2章 宇宙創生〜紀元前1万年頃

 

■遥かな昔

ホピ族に伝わる宇宙創生神話

北アメリカの先住民ホピ族にも2匹の蛇が見られることから、ニンギシュジッダによって文化を与えられたという結論だった。そのホピ族の神話には宇宙創生について次のように語られている。

(第一の世界トクペラ)
最初の世界はトクペラ(無限宇宙)といい、当初は創造主タイオワだけがいた。あとは全て無限宇宙。始まりも終わりもなく、時、空間、形、生命もなかった。無の世界のみがあった。次にこの無限者は有限を生み出し、ソツクナングを創造してこう告げた。
「私は無限宇宙で生命を造る計画を実行するため、あなたを人として第一の力と器に造った。つまり祖父であり、あなたは甥(おい)だ。さあ、計画どおり互いに調和して働くよう、宇宙を秩序正しく整えるんだ」
ソツクナングは無限者の指示通りに計画を進め、無限宇宙から個体として現れるものを集めた。そして七つの宇宙を作った。それを終え、ソツクナングはタイオワに「これはあなたの計画に沿っているか?」と尋ねると、「上出来だ」とタイオワは答え、さらに次のように述べた。「水も同じように創造してほしい。これら宇宙に水を置いて、それぞれが等しく分けるんだ」。ソツクナングは無限空間から水として現れるものを集め、それを各宇宙に置き、それぞれが半分個体、半分液体となるようにした。彼はタイオワに言った。「わたしの仕事は、あなたの意にかなったものでしょうか」。するとタイオワは次のように答えた。「上出来だ。次に、風についても同じように頼む」。ソツクナングは無限宇宙から風となるものを集め、それを各宇宙のまわりを穏やかに動くように配置した。タイオワはこれを喜び、「甥(おい)よ、私の計画に従ってよく仕事をしてくれた。あなたは宇宙を創造し、個体、水、風を作って正しく配置した。だがまだ完成ではない。生命を造り、私の宇宙計画の四つの部分ツワカキを完成するんだ」

ここに出てくるタイオワとは「一なるもの」のこと。この神話もニンギシュジッダによるものという結論。アヌンナキの歴史を読み進めていくとソツクナングは大洪水によって人間を滅ぼすエンリルであり、またホピ族の神話に登場するクモ女に大洪水がおこることを教えて生き延びるよう手助けした神でもあるので、それはアヌンナキではエンキのことになる。シュメール神話がニンギシュジッダを表した創作という結論なので、エンリルもエンキもニンギシュジッダを表し、つまりソツクナングもニンギシュジッダを指す。ソツクナングは「一なるもの」である無限宇宙から生まれたわけだが、つまりニンギシュジッダは無限宇宙の代理人と言える。

また地球に存在する水や風が、創造主タイオワの意思によってソツクナング(ニンギシュジッダ)が無限空間から作ったという内容は、水や風の由来の答えとなる。

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参考文献
ホピ 宇宙からの聖書/フランク ウォーターズ


「一なるもの」の天地創造とビッグバン

ホピ族でいう無限宇宙は「一なるもの」とも言え、それは世界各地で時代や宗教により様々な言葉で表現されている。

・北アメリカ先住民ホピ族ではタイオワ、トクペラ(無限宇宙)。
・オーストラリアのあるアボリジニ神話では、無限の砂漠、海しかない世界。
・タヒチでは、タンガロア。世界に何も無く闇だけの頃、彼が住む大きな貝殻だけがあった。
・西アフリカのマリ共和国のドゴン族では、創造神アンマ。はじまりの世界には宇宙すらなく、天の創造神アンマのみが存在していた。アンマは言葉から宇宙を生み、次に最初の生命キゼ・ウジを創造し、キゼ・ウジは原初の子宮の「世界の卵」を産む。
・エジプト神話では、原初の大洋ないし混沌ヌン。ヌンからラー(アトゥム)が誕生した。
・シュメール神話では、原初の海であるナンム。ナンムはアン、キを生んだ。
・バビロニアの創世記叙事詩エヌマ・エリシュでは、すべてのものの父親で淡水の海アプスー。アプスーからすべてが生まれ出た。混沌を表すティアマトはすべてを生み出す母。
・ギリシャ神話では、最初にカオス(混沌)が生じた。その次にガイア(大地)とタルタロス(冥界)、エロース(愛)が誕生した。
・ユダヤ教に基づいた神秘主義思想カバラでは、アイン(無、0)。
・ゾロアスター教のズルワン派では、ズルワーン(無限の時)。ズルワーンからアフラ・マズダなどが生まれた。
・グノーシス主義ヴァレンティノス派では、原初・原父プロパトール。唯一存在したプロパトールが諸アイオーンを創造した。またヌースというアイオーンがキリストを生んだ。
・グノーシス主義セツ派では、至高神で両性具有の見えざる霊。そこから最初のアイオーンであるバルベーローが生まれる。
・グノーシス主義オフィス派のバルク書では、初めに何ものからも生まれずに存在した三つの原理。第一の原理は「善なる者」、第二の原理は「万物の父」または「エロヒム」、第三の原理は「エデン」または「イスラエル」と呼ばれた。
・フィンランド神話カレワラでは、原初の海洋。世界の初めには大気の娘であるイルマタルがひとりで原初の海洋の上を漂っていた。
・インドのヴェーダ教のアートマン(真我”しんが”)。
・インドのリグ・ヴェーダではプルシャ(世界の最初に存在した)。
・インドのヒンドゥー教の聖典バガヴァッド・ギーターでのアヴィヤクタ(非顕現、明示されざるもの)。
・ヒンドゥー教のブラフマン(全ての物と活動の背後にある究極で不変の現実)。
・仏教では空(くう)。般若心経(はんにゃしんぎょう)の色即是空(しきそくぜくう)は「万物(色)を本質的に突き詰めると実体は存在しない(空)」の意味。
・中国神話の三五歴紀(さんごれっき)では、卵の中身のように混沌とした状態。その中に盤古(ばんこ)が生まれ、天地が分かれ始めた。
・中国の道教では、道(タオ)。道(タオ)を神格化したのが霊宝天尊(れいほうてんそん)、別名で太上道君(たいじょうどうくん)。
・中国の陰陽思想では、原初の混沌(カオス)。この混沌の中から陽の気が天となり、陰の気が地となる。
・日本書紀では、鶏(にわとり)の卵のような混沌。その時天地の中に一つの神、国常立尊(くにのとこたちのみこと)が生まれた。

他にも、絶対無(ぜったいむ)、永遠、沈黙、静寂、意識、存在のすべて、神、などの表現がある。この「一なるもの」が天地や陰陽に分かれて宇宙が誕生した。つまりこの天地創造の物語はビッグバンを表している。また「一なるもの」は卵として表現されていることも見られたが、これは宇宙卵(うちゅうらん)と呼ばれている。

エジプト神話の原初の大洋ヌンから生まれたラーやアトゥムは、太陽、紀章ウラエウス、手の十字のアンク、ウアス杖のシンボルが見られる。後述もしているが、これらはニンギシュジッダのシンボル。つまり原初の大洋ヌンである「一なるもの」から生まれたのがニンギシュジッダ。このラー、アトゥムに相当するのが、上記にあるように日本では国常立尊(くにのとこたちのみこと)、ホピ神話ではソツクナングなどになる。

またインドの蛇神(じゃしん)ナーガラージャや、古代中国の神の伏羲(ふっき)と女媧(じょか)は二匹の蛇の体で、それはニンギシュジッダのことという結論だった。ヒンドゥー教の主神シヴァはニンギシュジッダのシンボルである1匹の蛇(首に巻かれた)、三日月の装飾具、3の刃がついた三叉槍(さんさそう)という武器などを持つ。つまりヒンドゥー教や「一なるもの」の概念を地球上にもたらしたのはニンギシュジッダということ。またヒンドゥー教や仏教に伝わる「悟り」の概念もニンギシュジッダ由来ということでもある。こういったことからニンギシュジッダが精神的・霊的に非常に進化した存在であることが見えてくる。いわば「一なるもの」の代理人と言える。

バビロニアの創世神話エヌマ・エリシュのすべてを生み出す母ティアマトは、11の怪物を生み出したとされる。ここに登場する蛇、竜、嵐、ライオン(獅子)、犬、サソリ、魚、山羊、雄牛は、ニンギシュジッダのシンボルと合致する。つまりティアマトもニンギシュジッダをシンボル的に表したもの。

・ムシュマッヘ(七岐の大蛇)
・ウシュムガル(龍もしくは大蛇)
・バシュム / ウシュム(毒蛇)
・ムシュフシュ(サソリの尾を持つ竜)
・ラハム / ラハブ(海の嵐などを神格化したとされる海の魔物。ある時は大蛇)
・ウガルル(巨大なライオン)
・ウリディンム / ウルマフルッルー(狂犬、獅子人間とも解釈できる犬)
・ギルタブルウル(サソリ人間)
・ウム・ダブルチュ(風の魔物、ライオンの身体に鷲の頭と翼を持った姿)
・クルール(魚人間、占星術の山羊座と結び付く)
・クサリク(有翼の牡牛、ギルガメシュ叙事詩の天の雄牛グガランナと同一視される聖牛)

またこのティアマト(ナンム)とアプスーからラフムとラハムが生まれ、そこからアンシャルとキシャルが生まれ、そこからアヌ(アン)が生まれ、そこからエンリルやエンキが生まれたとされる。シュメール神話では原初の海ナンム(ティアマト)とアプスーからアン(アヌ)やキ(アントゥ)が生まれたとされ、そこからエンリルやエンキが生まれたとされる。つまりニンギシュジッダと同一の「一なるもの」からアヌ王やエンリルやエンキが生まれたということになる。つまりシュメール神話もこれら登場人物もニンギシュジッダをシンボル的に表したものという結論。

中国の陰陽思想を表す太極図(たいきょくず)は、太極のなかに陰陽が生じた様子が描かれている。つまり太極は原初の混沌である宇宙卵(うちゅうらん)を表し、そこから陰陽に分かれた天地創造つまりビッグバンを表したものが太極図ということ。太極から陰陽、陰陽から五行思想が生まれる。五行思想とは、万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなるという思想。つまりこれら全ての概念の生みの親もニンギシュジッダということ。

ここにあげた例以外にも創造神話は各国に無数に存在し、そこには「一なるもの」など複数の共通点が見出せる。神話の共通点だけで見ると、国際交流によって物語が変化しながら他国へ広がっていった可能性も否定はできない。しかしニンギシュジッダの黄金比や女神像が紀元前3万8000年頃から各国で見られることを併せて考えると、これら神話を創作し、宇宙船に乗ってそれを伝え広めたのもニンギシュジッダであることが見えてくる。


宇宙は黄金比と渦模様で創造されている

ニンギシュジッダのシンボルである黄金比と渦模様は、自然の様々なものに見られる。黄金比の曲線(赤線)は物体の中心点を通ることが多いが、正円(青線)の場合は通らない。

この黄金比は、台風や渦巻き銀河にも見られる。

植物のような小さなものから銀河のような巨大なものまで黄金比が見られるということは、人間がまだ行ったこともない宇宙の果ても黄金比でデザインされているということ。つまり、この宇宙は黄金比で設計されている。ニンギシュジッダはこれを知っていて、自ら作るものにも黄金比を多用した。黄金比の螺旋(らせん)状の渦は拡大しても縮小しても永遠とどこまでも続き、終わりも始まりもない。つまり「一なるもの」と同じ真理を表している。さらに植物から銀河にまで渦模様が見られる。つまり黄金比と渦模様は宇宙を形作る組み合わせで、ニンギシュジッダの黄金比と渦模様のシンボルも宇宙の普遍の真理を表している。ニンギシュジッダの名前は、「かしこき樹木(真理の樹)の主人」という意味でもある。


