ニンギシュジッダのシンボルでできている。

出雲大社には古代に高さ48mもの高層神殿があったとされ、2000年に出雲大社境内から出土した宇豆柱(うづばしら)がその証拠ではないかとされている。高層神殿があったとするなら、ニンギシュジッダが建てたと考える方が自然。