■紀元前50〜40億年頃

太陽系、太陽、地球の誕生

銀河系には約2000億個の星があるとされ、その中では、太陽系のような小さな天体がいくつも集まり、この銀河宇宙を形成している。太陽系は銀河系の中心を、約2億4000年周期で公転している。地球の誕生は紀元前40億年頃。


■紀元前35億年頃

地球に植物の祖である藍藻類(らんそうるい)が出現する。


■紀元前7億年頃

動物の祖となるクラゲ、ゴカイに似た生物が出現する。


■紀元前6億年頃

地球はエディアカラ紀を迎える。地球の気候が温和になったことで、世界中の海に生息する動植物が進化した。


■紀元前5億4200万年頃

地球はカンブリア紀を迎える

この頃、地球ではカンブリア爆発と呼ばれる生物の多様化が起こる。突如として脊椎動物(せきついどうぶつ)をはじめとする今日見られる動物界のほとんどの分類学が出揃った時期。約1000万年の間に生物の種類を多く増やし、多くの化石が発見される。カンブリア紀の初めに硬い体の部分を持つ動物が突然現れただけでなく、地球上に存在していたすべての種類の動物の基本的な形状が同時に現れた。

この時期から地球上には様々な動物が現れ始める。自然な進化で誕生していったとも考えられるが、ニンギシュジッダという地球外生命体が地球の文明に関与していたことがわかった以上、その存在の関与も否定できない。


■紀元前3億年頃

この時期、爬虫類が現れ始める。


■紀元前2億8000万年頃

地球に哺乳類の先祖が出現した。哺乳類とは、動物界、脊索(せきさく)動物門、脊椎(せきつい)動物亜門に分類される生物群である。


■紀元前7000万年頃

このころ地球に、霊長類の先祖が誕生した。


■紀元前280万年頃

エチオピアでヒト属最古の化石発見

東アフリカに位置するエチオピア・アファール州レディ・ゲラル調査地区で出土した、280万年前の下顎骨の破片の分析結果が報告された。その特徴から、この骨はヒト属の化石として最古のものと見られる。こういった原人もニンギシュジッダによって移植させられた可能性がある。

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参考文献
Nature ダイジェスト

■紀元前176万年頃

この頃の原人(ホモ・エレクトス)は、火山岩の周囲を打ち砕いて作った長さ20センチほどのアシュール型握り斧や、つるはし状の道具を石器として使用していた。彼らの一部はアフリカのケニア北部のトゥルカナ湖近くにいた。


■紀元前100万年頃

ジャワ原人がインドネシア辺りに現れる。

また、現在の中国の北京市辺りに、ペキン原人が現れる。


■紀元前80万年頃

アフリカのエリトリアの80万年前のホモ・エレクトスの足跡。


■紀元前44万2800年頃(1シャル目)

惑星ニビルの異変と金

「シュメール神話の粘土板要約」
この頃、惑星ニビルで異変が起こる。大気圏に切れ目が生じて有害な宇宙線が地上に降り注ぎ、畑で採れる果物と穀物の収穫量が大きく減った。また大気のもとになる火山の噴火活動も弱まっていた。これを修復するには金(きん)が必要で、細かく砕いた金(きん)を遮蔽幕(しゃへいまく)として大気圏にまけば解決できた。

1シャル=3600年計算


海からやってきた魚人伝説

「シュメール神話の粘土板要約」
この時、金(きん)を見つけたという報告が、地球にやってきていたアラルからニビルへ送信された。彼はこのチャンスを利用し、アヌ王に変わって自分がニビル王になることを要求した。そして本当に地球で金が採取できるのかを確認するため、アヌ王の長男エア(エンキ)が地球にやってきた。エア(エンキ)達はニビルの魚の服を着ていたため、海からやってきた魚人伝説が始まる。
アヌ王

魚人の姿の遺物は、手にハンドバックを持ったニンギシュジッダの姿で出土している。ここに登場するニビル、アラル、アヌ、エンキは、ニンギシュジッダの神格で表された作り話という結論。

エンキとユダヤ教・キリスト教の天地創造の関係

「シュメール神話の粘土板要約」
やがてエア(エンキ)はアフリカで金脈を発見し、そこをアブズと名付けた。そして次男のエンリルも地球へやってきた。エア(エンキ)は6日間地球上で作業し、7日目の休息の日(ユダヤ教・キリスト教の天地創造)に、惑星ニビルからアヌ王が地球へ到着した。彼らはメソポタミアのエリドゥで、ニビルへの金輸送任務を割り当てる会議を開いた。そこでエア(エンキ)とエンリルはもめ、これを解決するためアヌ王は3人のくじで決定を提案した。それによりアヌ王は王位に残るため惑星ニビルに戻り、メソポタミアのエディンはエンリルに、エア(エンキ)には海とアフリカのアブズが割り当てられた。そしてエア(エンキ)は「地球の主」という意味でエンキという名になったが、彼は満足していなかった。


アヌとアラルの格闘

「シュメール神話の粘土板要約」
その時、地球の金の第一発見者アラルは怒っていた。金発見の功績と引き換えにニビル王になるはずだったと主張し、こうしてアラルとアヌ王は服を脱ぎ、格闘を始めた。アラルは膝(ひざ)を曲げ地に倒れた。こうしてアヌが王であり続けることが決まった。負けたアラルは素早く立ち上がり、アヌ王の男性性器を噛(か)み切った。この罪でアラルは火星へ追放された。
裸で戦い、膝(ひざ)を地面についたら負けは相撲と同じ。相撲やそれに似たレスリングは、世界中で見られる。つまり相撲はニンギシュジッダ由来という結論。

エンリルの神殿と神社の鎮守(ちんじゅ)の森

「シュメール神話の粘土板要約」
こうして地球での金輸送任務が開始する。エンリルは地球の太陽熱を避けるため、エディン北側の雪に覆われた山々の中に住居を建設する。そこは背の高い木々が杉の森の中にあり、山の渓谷(けいこく)の上部表面を強力な光線で平らにし、丘の中腹から大きな岩石を切り出し、寸法に合わせて切断した。杉の森の中の高い木から長い梁(はり)が準備され、それを使ってエンリルの神殿が建てられた。

エンリルが使用したこの光線の技術は、世界中で見られるニンギシュジッダの多角形の石積みに使われた技術の一部。またエンリルの神殿は日本の神社の原型。神社の鎮守(ちんじゅ)の森は、エンリルが暑さを避けるため背の高い木々の中に建てたことが原型。

シュメール語でエン(EN)は主人、リル(LIL)は風を指し、嵐や力を象徴することから「荒れ狂う嵐」という異名を持つ。また「野生の雄牛」もエンリルのシンボル。農耕に不可欠な雨をもたらす嵐、風、雄牛はニンギシュジッダのシンボル。またエンリルの随獣である怪鳥アンズーはライオン頭の鷲(わし)で、ライオンも鷲もニンギシュジッダのシンボル。つまりこのエンリルもニンギシュジッダのこと。
アンズー

ニンギシュジッダのシンボルのメソポタミアの生命の樹に見られるように、各地には樹木崇拝がある。鎮守の森も神代(かみしろ)と言って、神の化身または神そのものと扱われる。つまり神社の樹木そのものもニンギシュジッダの象徴ということ。ニンギシュジッダの名前は、「かしこき樹木(真理の樹)の主人」という意味。


■紀元前40万年頃

発見された紀元前40万年頃の歯

イスラエルの洞窟(Qesem Cave)より40万年前の歯が見つかっている。
Ancient-teeth

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参考文献
Ancient teeth reveal evidence of 400,000 year-old manmade pollution in Israel


■紀元前29万8800年頃(40シャル目)

アブズのアヌンナキの反乱

「シュメール神話の粘土板要約」
金の原石はアブズからメソポタミア(エディン)の金属の街バッドティビラで精錬(せいれん)され、ロケット船で植民地の火星を経由し、惑星ニビルへ純金が運ばれていた。ニビルでは金を細かい粉末にし、大気圏の割れ目は修復されていた。しかし金は地球から送り続けねばならず、地球のアヌンナキは過酷な労働に対し、反乱が起こることもあった。これを解決するためエンキは息子のニンギシュジッダを呼び、原始的な労働者ルルを造る計画を立てる。惑星ニビルでは奴隷制は禁止されていたので、エンリルはこの実験に反対だった。


 人間アダマとティ・アマトの誕生

「シュメール神話の粘土板要約」
エンリルの反対にもかかわらず、エンキ、ニンマー、ニンギシュジッダは、アブズにいた2本足で直立歩行する原人を改良し始める。ニンギシュジッダは、原人のDNAがアヌンナキのように2匹の蛇のように絡み合っていることを見つける。実験は進み、アヌンナキの精子と雌(めす)の原人の卵子を人工授精させ、その卵子をエンキの妹ニンマーの体に挿入して妊娠させ、男性アダムが誕生する。今度は同じ方法でエンキの妻ニンキが女性ティ・アマトを生む。

しかしこの2人の人間には生殖機能がなかった。ニンギシュジッダは2人の細胞内の染色糸(せんしょくし)の中には、22対の染色体しかないことに気づく。23番目の染色体が必要で、それが男性と女性の性別を決定した。男性はXY、女性はXXの染色体をもつ。そこでエンキの肋骨(ろっこつ)からの染色体をアダムの肋骨へ、ニンマーの肋骨(ろっこつ)からの染色体をティ・アマトの肋骨へ移植して手術は完了した。
dna

アダムという名は「地球の粘土のような者」という意味。粘土板では「アブズの粘土の容器に2本足の地球のメスの卵子とアヌンナキの精子を混ぜて受精させ、それをニンマーの子宮に挿入し、妊娠させた」という表現がある。この粘土と人間創造の組み合わせは、他の神話にも見られることがある。例えばエジプト神話のクヌムは、粘土をこねて人間を創造した神とされる。クヌムにもニンギシュジッダのシンボルの太陽、蛇の紀章ウラエウス、羊の顔と角、アンク十字、ウアス杖などが見られる。つまりエンキ、ニンマー、そしてシュメール神話自体は作り話でも、人間を作り出したのはニンギシュジッダで、シュメール神話の年代が一つの参考となる。

またここで登場する染色体の「22」とは、神秘主義思想カバラの生命の樹(セフィロトの木)の丸と丸をつなぐ線(パス)の数。生命の樹も、染色体の移植手術を行ったニンギシュジッダのシンボルとなる。


モロッコで見つかった現代的な顔の化石

モロッコのジェベル・イルード遺跡では、紀元前30万年頃の初期人類の化石と、焚き火の跡と石器が発見されている。

これは現生人類と驚くほどよく似た点が多数あり、地下鉄ですれ違っても違和感がないような顔をしていたと述べられている。古人類学者は、これをホモ・サピエンスの一部として扱うべきかどうかという興味深いジレンマも生じている。


イスラエルの原人の火の使用

考古学者はイスラエルの洞窟(Qesem cave)でも、紀元前30万年頃には原人によって火が繰り返し使用されているのを発見している。ここでは大量の焼いた骨、加熱された土壌の塊、灰の堆積物が見つかっている。
Control-of-fire-by-early-humans

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参考文献
Ancient teeth reveal evidence of 400,000 year-old manmade pollution in Israel


■紀元前25万年頃

イタリアのネアンデルタール人

1930年にイタリアのラツィオで発見された頭蓋骨を調査した結果、紀元前25年頃、イタリアにはネアンデルタール人が存在したことがわかった。


■紀元前17万4500年頃

この頃の人工的に作られたネアンデルタール人の洞窟の中から、40cmほどの円筒形のスタラグマイトが発見された。この洞窟はフランスのブリニケルにあり、入り口から336mあった。


■紀元前16万9200年頃

アフリカのストーンサークル

考古学者のマイケル・テリンガーは、紀元前20万年から前16万年の間の無数のストーンサークルやストーンカレンダーを、南アフリカのムプマランガなどで発見している。ここはジンバブエ(アブズ)の南に位置している。

ムプマランガのストーンサークル(グーグルマップ)
Carolina — 25 55′ 53.28″ S  30 16′ 13.13″ E
Badplaas — 25 47′ 33.45″ S  30 40′ 38.76″ E
Waterval — 25 38′ 07.82″ S  30 21′ 18.79″ E
Machadodorp — 25 39′ 22.42″ S  30 17′ 03.25″ E


■紀元前15万8400年頃(79シャル目)

エディンからアダムとティ・アマトの追放

その後、アダムとティ・アマトはエディンの果樹園へ連れて行かれた。彼らは裸であることに気づき、男性器と女性器のことを知った。ティ・アマトは葉っぱでエプロンを作った。そこへ果樹園を散歩していたエンリルは偶然アダムとティ・アマトを目撃し、2人の変化を知った。そこでエンキを呼びつけ、説明を求めた。この説明に対し、もともと反対していたエンリルは激怒した。ニンギシュジッダもやってきて、アダマとティ・アマトには繁殖の知識は与えたが長寿ではないことを説明した。しかしエンリルの怒りは収まらず、アダマとティ・アマトをエディンからアブズへ追放した。アブズで2人は子供をもうけ、その子孫は増え、鉱山で金の採掘をする。


 エデンの園に見られるニンギシュジッダのシンボル

生命の樹は知恵の樹とも言われ、旧約聖書の創世記にエデンの園の中央に植えられた木。エデンの園とは、エディン(メソポタミア)の果樹園。

旧約聖書の創世記で、神ヤハウェ(エロヒム)は知恵の樹の実だけは食べることを禁じていた(禁断の果実)。しかし蛇にすすめられ、初めにイヴが、次にイヴの勧めでアダムが知恵の樹の実を食べた。するとアダムとイヴは善悪の知識を得て裸の姿が恥ずかしくなり、イチジクの葉で陰部を隠した。

1匹の蛇はニンギシュジッダのシンボルだった。そしてアダムとティ・アマト(イヴ)に、男女を分ける染色体を移植したのはニンギシュジッダ。つまり知恵、知識を与えた蛇とはニンギシュジッダのこと。2人をエディンからアブズへ追放したのはエンリルとなっているが、エンリルもニンギシュジッダという結論だったので、ヤハウェはニンギシュジッダということ。

この一匹の蛇が木に巻きつく姿は、ギリシャ神話の医神アスクレピオスが持つ杖としても表される。これも医療の神として移植手術を行ったニンギシュジッダのこと。またアイオーンも一匹の蛇が下半身から頭部にかけて巻きついている。これら全てがニンギシュジッダのシンボル。

この生命の樹が出てくる神秘主義思想のカバラを考えたのも、ニンギシュジッダということになる。また旧約聖書の創世記3章で、主なる神はアダムとエバを追放した後、命の木への道を守らせるためにエデンの園の東に回転する炎の剣とともにケルビムを置いたとされている。

た。ケルビムとは人間、獅子、牛、鷲(わし)の、4つの顔を持つ生き物。つまりここに出てくる動物は全てニンギシュジッダのシンボル。

アダムとイヴが陰部を隠したいちじくの葉も、樹木崇拝とつながる。ファラオ時代のエジプトでは、神々は東方の樹高を誇る聖なるエジプトイチジクの樹に王座をもっていた。反対に西方の砂漠の涯(はて)には、「エジプトイチジクの貴婦人」、牝牛(めうし)の女神ハトホルが王座についていた。この女神が太陽を含めこの世のすべてを創造した。ハトホルにも太陽、紀章ウラエウス、手の十字のアンク、ウアス杖、牛というニンギシュジッダのシンボルが見られ、同一神ということ。そのハトホルのシンボルがイチジクでもある。

『旧約聖書』の創世記(3章7節)に「エデンの園で禁断の果実を食べたアダムとイヴは、自分たちが裸であることに気づいて、いちじくの葉で作った腰ミノを身につけた」と記されている。


メソポタミアのエリドゥにはキスカヌの樹がそびえていた。バビロニアの賛歌は次のように語っている。「エリドゥに黒いキスカヌが生育した。聖なる地においてこそ、その樹は創造された。その輝きはきらめくラピス・ラズリの輝きである。それはアプスーの方へと枝をのばす。キスカヌは肥沃なるエリドゥにおけるエア神の周回廊であり、その住処はバウのための休息の地である」。エリドゥはエア神(エンキ)の聖なる都だった。キスカヌはメソポタミアの生命の樹の原型で、「創世記」でヤハウェがアダムを迎えるためにエデンにしつらえた園の中央に生い茂る樹の起源でもある。エンキもニンギシュジッダという結論だった。

結論をまとめると、ニンギシュジッダが人間を作り出したということ以外は、旧約聖書やシュメール神話のエデンの園とアダムとイヴの物語はニンギシュジッダのシンボルによる作り話という結論になる。

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参考文献
世界樹木神話 / ジャック・ブロス


■紀元前14万7600年頃(82シャル目)

「シュメール神話の粘土板要約」
この頃にはアヌンナキは金採掘の労働を止め、増えた人間が奴隷のような労働者になっていった。


■紀元前10万8000年頃(93シャル目)

エンキの子のアダパとティ・ティ

「シュメール神話の粘土板要約」
エリドゥ(メソポタミア)で、エンキは水浴びをして戯(たわむ)れていた2人の地球人女性を見つけ、それぞれに自分の子供を産ませる。男の子をアダパ、女の子をティティと名付けた。2人は知性を与えられ、言葉を使うこともでき、理解力も早かった。


■紀元前10万800年頃(95シャル目)

アダパの双子の息子、カ・インとア・バエル

「シュメール神話の粘土板要約」
アダパの双子の息子、カ・インとアバエルが生まれる。カ・インにはニヌルタが種まきと刈り入れを教え、アバエルにはマルドゥクが羊の養育と牧羊技術を教えた。最初の穀物が刈り入れられた時や羊が成熟した時、初物の祝いをしようとエンリルは言った。

初物の祝いが終わった後、アバエルは「自分が羊毛や豊作を提供し、アヌンナキはそれに満足していた」とカ・インの前で自慢した。それ以来この双子は論争を続けた。ある日、ひどく腹を立てたカ・インは石でアバエルの頭を何度も殴り、殺してしまった。それを知ったエンキは激怒した。その後、カ・インは判決のためエリドゥ(メソポタミア)へ連れて行かれ、罰として東方の放浪の地(南北アメリカ)へ追放されることが宣告された。彼の命は見逃されたが、子孫は区別されるべきだとし、ニンギシュジッダによってDNAが変えられ、顔にヒゲが生えないようにされた。この追放には妹アワンも配偶者として行くことになった。


カ・インとその子孫の移動経路と南米のインディオ系の誕生

「シュメール神話の粘土板要約」
DNAを変えられたカ・インは顔にひげが生えないようになり、南北アメリカへ向かってインディオ系の祖となった。

カ・インは日本を通過し、縄文人の祖ともなる。これはミトコンドリア・イブ説と呼ばれ、アフリカから始まり、メソポタミアを経てアジアやヨーロッパへと拡散していった。

縄文人の歯のDNAの解析から、東アジア人と東南アジア人より以前に縄文人は分岐して、日本列島にたどり着いたという結果が出ている。平面地図ではなく地球儀でのメソポタミアから北海道の最短距離は、中央アジア、ロシア、北海道のルートとなる。

中国湖南省、道県に数多くある鍾乳洞(しょうにゅうどう)。その中の1つでヒトの歯の化石が47本発見された。これによりホモ・サピエンスが、紀元前10万年頃には中国に到達していたことが明らかになった。2015年10月14日Nature。

2007年にはインドネシアの南スラウェシ州タレプ(Talepu)から、紀元前10万年頃の石の道具が発掘された。これはオーストラリアのウーロンゴン大学のヘリット・ファンデンベルグ博士(Dr Gerrit van den Bergh)による。

また、アボリジニの祖先は紀元前7万年以前にさかのぼる事ができ、現在のアボリジニは紀元前5万年以前に最初にオーストラリア大陸に移り住んだ人類の直系の子孫。(Science誌2011年9月22日号)

こういった物的証拠から考えられるのは、シュメール神話などの出来事に近しいことはあったが、それを登場人物を使って表したのが神話。しかしその出来事すべてはニンギシュジッダが経験し行っていたということ。つまりニンギシュジッダの作った人間がアフリカから南米まで広がっていったが、それをニンギシュジッダのシンボルを使い、神話と登場人物で物語化した。
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参考文献

カ・インとアワンの一族はアイヌを通って南北アメリカへ

カ・インとアワンの2人に続いて一族で渡来して来た同族のほとんどが、狩りができる地を求めて更に南東へと分布していき、陸続きのベーリング海を渡って北アメリカから南米へと渡り、インディオとなっていく。

オレゴン大学の人類学者、デニス・ジェンキンス氏が、アメリカのオレゴン州ペイズリー洞窟で、紀元前12500年頃の人糞(じんぷん)を発見した。ここからDNAを採取して調べ、アジア人だと判明した。つまり、カ・インとアワンの子孫はアジアを通って南北アメリカに広がった。

アメリカのワシントン州では、紀元前7500年頃のケネウィック人の頭蓋骨が出土した。その歯のDNA調査で、ケネウィック人の祖先はアジアの東側のアイヌに起源を持つことがわかった。そして、その祖先は北米に来る前には、シベリアとアラスカの間あたりに住んでいたことがわかっている。

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参考文献

■紀元前5万2000年頃

インドネシアのホモ・フローレシエンシス

紀元前5万2000年のこの頃、インドネシアのフロレス島の洞窟には、ホモ・フローレシエンシスと呼ばれる小型のヒト属が住んでいた。身長は1mあまりで、それに比例して脳も小さいが、火や精巧な石器を使っていたと考えられている。


紀元前5万年頃

オーストラリアのアボリジニと巨石建築

この頃、アボリジニの祖先が東南アジアを通ってオーストラリアにやってくる。アボリジニのY染色体ハプログループは、出アフリカ後インドを経由したやってきたC1b2bが60%、ニューギニアなどに多いK系統が22%見られる。カ・インの子孫はハプログループCとDと推測されるので、アボリジニもカ・インの直接的な子孫が60%いるということになる。CやDは南米アマゾンの少数の先住民や縄文人にも見られる。

ハプログループはAからRまで分類される。アルファベットが進むにつれ現代に近づく。
A、紀元前27万年頃、アフリカで誕生したグループ
BCD、紀元前6万年頃
EFGHIJKLMNO、紀元前4万年前後
P、紀元前4万3000年〜前2万5000年頃
QR、紀元前1万7000年前後
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アボリジニのヨルング族には神話を踊りで表現する儀式があり、男性のダンサーが虹蛇を象徴する2本の特別な棒を持っていることから、ニンギシュジッダを神として崇めていたという結論。この他にもニンギシュジッダ由来のものが見えてくる。
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オーストラリアで有名なエアーズロック近辺に、アナング族と呼ばれる先住民がいる。彼らはエアーズロックをウルルと呼んでいる。

アナング族に伝承されている2匹の蛇のクニヤとリルの物語の痕跡が、エアーズロック(ウルル)の壁面に残されている。その物語は次のようになっている。

エアーズロック(ウルル)にはクニヤと呼ばれるメスのニシキヘビがいた。クニヤは自分の卵が孵化(ふか)しそうになると、エアーズロック(ウルル)の西側にある洞窟(クニヤ・ビティ)に戻り、新しい子供の誕生を待っていた。ある日、クニヤの甥(おい)であるクカクカが、毒ヘビの祖先でオスのリルの放った槍(やり)によって命を落としてしまった。実際にはクカクカが掟を破ったことへの戒めだったが、それを知らないクニヤは激怒し、リルとの激しい戦いが始まった。激闘の末、クニヤが棒を使って岩の上にいたリルの頭を叩き割って殺したが、リルに戦いで放たれた毒に侵され、クカクカをムティジュルの泉へ運ぶと自分も息絶え、ワナンビと呼ばれる虹色のヘビに姿を変えた。そしてワナンビがムティジュルの泉に住み、水を枯らさずにいると信じられている。

このクニヤとリルの物語の説明板が現地にある。
①メスの蛇であるクニヤ・ミニマは、甥(おい)が毒ヘビのリルに突き刺されたと聞き、急いでやってきた。
②クニヤは人間に姿を変え、イラチという毒を作るためインマという儀式を行った。それはオスの毒ヘビであるリルを罰するためであり、傷ついた甥(おい)のためではなかった。岩山にクニヤが膝をついた跡が見える。クニヤは膝をおろし、毒から身を守るため一握りの砂を自分に振りかけた。
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③クニヤはアクタと言われる女性が戦う準備をするときに使う踊りのステップを踏み、歌いながらリルに向かっていった。リルはイラチという毒によって力を弱められ、そしてクニヤは一思いにリルを殴った。彼はよろけて倒れたが、また立ち直った。
④クニヤがリルを仕留めた2度目の攻撃でできた亀裂。
⑤リルの目が打撃によって閉じられているのが見られる。
⑥ケニアは蛇の姿に戻り、芸術の洞窟の上でとぐろを巻いた。彼女は顔をとぐろの上に乗せて、訪れるすべての人を見守っている。
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この神話も内容そのものは真実ではなく、象徴的な話と考えられる。そしてここでもメスの蛇クニヤと、オスの毒ヘビのリルという2匹の蛇が出てきて、最後にワナンビという虹色のヘビになったということなので、全てがニンギシュジッダを象徴する。アナング族に伝わるワナンビという虹色の蛇はニンギシュジッダという結論になる。

エアーズロック(ウルル)近隣のカタ・ジュタにも巨石がある。ここもアボリジニの神話では、この山の頂上にはワナンビが住んでいて、乾期にのみ下山するという。

このエアーズロック(ウルル)、カタ・ジュタも、ニンギシュジッダの科学技術で作られたという結論になる。後の時代に出てくる日本にはニンギシュジッダを表す女神像が多数見つかっており、また巨人ダイダラボッチが日本の山や池を作ったという伝承もあり、この巨人とはニンギシュジッダのこと。中国には黄河(こうが)や長江(ちょうこう)などの大河は禹王(うおう)によって造られたという伝説があるが、禹王もニンギシュジッダのこと。つまりニンギシュジッダは地形そのものを作り出す科学技術を持っており、エアーズロックやカタ・ジュタを作り出すことも可能。エアーズロックそのものにニンギシュジッダの象徴となる2匹の蛇や虹蛇の伝承があって信仰の対象になっているということは、自然にできた岩山ではなくニンギシュジッダが作り、それをアボリジニに崇拝させた。

こういった視点で見た時、自然にできたとされる奇石もニンギシュジッダの科学技術によって造られたと理解することができる。例えばオーストラリアのデビルズ・マーブルズには茨城県の竪破山(たつわれさん)のようにレーザーで切られたような丸い巨石がある。

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デビルズ・マーブルズの周辺一帯はアボリジニの土地の中に位置する。その地域のアボリジニは、ここを聖地カール・カール(Karlu Karlu)と呼ぶ。アボリジニの部族の1つカイテチェは、デビルズ・マーブルズの事を虹色の大蛇の卵と信じている。つまりニンギシュジッダが作った巨石建造物。デビルズ・マーブルズには他にも隙間なく密着した巨石群や、絶妙なバランスで立つ石球も存在する。隙間なく密着した巨石はニンギシュジッダ建築の特徴。これらの共通点からも、オーストラリアでニンギシュジッダが文明を築いていたという結論。
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また西オーストラリアには、ウェーブロックと呼ばれる海の波のような形をした高さ15メートルの岩壁が100メートル以上にわたって続く場所があり、ここにもアボリジニの伝承が存在する。

アボリジニの伝承で、太古の昔、アボリジニの部族間の問題で婚姻を許されない男女が恋に落ち、その2人の間に生まれてきた子供マルカが住んでいたとされるマルカの洞窟。

カバが大きく口を開けてあくびをしているような奇岩ヒポズ・ヨーン。
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ウェーブロックに見られる絶妙のバランスで立つ巨石や丸い巨石。

アボリジニはデビルズ・マーブルズの事を虹色の大蛇の卵と信じられているという話だった。言い換えるとニンギシュジッダの卵となる。先ほど述べた各地の創造神話の中で、原初の無限宇宙を日本書紀では鶏の卵のような混沌という表現があった。またフィンランド神話カレワラには続きがあり、卵から天空と大地ができたとある。創造神話には宇宙卵型に分類されるものがある。つまり丸い巨石や絶妙なバランスの巨石は、ニンギシュジッダが原初の無限宇宙を卵として表したもの。こういった巨石は、世界各地のニンギシュジッダに関係する場所で見られる。fce46-325e6259725a525e6259c25ac25e525a5258825e8258925af
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ポルトガルの宇宙卵(うちゅうらん)であるアルガルベの卵には、2匹の蛇が絡み合った杖カドゥケウスのような模様が見られる。つまりこの宇宙卵(うちゅうらん)はニンギシュジッダによるものということ。

またこういった理由から、西オーストラリアのウェーブロックもニンギシュジッダによる巨石建築という結論になる。


アボリジニのブーメランやディジュリドゥ

オーストラリアの東にあるカーナーヴォン国立公園の壁画に、アボリジニのブーメランが見られる。紀元前1万7500年頃のものとされ、少なくとも3650年間は使用された場所。

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ブーメランはオーストラリア以外でも発見されている。紀元前2万1000年頃のマンモスの牙で作られたブーメランが、ポーランドの洞窟(Obłazowa Cave)より見つかっている。紀元前7000年頃には北アメリカの壁画にブーメランが描かれていた。エジプトでもブーメランが描かれた遺物が見つかっている。下のエジプトの画像ではブーメランと共に有翼円盤、ライオン、雄牛の角と太陽、鷲(わし)が描かれているので、ブーメランもニンギシュジッダ由来という結論。

アボリジニの楽器ディジュリドゥは、いつ頃から作られ始めたのかは文献が存在しないので証明が不可能とされている。しかし、アボリジニのブーメランの壁画が紀元前1万7500年頃に見られたということは、少なくともその頃にはニンギシュジッダとの接触があり、ディジュリドゥも存在していた可能性がある。

ディジュリドゥの呼び方は地域によって違いがある。オーストラリア北部のアーネムランド内の南西ではマゴ、北東ではイダキ、クィーンズランド州北部ではイギイギなどと呼ぶ。日本に出回っているディジュリドゥの多くはイダキ。イダキは楽器自体が神であり、楽器の中にも神が宿っているとされている。木や万物に神が宿るという思想はアニミズムと言い、南北アメリカや縄文人など先住民にも見られる思想。また樹木崇拝ともつながる。ニンギシュジッダは動物や道具などあらゆるもののシンボルであり、つまりあらゆるものに宿る神ニンギシュジッダがディジュリドゥも伝えた。


アボリジニと各国の虹蛇はニンギシュジッダ

アボリジニの木彫容器クーラモンとその模様もニンギシュジッダ由来。これは楕円形の皿で、果実や水などを運ぶのに使われる。一番右の画像はクーラモンのデザインの移り変わりをまとめたもので、下へ行くほど新しい時代になる。最初のクーラモンに1匹の蛇が見られるが、アボリジニの神話で蛇と言えばニンギシュジッダになる。

アボリジニには3つの蛇神(じゃしん)であるウングッド、エインガナ、ユルルングルの伝承があり、虹蛇とされる。虹蛇(にじへび)はニンギシュジッダのことだが、このウングッド、エインガナ、ユルルングルの3つの話の内容はそれぞれ異なる。同じ地域で同じ神を指すのに話の内容が違うという共通点も世界中の神話や宗教で見られる。

「アボリジニ伝承のウングッド」
根元神ウングッド、もしくはウングルは、海しかない世界で海底の泥が集まって生まれ、己しかいない寂しさを失くすために命を生みだそうと考える。 そこでまずブーメランで海を撹拌(かくはん)して泡立て、その泡で巨大な大地を作り上げ、そこに無数の卵を産んで生命を増やしていった。これがアボリジニ伝承における創世神話。

これと類似した話は、日本書紀と古事記に見られる。イザナギ、イザナミは天浮橋(あめのうきはし)に立ち、天沼矛(あめのぬぼこ)で渾沌とした大地をかき混ぜる。このとき、矛(ほこ)から滴り落ちたものが積もって最初の島のオノゴロ島となった。その後二人は結婚し、大八島(おおやしま)と神々を生んだ。創造神話の鶏の卵の記述もそうだが、日本書紀、古事記もニンギシュジッダ作で、イザナギ、イザナミもニンギシュジッダを表すということ。

「アボリジニ伝承のエインガナ」
ウングットとは別の創世神話を持つ虹蛇エインガナ。この世の最初は無限の砂漠であり、エインガナはこの風景を見飽きて世界を生命であふれさせようと思い付く。そこでエインガナは水中に潜ってあらゆるものを創造し、最後に長い陣痛(じんつう)の末に人間を産み落としたという。エインガナは全ての生命に関わる紐(ひも)を所有しており、エインガナが紐を手放した種は絶滅する運命となる。

「アボリジニ伝承のユルルングル」
オーストラリア南部の伝承の虹蛇ユルルングル。「父なる蛇」と呼ばれる天候神で、その声は雷鳴であり、彼の住む泉は虹色に輝くという。長らく泉の底で眠りについていたが、自身の子孫に当たる人間の姉妹が泉に経血(けいけつ)を落としたことでその臭いで目覚め、起きた勢いで洪水を引き起こした。そして姉妹とその子供たちを、勢い余って呑み込んでしまう。その後、蛇による集会が開かれ、ユルルングルは自分の子孫を呑み込んでしまったことを告白し、彼らを吐き出すことを約束する。そうしてユルルングルは姉妹と彼女の子供たちを吐き出すと、ユルルングルが所持する魔法の楽器ディジュリドゥが独りでに鳴り響き、アリが姉妹と子供たちに噛みついて蘇生させた。 この伝承からアボリジニの一部の部族では、成人の儀式として嘔吐を経験することになっている。

「フィジー伝承のデンゲイ」
フィジー諸島の虹蛇は創造神デンゲイと言い、虹蛇ということからニンギシュジッダを指すが、デンゲイは怒って洪水を起こした神で、洪水を生き残った8人をボンタンの実に乗せて助けた神でもある。これと類似した洪水神話は、北アメリカのホピ族にも見られる。ソツクナングはクモ女に次のように命じた。「中空になっている背の高い植物を切って、人々のその中に入れなさい」クモ女は葦(あし)を切り、中に人々、少量の水、食料、フルスキ(トウモロコシの粉)を入れた。そしてソツクナングが現れて大洪水を起こした。そして葦の中の人々は助かった。またシュメール神話にも大洪水の話が見られる。この場合、洪水で人間を滅ぼしたのは怒ったエンリルで、ジウスドラ(ノア)に船を作らせ生き延びさせたのはエンキ。エンリル、エンキはニンギシュジッダという結論だった。つまりフィジーの蛇神(じゃしん)デンゲイもニンギシュジッダのこと。この類似の洪水伝説も各大陸に存在する。大洪水があったという伝承であれば実際に起こった洪水を見た人々が言い伝えてきた可能性があるが、神話には船や植物に入って洪水を生き延びた少数の人々の話が共通点として多く見られる。

またデンゲイを最高神とする神々をカロウ・ヴと呼ぶ。フィジーにはブレ・カロウという高い屋根を持つ建築物がある。ブレは家、カロウは神の意で神社を意味する。つまりここで神(ニンギシュジッダ)は「天から降りてきて願いをきいてくれる」わけで、日本の神社と同じ。

「西アフリカ伝承のマウ」
西アフリカでは創造神である女神マウ(マウウ)が最初に創造した存在は蛇で、世界創造を手伝った後に海底でとぐろを巻いている。虹(にじ)はこの蛇が天にアーチをかけたものであり、雨を降らせる役割も持つ。

「ハイチ伝承」
カリブ海に浮かぶハイチの伝承の虹蛇は、アフリカ系住民によって伝わり変化したものだといわれる。

「マヤ文明のイシュ・チェル」
メキシコのマヤ文明の虹の婦人と呼ばれる女神イシュ・チェルは、マヤ神話において洪水・虹・出産等を司る女神。頭に蛇を置き交差した骨が刺繍(ししゅう)されたスカートをはいた姿で描かれている。怒らせると大雨を降らせ洪水を起こす。虹、洪水ともにニンギシュジッダの象徴ということ。

「ネイティブアメリカンの伝承」
北アメリカのネイティブアメリカン(インディアン)のショショーニ族の伝承では、虹は大きな蛇が天空に背をこすり付けて生じさせ、雨や雪を降らせるという。

「中国伝承の虹霓(こうげい)、虹蜺(こうげい)」
中国の蛇神伝承の虹霓(こうげい)、虹蜺(こうげい)。漢字で「虹」という字が虫偏(むしへん)なのは竜の一種だから。虹はこの竜の体であるといわれ、雄雌(おすめす)を表す漢字で虹霓/虹蜺(どちらもコウゲイ)と表記する。つまり2匹の蛇。

「日本の神社の注連縄(しめなわ)」
神社の注連縄(しめなわ)は、神聖な場所を区切るために張られる結界の事で、2匹の蛇が絡まった交尾の姿になっている。人間や文明を創造したのはニンギシュジッダで、絡み合う姿は人間のDNAの螺旋構造も意味し、交尾ということは創造も表す。

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注連縄(しめなわ)の他の意味としては、雷雲を表している。ジグザグの白い紙の紙垂(しで)は雷雲から起こる稲妻、紙垂(しで)の間のワラは雷雲からの雨を表す。神社と類似のものに、聖書に登場する古代イスラエルの移動式の神殿の幕屋(まくや)がある。幕屋は、主(ニンギシュジッダ)がイスラエルの民の中に住むために建造させたとされる。神殿とは「神の建物」。

ニンギシュジッダの象徴である注連縄(しめなわ)は雷雲を表しているが、上記にも述べた各地の蛇神(じゃしん)も、雷雲を表している。虹蛇ユルルングルは天候神で、その声は雷鳴。西アフリカの創造神の女神マウが最初に作った蛇も雨を降らせる役割も持つ。マヤ文明のイシュ・チェルは怒らせると大雨を降らせ洪水を起こす。ネイティブアメリカンのショショーニ族の伝承では、虹は大きな蛇が生じさせ、雨や雪を降らせるとある。ワラや紙垂(しで)はニンギシュジッダが起こす雨や雷という意味で、注連縄(しめなわ)一つにもニンギシュジッダにまつわる象徴で溢れている。こうして虹蛇、2匹の蛇、ニンギシュジッダ、雷雲という線で繋がり、各大陸にニンギシュジッダは現れて文明を作り出したということ。


オセアニア

オセアニアはオーストラリア、ニュージーランド、ポリネシア、メラネシア、ミクロネシア全体を指す。オセアニアの86%をオーストラリア大陸が占める。紀元前5万年頃に、東南アジア方面からオーストラリアやニューギニアに人々が住み始めた。初めてこの地域に白人が訪れたのは1521年。
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ハプログループBは、紀元前5万年頃にアジアで分岐し、東南アジアやポリネシアなどといった南方に広まった代表的なグループ。ハプログループBの分布は、イラン、イラク、華南、チベット、ベトナム、マレーシア、インドネシア、タイ、日本、台湾、フィリピン、ポリネシア、マダガスカル、メラネシア、ミクロネシア、ハワイなどであり、アメリカ大陸の先住民からも検出される。
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オーストラリア以外にもオセアニアには、ニンギシュジッダ由来のものが見られる。ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアへの人の移住は1200年頃まで続くので、ニンギシュジッダが文明を与えた年代は場所によって様々。虹蛇の伝承があるフィジー諸島への最初の植民者は紀元前6000年頃、トンガへの最初の植民者は紀元前4000年頃、キリバス共和国への最初の植民者は紀元0年頃、ハワイへの最初の植民者は800年頃、イースター島への最初の植民者は1200年頃とされている。

ニュージーランドのカイマナワ森林公園の木の下には、隙間なく密着したニンギシュジッダの巨石が存在する。
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600年頃になるが、イースター島にも隙間なく密着した多角形の石積みが見られる。またモアイ像には黄金比の曲線が見られ、これらがニンギシュジッダによって作られた証拠となる。
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オセアニアの相撲

オセアニアのキリバス共和国にはカウンラバタというキリバス相撲があり、オーストラリアのアボリジニーにはコレーダという相撲の一種がある。相撲とレスリングも世界中の民族で見られ、目的も祝いや神事など。メソポタミアからは相撲を取る2人の人物の青銅器の壺が出土し、ニンギシュジッダが創作した旧約聖書にもヤコブが天使と相撲をとった記述がある。つまり相撲やレスリングもニンギシュジッダ由来ということ。
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相撲やレスリングは100以上の民族や場所で見られる。オセアニア、南米、アジア、ヨーロッパ、アフリカと異なった大陸で見られるのも、ニンギシュジッダが世界中の民族に文化を与えていた一つの証拠。

「例」
キリバス共和国のカウンラバタ
オーストラリアのアボリジニーのコレーダ
南米アマゾンのヤノマミ族
南米アマゾンのカラパロ族のレスリング
西アフリカのセネガルのセネガル相撲
スイスのシュヴィンゲンというレスリング
スペインのカナリア相撲
インドのインブアン・レスリング
モンゴルのモンゴル相撲
日本の相撲


■紀元前4万6800年頃(110シャル目)

エンキの息子ジウスドラ(ノア)の誕生

「シュメール神話の粘土板要約」
メソポタミアのエディンではル・マックが労働監督だった。彼の妻はバタナシュ。美しかったバタナシュにエンキは魅了され、彼女との間に子供を作ってしまう。それは男の子で、肌は白く、髪は羊毛の色、目は空のようだった。バタナシュは夫ル・マックに誰の息子か伝えず、名前をジウスドラと命名した。


■紀元前3万2000年頃

ヒーリングの効果があるボスニアンピラミッド複合体の地下トンネル

ヨーロッパのボスニア・ヘルツェゴビナに、ボスニアンピラミッドがある。オスマナギッチ博士は、これが紀元前3万2000年頃に作られたと述べている。このピラミッドがあるヴィソコの地下のラヴネのトンネルに入ると健康上の利点があり、山の森の10倍のマイナスイオンや、健康に良い電磁気が測定されている。例えば肺活量の増加、血糖値の正常化、血圧の正常化、体全身の状態の改善など。


ボスニアンピラミッド複合体

次の右の画像のボスニアンピラミッドのピラミッド型の出土品には、トルコのギョベクリ・テペの石柱にも見られるジグザグ模様がある。つまりニンギシュジッダのシンボル。

ボスニアンピラミッドでは多角形の石積みや巨石も見られる。

ボスニアンピラミッドからは、黄金比の渦模様がある石も発見されている。つまりニンギシュジッダのシンボル。

また同じ地域から丸い石球も出土しており、これもニンギシュジッダによって作られた宇宙卵(うちゅうらん)という結論。


ドイツのホーレ・フェルス洞窟

2009年、ドイツのホーレ・フェルス洞窟から、紀元前3万2000年頃のマンモスの牙で作った女神像が発掘されている。これは独テュービンゲン大学のニコラス・コナード教授が英科学誌ネイチャーに発表した。ホーレ・フェルスからは、1931年にライオン女性の像も発見されている。

アイオーンもライオン顔で、ライオンはニンギシュジッダの象徴。胸が出て、その下に手を置くポーズや下半身が太いことは、世界中の女神像と共通。つまりどちらの像もニンギシュジッダ。よってこの洞窟も当時の人間のために、ニンギシュジッダの科学技術で掘られたと考えられる。

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■紀元前2万3000年頃

オーストリアの女神像

オーストリアのヴィレンドルフからもニンギシュジッダの特徴を持った女神像が発見されており、紀元前2万3000年頃のものと推定されている。胸が出ている、胸を触っている、下半身が太い、おへそが描かれている、などが共通点としてあげられる。
女神像2


エスキモー系諸民族イヌイット

エスキモー族は、インディアンのうちでは一番後にアメリカに到着し、その文化は、シベリアからグリーンランドまでもの広がりを持っていた。

ニンギシュジッダは、エスキモー族にも接触していた。アラスカから出土した土偶は、三角形の下着が描かれていたり手の位置などが世界各地で見られる女神像の共通点を持つ。またイヌイットが使用した遮光器は、日本の遮光器土偶の目と同じデザイン。遮光器土偶には黄金比の渦模様が見られることから、これもニンギシュジッダを表す。

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14b日本の縄文土器や縄文土偶


東南アジア、西ジャワ州、グヌン・パダン遺跡

グヌン・パダン遺跡にも多角形の石積みが見られる。この遺跡から少し東のガルトには、ピラミッドも存在する。つまりニンギシュジッダによる建造物。この遺跡は調査結果から紀元前2万3000年頃から紀元前1万4500年頃のものだとされている。グーグルマップ(7°10’45.36″S108°2’37.58″E)。


■紀元前2万1000年頃

ロシアのブリャンスク州の女神像

ロシアのブリャンスク州からも、ニンギシュジッダの女神像が発見されている。これも胸を触っている、下半身が太いなどが共通点。

ロシアのマルタの女神像

同時期、ロシアのマルタからも女神像が発見されており、ニンギシュジッダの女神像の特徴が見られる。

このように、紀元前10万年頃からこの時期まで、世界各地に広がっていった人間に対し、ニンギシュジッダが文化や知識を与え、女神像も渡していた。

■紀元前1万8000年頃

南北アメリカのカ・インの子孫

「シュメール神話の粘土板要約」
ニヌルタは父エンリルに言った。「私が南北アメリカへ行き、カ・インの子孫を見つけ、そこにあなたと私の領土を準備します」。ニヌルタは南北アメリカでカ・インの子孫を見つけ、道具の作り方、音楽の奏で方、バルサム樹でいかだ舟を作る方法、大洋の航海方法を指導した。シュメール神話は作り話という結論なので、このニヌルタもニンギシュジッダを表す。


ホピ族の二匹の蛇の石板とグランドキャニオン

アメリカ先住民のホピ族にもニンギシュジッダの共通点が見られる。

ホピ族は精霊崇拝を行う。ホピ族の中にも部族があり、その一つ熊族の主神サカムホナウは、熊族に三つの石板を渡した。その第二の石板の表面には中央にトウモロコシの木、その周囲に二匹の蛇に囲まれて何頭かの動物たちが描かれている。四隅には、それぞれ腕を広げた男の絵がある。二匹の蛇は、土地の境界線を画す二本の河(コロラド川とリオ・グランデ川)を象徴する。
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コロラド川とリオグランデ川

ホピ族の石板の二匹の蛇が表すコロラド川とリオ・グランデ川も、ニンギシュジッダが造成したと考えられる。これもオーストラリアのエアーズロックと虹蛇のように、ニンギシュジッダが関係していたもの。

コロラド川はグランドキャニオンという峡谷(きょうこく)を流れる。グランドキャニオンは約4000万年前にコロラド川による浸食が始まり、現在見られるような峡谷になったのは約200万年前とされている。しかしニンギシュジッダが関係したことを考えると、もともとそこにあった古くからの地層を科学技術で削り、グランドキャニオンとコロラド川を作ったという見方になる。造成年代としてはネイティブ・アメリカンに文明を授けた紀元前1万8000年以降で、その時に神話にしてホピ族に伝えた可能性もある。このグランドキャニオン周辺にはホピ族以外にも先住民がいる。

グランドキャニオン周辺マップ


グランドサークルの奇石

グランドキャニオンはグランドサークル内にあり、パウエル湖から半径230kmの円の範囲に、たくさんの自然の芸術が見られる。モニュメント・バレー、セドナ、アンテロープキャニオン、ハバスの滝、レインボーブリッジなど。これらは常識で考えれば長い年月をかけて自然が作り出した芸術となる。しかし各地の伝承や巨石建造物の例を見ていくと、グランドサークルの奇石もニンギシュジッダの科学技術で造成された可能性が見えてくる。
グランドサークル

グランドサークル内のメサ・ヴェルデ国立公園には、アメリカ先住民アナサジ族の残した断崖をくりぬいた集落遺跡群もある。これをプエブロ文化と呼び、1100年代になると外敵の襲来に備えた本格的な「岩窟住居」を作り、そこに住み始めたと考えられている。

メサ・ヴェルデのように岩壁をくり抜く技術は、日本やアフガニスタンでも見られる。奈良県の大野寺(おおのでら)には、岩壁を高さ13.8mにわたってくり抜き、その中に高さ11.5メートルの弥勒仏立像(みろくぶつりゅうぞう)を線刻で表した弥勒磨崖仏(みろくまがいぶつ)がある。この顔の右側部分と腰部分に、多角形のブロックの彫り込みがある。つまりこれがニンギシュジッダによって彫られたということがわかる。1
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そしてアフガニスタンのバーミヤン渓谷(けいこく)には、450年前後に作られたとされる石仏と石窟が存在する。高さ55m(西大仏)と38m(東大仏)の2体の大仏など、多くの巨大仏像が彫られている。この石窟のくり抜き方と形は、奈良県の大野寺の弥勒磨崖仏(みろくまがいぶつ)と同じ。つまり、バーミヤン渓谷の55mの石仏も、ニンギシュジッダが作ったということ。
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科学技術のない時代の人間が、バーミヤン渓谷を手作業で高さ55mも掘ったというのは非現実的。しかしニンギシュジッダの科学技術であれば掘るのは簡単。つまりメサ・ヴェルデ国立公園の断崖をくりぬいた集落遺跡も、その科学技術でくり抜かれた所に作られた。ホピ族と同様にアメリカの先住民に知識を与えたのはニンギシュジッダ。そしてグランドサークルにあるモニュメント・バレー、セドナ、アンテロープキャニオンなどの奇石も、その科学技術で作られた。だからアメリカ先住民はその周辺に住み、伝承を伝え、その地を聖地として崇めている。


ネイティブ・アメリカンとタバコ

北アメリカのユタ州にある氷河期の狩猟キャンプから、紀元前1万年頃の鳥の骨とタバコの種が見つかっている。つまりタバコを教えたのもニンギシュジッダ。

紀元前1000年頃、アメリカのアラバマ州北部のネイティブ・アメリカンが、パイプでタバコを吸っていた証拠も出てきている。調査の結果、パイプの中にニコチンが検出されている。タバコはアメリカ先住民の宗教的、社会的生活に非常に重要な役割を果たした。

ネイティブ・アメリカンのY染色体ハプログループはハプログループQが大半を占めている。Qはイラン付近で紀元前2万年頃発生したとされている。つまりシュメール神話でいえば、ちょうどニヌルタがカ・インの子孫の北アメリカの先住民に文明を教えていた時期にやってきた可能性がある。このニヌルタもニンギシュジッダということになり、タバコの文化を教え、その後の大洪水を生き残った人々の子孫がネイティブ・アメリカンとなる。1492年にインドを目指して出航したコロンブスがアメリカ大陸に上陸し、その先住民族をインディアンと名付ける。つまりネイティブ・アメリカンはハプログループから見れば、直接的なカ・インの子孫ではないということになる。カ・インの子孫はハプログループCとDと推測される。
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トーテムポール

ネイティブ・アメリカンのトーテムポールの由来も、ニンギシュジッダにある。

1700年代後半になり、白人が北アメリカ北西沿岸部にやってきたときには、トーテムポールの存在が確認されている。しかし、それ以前の存在については確認することができない。理由は、太平洋岸北西部は雨が多くて木材が腐りやすく、1700年代より古いものが発見されないため。
トーテムポールは、北アメリカ大陸の太平洋に面した先住民の多くが、家の中、家の前、墓地などに立ててきた柱状の木の彫刻。またハウスポスト(家柱)という家の中の屋根を支える柱として存在した。先住民たちは英語表現としては単にポール(柱)と呼ぶことが多い。このトーテムポールには、子供を前に抱える大人が彫刻されていることがある。

このトーテムポールも樹木崇拝の一部。柱で類似しているのはゲルマン民族の樹木信仰で、宇宙は巨大な一本のトネリコの樹によって支えられているとする。ゲルマン人は住居建設時も一本の樹の幹を中心にし、四角く削られた幹に家の木組みをすべてもたせかけた。そうした住まいは小宇宙をなし、屋根は「宇宙の軸」によって支えられる天を表現した。

トーテムポールの子供を前に抱える彫刻は、紀元前1万年頃のトルコのギョベクリ・テペから出土している石像にも見られ、そこには世界中のニンギシュジッダの女神像に共通している胸を触るポーズが見られる。


サンダーバードはニンギシュジッダのシンボル

トーテムポール上の鳥はサンダーバードと呼ばれる。サンダーは雷、バードは鳥で、姿は大きな鷲(わし)。雷の精霊で自由自在に雷を落とすことができ、獲物も雷で仕留める。鷲(わし)、鳥、雷はニンギシュジッダのシンボルだった。

アメリカとカナダにまたがる先住民族オジブワ族のショルダーバックにも、刺繍されたサンダーバードが見られる。

鷲(わし)のデザインは、トルコのギョベクリ・テペの石柱、イランのジーロフト文化の石のハンドバック、古代エジプトの装飾品など、各国でニンギシュジッダのシンボルとして見られる。

またこのトルコのギョベクリ・テペと同年代で場所が隣のネヴァリ・コリでは、鳥や人が彫られたトーテムポールのような像が見つかっている。
ネヴァリ・コリ

また、北アメリカのネイティブアメリカン(インディアン)のショショーニ族の伝承では、虹は大きな蛇が天空に背をこすり付けて生じさせ、雨や雪を降らせるという。こういった虹蛇との類似からも、北アメリカ先住民の文化がニンギシュジッダ由来と見えてくる。


縄文時代前にすでに日本では船が使用されていた

国立遺伝学研究所の遺伝学者、斎藤成也氏によると、日本では縄文時代が始まる前の紀元前1万8000年頃には、東京都に属する伊豆諸島の神津島(こうづしま)から出土する黒曜石(こくようせき)を、本州の人々が船で渡って採取し、使用していたと述べている。その範囲は広く、東は東京、西は静岡、内陸部へは山梨県に達し、半径約180kmまで拡がっていた。また同氏は研究の結果より、北海道に住むアイヌの人々が最も縄文人に近い人々であったとも述べている。

当時の人々は丸木舟を使っていた。千葉県の雷下(かみなりした)遺跡で、紀元前5500年頃の縄文時代の丸木舟が出土している。ムクノキをくりぬいた丸木舟で全長約7.2メートル、幅約50センチ、厚みは船底部の端で約8センチだった。

北海道大学植物園内の北方民族資料室には、1925年頃の大正末期に作られた「アイヌのまるきぶね」がある。これはヤチダモの木をくりぬいて作ったもので、長さが6メートル近くある。アイヌ民族は縄文人に最も近い人々と考えると、アイヌの丸木舟は縄文人の船と近しいと考えられる。丸木舟の製作は、アイヌの人たちにとってとても神聖なもので、作業をはじめる前と完成したときには、カムイノミという儀式をおこなって神にお祈りをささげている。


アイヌ民族のカムイノミ、アニミズム、シャーマニズム、神道と八百万の神はニンギシュジッダ崇拝

アイヌ民族のカムイノミとは、「神に祈る」という意味で、神カムイを天界に帰す儀式。例えば、狩りの獲物に対して、肉と毛皮を土産に持って人間界へ来てくれたカムイに感謝し、神の国へ送り帰す。

カムイは高位の霊的存在のこと。カムイは動植物、自然現象、人工物などあらゆるものに宿るとされる。例えば、火に宿るアペ・フチ・カムイ。ヒグマの衣服で人間世界に来るキムン・カムイ。熱病をもたらす疫病神パヨカ・カムイ。人間に災厄をもたらすウェン・カムイ。人間に恩恵をもたらすピリカ・カムイ。地形上の難所を表すカムイコタン。住居や丸太舟を作るための樹木はシランパカムイ(樹木のカムイ)と呼んでいた。

この同一存在のカムイが万物に宿る考え方は、神道の山の神、年神、田の神、屋敷神、稲の神、祖霊神と似ていて、これらは同一の豊穣神。季節ごとに居場所、名前、姿が変わる。自然のもの全てには神が宿っていることを、神道では八百万(やおよろず)の神という。

ニンギシュジッダは動物、植物、道具、自然現象、地形などあらゆるシンボルを持つ。つまり同一の神であるカムイや八百万の神と、ニンギシュジッダのシンボルには共通点が見えてくる。アケメネス朝ペルシャのゾロアスター教の守護霊プラヴァシも森羅万象に宿り、あらゆる自然現象を起こす霊的存在とされている。有翼円盤に乗るプラヴァシもニンギシュジッダのこと。

万物には神が宿るという考えはアニミズムとも言い、シャーマニズムとも関係している。呪術師シャーマンはトランス状態に入って、超自然的存在(霊、神霊、精霊、死霊など)と交信する人物だが、日本では神に仕える未婚の女性の巫女(みこ)がそれに当たる。北アメリカのネイティブ・アメリカン(インディアン)や南米アマゾンの先住民族にも、アニミズムとシャーマニズムが見られる。ネイティブ・アメリカンはニンギシュジッダのシンボルであるトーテムポールを尊び、アイヌ民族はヤチダモの木(柱)をくりぬいて丸木舟を作り神カムイノミに祈る。つまり樹木崇拝、アニミズム、シャーマニズムの思想もニンギシュジッダ由来ということ。


南米アマゾンのヤノマミ族の夫選びの格闘技

密林で1万年以上、独自の文化・風習を守り続けているヤノマミ族は、南米アマゾンのブラジルとベネズエラの国境付近に約2万8000人住んでいるとされ、南アメリカに残った文化変容の度合いが少ない大きな先住民集団。

ヤノマミ族の女子は平均14歳で妊娠・出産する。出産は森の中で行われ、へその緒がついた状態(=精霊)のまま返すか、人間の子供として育てるかの選択を迫られる。精霊のまま返すときは、へその緒がついた状態でバナナの葉にくるみ、白アリのアリ塚に放り込む。その後、白アリが食べつくすのを見計らい、そのアリ塚を焼いて精霊になったことを神に報告する。ヤノマミの間ではこれを「子供を精霊にする」と表現する。また、寿命や病気などで民族が亡くなった場合も精霊に戻すため、同じことが行われる。

このアリ塚と精霊に戻す儀式は、西アフリカのマリ共和国のドゴン族の創世神話にも見られる。
「創造神アンマが最初に創りだした両性具有の人間から、男女各四人からなる八人が生まれ、それが八十人に増えた。この時期の人間には死の概念がなく、老いた最初の人間は大地の子宮であるアリ塚に戻されて、ノンモの力によって精霊となって天に昇った。」
ドゴン族の天地創造神話はニンギシュジッダによるものという結論だったが、つまり南米アマゾンのヤノマミ族にアリ塚と精霊になる知識を与えたのも、ニンギシュジッダということ。

ヤノマミ族にも神という概念があり、宗教はシャーマニズム。神に祈り、天界に帰す儀式などアイヌ民族のカムイノミやイオマンテと共通する。つまりヤノマミ族の神もニンギシュジッダであり、ニンギシュジッダによって与えられた信仰。

次の動画ではヤノマミ族の女性の夫選びの儀式で、女性同士がレスリングを行っている。対決前に両手を地面につけてから始めるのは、相撲の立会いに似ている。

相撲やレスリング似たスポーツはアジア、アフリカ、ヨーロッパに数多く存在している。例えばインドではクシュティ、トルコではヤールギュレシ、アフリカのカメルーンではドゥアラ相撲、スーダンではトゥーバタ、オセアニアのキリバスではカウンラバタ、ヨーロッパのブルガリアではブルガリア相撲、オランダではボルステルのように。
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オセアニアの国々に見られる相撲と同様に、ヤノマミ族にレスリングを教えたのはニンギシュジッダ。この格闘技もシュメールの粘土板に見出せる。それはニビル王の座をめぐって、アヌとアラルが対決した部分。

「アラルは服を脱ぎ、アヌも服を脱いだ。裸で王族の2人は格闘を始めた。力強い闘いだった。アラルは膝を曲げ、地に倒れた。公平な格闘によりアヌがニビルの王位を獲得した。」

日本の相撲は神道と密接なつながりがあり、725年に諸国が凶作に見舞われ、聖武天皇は伊勢神宮をはじめ21社に神明加護の祈願を行った。すると翌年は豊作になったため諸社において相撲を奉納した。奉納とは神仏や精霊などに対して供物を捧げる宗教的な行為。つまりシャーマニズムや神道、相撲と奉納、世界各地の相撲やレスリング、先住民の立会いに手をつくレスリング、アヌンナキのアヌとアラルの格闘が、ニンギシュジッダ由来ということ。

このヤノマミ族の主な食物は、動物の肉、魚、昆虫、キャッサバなどで、料理用バナナやキャッサバなどの焼畑農耕もおこなっている。つまり焼畑農耕もニンギシュジッダ由来ということになる。


南米アマゾンのカラパロ族のレスリング

カラパロ族は総人口550人ほどの、アマゾン川支流のシング川流域に住む先住民。キャッサバ、トウモロコシを栽培する焼畑農耕民。1家屋に25~30人ほどで生活する。彼らはレスリングを祭りで行う。これも両者が手をついてから試合開始で、ヤノマミ族と似ている。つまりニンギシュジッダがそういった知識を与えたという結論。


Y遺伝子からの考察(海を航海したC3ハプログループ)

南米の原住民居住区81箇所から、50の原住民部族の男性1011名のY遺伝子ハプロタイプを調べた結果、アマゾン川流域の未開部族で、1960年代に文明と接触したエクアドルのワオラニ族の14人にハプロタイプC3が認められた。それ以外はすべてハプログループQであった。Y遺伝子とは父親から息子に代々受け継がれてゆくもの。

ハプログループはAからRまで分類される。アルファベットが進むにつれ現代に近づく。
A、紀元前27万年頃、アフリカで誕生したグループ
BCD、紀元前6万年頃
EFGHIJKLMNO、紀元前4万年前後
P、紀元前4万3000年〜前2万5000年頃
QR、紀元前1万7000年前後

ハプロタイプC3保有者の分布が、下の図に黄色で示されている。カムチャッカ(38%)、モンゴル(内36%、外38%)、韓国(10%)、日本(3%)、日本の先住民族北海道アイヌは約12.5~25%と高い。アイヌはハプロタイプDの頻度も高い。つまり紀元前6万年頃、カ・インの子孫がエクアドルに達したと推測される。

このハプログループC3は北米と中央アメリカ原住民には欠如し、アジアではモンゴル、韓国、日本に比較的高い分布を示していた。その他に、満州、ベトナム、雲南、タイ、インドネシア、フィリピン、などで検出されている。

南米エクアドルのワオラニ族はジャングルの中で非常に文明と隔離された生活を長い間おくった部族であり、狩猟採取生活を行っている。隔離された閉鎖集団であるがゆえに、いとこ婚が多い。

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参考文献

エクアドルと縄文土器

太平洋岸に面した宮崎市で縄文土器群が発見されている。南米エクアドルのバルディビア土器は、宮崎市の縄文土器群と似た文様を持つ。しかしバルディビア土器の成分はエクアドルのものだった。

このバルディビア土器にはジグザグや菱形の模様が見られる。どちらの模様もニンギシュジッダのシンボルとして、トルコのギョベクリ・テペで見られた。つまりバルディビア土器もニンギシュジッダ由来ということ。


エクアドルからの出土品

このエクアドルでは、ニンギシュジッダに関係する他の遺物も発見されている。

考古学者クラウス・ドナ氏がエクアドルで発見した石の地図に描かれている線上には、次の巨石建造物が配置されている。ギザのピラミッド、ヨルダンのぺトラ遺跡、イラクのウル遺跡、イランのペルセポリス、パキスタンのモヘンジョ・ダロ遺跡など。この線は神聖緯度とされた北緯30度線と0度線が合わさった線。

中近東、サウジアラビアの辺りに目の形をした埋め込みがあり、そこから東西に走る白い水晶の線がある。東を辿っていくとインド、タイへ。西へ進むと南米のエクアドルに行くが、そこがこの石が見つかった場所。ここは世界中で最も水の質が良い所として知られている。

紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化の石のハンドバックには、目のシンボルも描かれている。つまり目もニンギシュジッダのシンボル。同じ頃のシリアでは目の女神像も出土しており、目と体のジグザグ模様がニンギシュジッダのシンボル。

次の「ピラミッドに目」もエクアドルから発掘された石。この目もピラミッドもニンギシュジッダのシンボルという結論。

目の下には13段の階段があり、米国の1ドル札に描かれたプロビデンスの目と同じ。生命の樹では、マルクトからケセドまでの番号順に進むと7個の(丸い)セフィロト、6個のパス(道)を通り、合計13の段階を経て知識(ダアト)のセフィロト前に達する。生命の樹もニンギシュジッダ由来で、13は神聖数字。

また「ピラミッドに目」の裏側にはオリオン座の石の埋め込みがある。多角形の石積みがあるエジプトの三大ピラミッドもニンギシュジッダが建造者で、その配置はオリオン座の三つ星と一緒。石の裏の文字は「創造者の御子来たる」という意味だそうで、つまり「一なるもの」の代理人ニンギシュジッダと合致する。

次の画像の裏側には、渦模様と三角形が描かれている。つまりニンギシュジッダのシンボル。三角形の中心は非常に強い磁力を発している。

次の左のヒスイの板にも渦模様が見られる。

ピラミッド型の石。上部に「ピラミッドに目」、その下に幾つかの渦模様。

ピラミッド型の大理石の出土品。三角形、渦模様。

次の2つの画像もピラミッドに目。右の写真には、オリオン座の三つ星も。

左の像は口に蛇。右の像の帽子中央にはカエルの彫刻。蛇もカエルもサバジオスの手に見られ、ニンギシュジッダのシンボル。

右の像は、1匹の蛇が絡みついたアスクレピオスの杖を持っている。つまりエクアドルのニンギシュジッダの一姿。ニンギシュジッダであるアイオーンも、下半身から頭頂にかけて1匹の蛇が巻きついている。

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参考文献
クラウス・ドナ / Project Avalon


エクアドルのタヨス洞窟からの出土品

エクアドルにあるタヨス洞窟(Cueva de los Tayos)からも、数千におよぶ金属製の古代の文書が発見されている。それをカルロ・クレスピ氏(1891年〜1982年)が所有していた。ここでもニンギシュジッダの共通点が見られる。
左の出土品の2人の人物の上に、鷲(わし)が見られる。同じ鷲(わし)のデザインは紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化から出土していて、ニンギシュジッダのシンボル。右の画像にも人物の左右に2匹の蛇、頭に角のある冠、ゾウ、太陽、三日月、右端の菱形の模様があるので、ニンギシュジッダという結論。そのゾウの右側に縦横のマス目が見られるが、これらに描かれているものすべてがニンギシュジッダのシンボル。
ジーロフト文化の鷲(わし)の遺物。中央に鷲がいるハンドバックの左右には2匹の蛇がいる。

同じくジーロフト文化のハンドバックには、角の生えた人物と2匹の蛇が描かれている。

ゾウはインドのニンギシュジッダを表した出土品でも見られ、太陽はエジプトの有翼円盤の真ん中に見られる。

次の出土品にはピラミッド、太陽、ゾウなどが描かれている。南米大陸にゾウはいないが、紀元前1万年以前にはいたことが分かっている。
次の左側の出土品には、ゾウ、太陽、ピラミッドとジグザグ模様が見られる。つまりこのピラミッドの上部にいる人物もニンギシュジッダということ。右の出土品の人物の左側には縦横のマス目が見られるので、これもニンギシュジッダとなる。右足の横に7つの丸が見られるが、これもメソポタミアなどで見られるシンボル。
縦横のマス目のシンボルは、メソポタミアの出土品のサソリの右下に見られる。ここには三日月、亀、サソリ、8芒星などもあり、ニンギシュジッダのシンボルがまとまっている。

メソポタミアの7つの星のシンボル。八芒星、三日月、有翼円盤の並びに見られる。

このメソポタミアのシンボル表には、右上に7つの星がある。

下のタヨス洞窟の出土品では、ピラミッドの左右の猫の上に蛇が2匹見られる。猫もニンギシュジッダのシンボルということになる。ここでは2匹の蛇、ピラミッド、太陽、ゾウ。太陽の周囲には9個の丸があるので、9も聖数となる。
左の出土品でもピラミッドの左右に2匹の蛇と太陽、周囲のジグザグ模様。右の出土品では、三角形、太陽、三日月、ゾウ、右端に1匹の蛇、左の人物の棒の先に六芒星、下部のジグザグ模様。これら全てニンギシュジッダのシンボル。さらに左の出土品のピラミッド内と、右の出土品のジグザグ模様の下に2重の丸がある。これと同じデザインは、エジプトのホルスの目と2匹の蛇の装飾品にも見られる。現代でも太陽を表す記号として使用されている。つまり太陽神ニンギシュジッダを表す。


出土品に描かれた神官。どちらも1匹の蛇が見られるのでニンギシュジッダという結論。また左側の出土品の床にも、縦横のマス目のシンボルが見られる。
左側の出土品にも1匹の蛇が見られる。右側の出土品に蛇は見られない。しかし頭の飾りや右手の道具が他の人物と似ており、服にはジグザグ模様が見られることから、ニンギシュジッダの可能性がある。
次の右の丸い出土品では、船の右端に人がいる。これと同じデザインは、北アフリカの古代カルタゴで見られた女神タニト。タニトの周りにも三日月、太陽、松ぼっくり、羊、菱形模様の柱、三角形などが見られることから、ニンギシュジッダのシンボルとわかる。つまりこの丸い出土品には、タニト、太陽、三角形が見られ、この船もシンボルの一つということ。

次の左の出土品の人物は胸を触っているが、世界中で見つかっているニンギシュジッダの女神像と同じポーズ。右はバビロニアの女神イシュタル像。イシュタルもニンギシュジッダという結論だった。

次のタヨス洞窟で発見された鷲(わし)の顔の出土品は、紀元前2000年頃のメソポタミアの浮き彫りと同じ図柄。この鷲(わし)人間は左手にハンドバックを持っているので、ニンギシュジッダを表す
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こちらはメソポタミアの鷲(わし)人間とハンドバック。
メソポタミア
タヨス洞窟では、アッシリアで見られる人頭有翼獣像(じんとうゆうよくじゅうぞう)のラマッソスも発見されている。ラマッソスもニンギシュジッダを表す。理由は三つあり、一つはアッシリアのラマッソスは三重冠(さんじゅうかん)をかぶっているが、これもニンギシュジッダのシンボルに見られる。
メソポタミアのニンギシュジッダの三日月、有翼円盤、三重冠などのシンボル。

二つ目には体はライオンで、有翼円盤に見られるような羽を持っていること。ヨーロッパではグリフォンと呼ばれる伝説の動物に似ており、鷲(わし)の翼と上半身、ライオンの下半身をもつ。グリフォンと雌(めす)馬の間に生まれたヒッポグリフは、鷹(たか)の上半身に馬の下半身をもつ。これらすべてニンギシュジッダのシンボル。

三つ目はペルセポリスなどに見られるように、ラマッソスは入り口の両側に配置される。これは神社の狛犬と獅子と同じ配置で、狛犬も獅子もニンギシュジッダを表すシンボル。

また古代エジプトの女神ハトホルと同じデザインの像も、タヨス洞窟より発見されている。エクアドルの出土品では頭頂の太陽と、そこから左右に2匹の蛇が見られる。また髪の右下の丸の中に十字も見られる。これらも全てニンギシュジッダのシンボル。
メソポタミアのニンギシュジッダの十字のシンボル。
古代エジプトの女神セクメトと同じデザインの絵も、タヨス洞窟より発見されている。太陽、ライオン顔、アンク十字でニンギシュジッダを表す。

ボリビアの都市ティワナクやプマ・プンク

南米ボリビアのチチカカ湖周辺にある古代都市にも、ニンギシュジッダのシンボルが見られる。
ティワナクの多角形の石積み。
ラパス大学の故アーサー・ポスナンスキー教授とロルフ・ミュラー教授は、この場所の建造時期は紀元前1万5000年頃とし、紀元前1万年頃の大災害で崩壊したとも。このティワナクの隣にプマ・プンクがあり、次の左の画像のようなH型の巨石と、右側のような段々の型取りがある。

このH型の石は、ニンギシュジッダのシンボル。同じシンボルが紀元前1万年頃のトルコのギョベクリ・テペの石柱で見られる。石柱の上部の一番右のバックの右下にHが見られる。

ギョベクリ・テペの違う石柱にも「H」が見られる。

段々の型取りは、メソポタミアのニンギシュジッダのシンボル表でも見られる。

三日月や太陽のシンボルがあるタニトの周りも、段々の装飾になっている。つまりティワナクやプマ・プンクもニンギシュジッダによって作られた。

プマプンクの巨石には十字と、中央に小さく菱形のデザインも見られる。

十字もニンギシュジッダのシンボル。

菱形もニンギシュジッダのシンボル。

ティワナクには、角ばった菱形のシンボルも見られる。
ティワナク2

角ばった菱形を半分にしたシンボルは、紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化の出土品にも見られる。つまりこれもニンギシュジッダのシンボル。

ティワナクの太陽の門には、インカ帝国の神ビラコチャが見られる。ビラコチャは文明の創造者で、大洪水によりチチカカ湖周辺の人々を滅ぼした神。その際マンコ・カパックとママ・オクリョの2人を、文明を世界に広げるため助け残した。ビラコチャは人々に農業、灌漑水路造り、トウモロコシの作りかた、家畜の飼い方も教える。また行く先々で数多の病人を治した医師でもあった。

シュメール神話で大洪水で人間を滅ぼす神はエンリル。大洪水が起こることを教え、ジウスドラ(ノア)を助け残した神はエンキ。医療の神で、また蛇のような生き物を両手で持つ姿は、世界中の女神像にも見られるのでニンギシュジッダ。エンリルとエンキはニンギシュジッダという結論だった。また中国の洪水神話では、人類に対し怒った玉皇(ぎょくこう)が大洪水を起こし、人類を滅亡させた。ただ伏羲(ふっき)と女媧(じょか)は彼らが以前に親切にもてなした神仙に教えられ、竹カゴに入って助かった。この別の表現では、伏羲と女媧は兄妹で、雷公によって大洪水が起越されたとき、巨大なヒョウタンの中に避難して二人だけが生き延び、それが人類の始祖となった。伏羲(ふっき)と女媧(じょか)は2匹の蛇の姿でニンギシュジッダということだった。後述しているが雷公もニンギシュジッダのこと。つまりビラコチャ、マンコ・カパック、ママ・オクリョ、エンリル、エンキ、ジウスドラ(ノア)など生き残った少数の人々、伏羲(ふっき)と女媧(じょか)、雷公も、すべてニンギシュジッダを表した作り話ということ。

マンコ・カパックはインカ神話によるクスコ王国の初代国王。後の肖像画には獅子、三日月、牛、渦巻き模様の耳飾り、16芒星のある杖、鳥のシンボルが描かれている。マンコ・カパックの父インティは太陽と虹の神ともいわれる。こういったことからも、インカ神話はニンギシュジッダを表した作り話という結論。

Manco_Capac


ボリビアでの発掘品

このボリビアのチチカカ湖周辺からは別の出土品が、考古学者クラウス・ドナ氏によって発見されている。
左の面は身長2.6メートルの巨人サイズ。複数の渦模様や鼻筋にジグザグ模様があるので、ニンギシュジッダを表す。巨人伝説も世界中で見られる。
次の右の面も、渦模様と口の下にジグザグ模様が見られる。
この像には、頭の後ろから頭頂に1匹の蛇、鼻にジグザグ模様、後頭部に菱形の網目模様、脇腹にジグザグ模様があるので、ニンギシュジッダを表す。頭頂から蛇が見えるのはアイオーンと同じ。
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参考文献

ペルーのカブレラストーン

南米ペルー南部のイカからは、カブレラストーンが出土している。これは紀元前1万年より前に作られ、恐竜と人間が描かれた石。

ここでも1匹の蛇が棒に巻きついたデザイン。ギリシャ神話のアスクレピオスの杖とアイオーンと同じデザイン。また六芒星も見られることから、これもニンギシュジッダのシンボルということ。

その他のカブレラストーン。

ナスカの地上絵の猿と同じデザインのカブレラストーン。猿には渦模様が見られる。つまりナスカの地上絵もニンギシュジッダが描いたということ。


■紀元前1万2000年頃

縄文文明と南北アメリカ文明の石器

南カリフォルニアのモハーベ砂漠辺りでは、紀元前11000年頃の9000個ほどの工芸品が発掘されている。また近くのサン・ミゲル島からも、紀元前10000年頃の工芸品や有舌尖頭器(ゆうぜつせんとうき)が発掘されている。発掘物の形跡から人々はこの最終氷期の時期に、太平洋沿いを南からアラスカに向かって移住していったことがわかっている。

アメリカのサン・ミゲル島があるチャンネル諸島で発掘された有舌尖頭器(ゆうぜつせんとうき)が、山形県の紀元前1万2000年頃の縄文時代の石器ととてもよく似ていることを、東北芸術工科大学の考古学者、長井謙治氏が発見した。

縄文人がエクアドルへ渡って石器を伝えたとも考えられる。またニンギシュジッダが当時の人間に理解できる範囲で教えたのが石器の技術とも考えられる。よってこれらの地から同じような石器が出土した。

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参考文献
最初のアメリカ人は縄文人?


■紀元前1万800年頃(120シャル目)

地球に惑星ニビルが近づき大洪水が起こる

「シュメール神話の粘土板要約」

ある日、エンキはベッドで夢か幻を見た。その中で光り輝く白髪の男性ガルズが現れ、次のことを伝えた。

・地球は地球人が継承するように。
・エンキの息子ジウスドラ(ノア)に、大災害が近づきつつあることを伝えること。
・大津波に耐え、潜水できる船を指示どおりに建造すること。
・その船に親類、役立つ全ての種、植物、動物を入れ救うこと。
・これは「全てのものの創造主」の意向だ。

エンキはその夜、ジウスドラの葦(あし)の小屋に行き、小屋の壁に向かってそのお告げを伝えた。ジウスドラは翌朝から5日目に船を完成させた。6日目にエンキの息子ニナガルが、船の航海士として現れた。船には生き物の精子や卵子を入れた。

エンリルはこの時すでに激怒していた。そもそも始めから人間創造に反対だった上に、アヌンナキが人間と子供を作り、地上に人間が溢れようとしていることに嫌悪していた。エンリルはこの大災害が起こることは知っていたが、それを人間に伝えず、反対に一掃しようと考えていた。

3600年周期で惑星ニビルが地球に近づくこの時、大災害が起きた。大災害前の何日間は昼も暗闇で、夜にニビルが星のように見えた。そして大洪水は轟音(ごうおん)とともに始まった。アヌンナキは宇宙船で地球を脱出した。ニナガルとジウスドラ(ノア)は船に乗り込んだ。南極の氷はなだれ落ち、激しい嵐がおこり、天まで届く大津波が北へ向かい、アフリカのアブズに到達し、さらに進んでエディン(メソポタミア)を飲み込んだ。エディンのシュルッパクにいたジウスドラ(ノア)の船も飲み込まれたが、船は頑丈で、一滴の水も入ってこなかった。天まで届く山々も津波に飲み込まれた。宇宙に避難したニンマーとイナンナは宇宙船からこの光景を見て、人間が滅びゆく姿に嘆き悲しんだ。全ては粘土に返ってしまったと。そして巨大な大津波の後、始めに7日間、その後さらに40日間すごい雨が降り注いだ。

40日後、ジウスドラは船の扉を開け、自分の居場所を調べた。ニナガルは船をアララト山の山頂に進めた。ジウスドラは乾いた土地を調べるため、船の中にいた燕(つばめ)と烏(カラス)を放した。しかし2羽とも帰ってきた。次に鳩(はと)を放すと木の小枝を持って帰ってきた。さらに2〜3日後、船はアララト山の山頂に到着し、大洪水の時は終わった。

ノアの箱船はトルコの東のアララト山に流れ着いた。左が小アララト山、右が大アララト山。
左が小アララト山、右が大アララト山

ジウスドラは妻と子供達を呼び、主エンキに感謝を捧げるため石を集めて祭壇を築き、火を灯し、香を焚いた。そして傷のない雌羊(めひつじ)を燔祭(はんさい)のため選び、祭壇の上にエンキへの生け贄として雌羊(めひつじ)を捧げた。エンリルは生き残ったジウスドラたちを見て最初は怒ったが、やがてニヌルタやニンマーになだめられ、「子を産み、地上に溢れよ」と祝福した。
箱舟を出た後のノアによる感謝の祈り(ドメニコ・モレッリ)
大洪水後、アヌンナキはエディン(メソポタミア)やアブズを復興し始める。果物の栽培者にはジウスドラの一番下の息子が割り当てられ、ニンマーが持ってきたブドウの木を発見する。アヌンナキの霊薬として知られるその果汁(ワイン)をジウスドラは何口もすすると、酔っ払い眠ってしまった。ニナガルは携帯していた箱に精子と卵子が入っており、それをジウスドラの船にいた四つ足動物の胎内で人工授精できることを打ち明け、羊と牛を増やす。アフリカでエンキはニナガルとともに、湖やナイル川を造った。南北アメリカの土地は大洪水による影響はほとんどなかったが、大津波により深く削り取られた山腹に無数の金(きん)があることをニヌルタが発見する。またそこには、カ・インの子孫がいかだを作って生き残っていたことも発見した。その人間は彼らの先祖の保護者がニヌルタであったことや、かつての金の精製、精錬方法を覚えていた。

ここまでがシュメール神話の大洪水の要約。これと同じ洪水神話はここまで次の神話に見られた。

・オーストラリア南部の伝承の虹蛇ユルルングル
・オセアニアのフィジー伝承の虹蛇デンゲイ
・北アメリカのホピ族とソツクナング
・南米のインカ帝国のビラコチャ、マンコ・カパックとママ・オクリョ
・中国の雷公、伏羲(ふっき)と女媧(じょか)
・シュメール神話のエンリル、エンキ、ジウスドラ(ノア)

これら登場人物すべてがニンギシュジッダを表し、作り話という結論でもあった。類似の洪水神話はこれら以外にも世界中に存在し、ニンギシュジッダによって広められたという結論。ただ下の図のように紀元前1万6000年頃から紀元前4000年頃まで、海水準が120m以上上昇したことがわかっている。ここから考えられることは、現実に起こったことを物語として表したのが神話。シュメール神話では3600年を1シャルという呼び方で年代を表しているが、つまり登場人物や物語は作り話でも、起こった出来事や年代は参考になるという見方もできる。それはこれまで見てきたニンギシュジッダによる人間創造、初期の人間のアフリカから南米への移動、海面上昇などのこと。