1章 世界共通のシンボル

「地球人のルーツはすべて、ある一人の地球外生命体」というのが、この文書の結論となっている。その生命体のことをここでは、メソポタミアのシュメール神話に登場するニンギシュジッダと呼ぶ。そのシュメール神話を簡単にまとめると次のようになる。

地球に3600年周期で近づいてくる惑星ニビルという星があった。紀元前45万年頃、ニビルの大気層に切れ目が入り、有害な紫外線が地上に降り注ぐ。それによりニビルが崩壊の危機に陥った。それを修復するために必要な金が地球にあることがわかり、ニビルの住人アヌンナキが地球にやってくる。紀元前30万年頃にアヌンナキは人間を創り出し、金の採掘作業を人間に行わせ始める。時が過ぎ、紀元前2000年を過ぎた頃からアヌンナキは地球上に見られなくなる。このアヌンナキの中にニンギシュジッダがおり、さらにニビル王アヌ、地球での王エンリル、エンキ、ニンフルサグ、イナンナというアヌンナキも登場する。

結論を先に言えば、このシュメール神話も、そこに登場するアヌ、エンリル、エンキ、イナンナなどの登場人物もすべて作り話で、すべてニンギシュジッダと真理をシンボル的に表したもの。そしてエジプト神話、ギリシャ神話、ローマ神話、中国神話、日本神話、アステカ神話、オーストラリアのアボリジニーの神話、そしてシュメール神話と、各大陸には類似の物語やシンボルが見られる。つまりシンボルの共通点をたどっていくと、各大陸の宗教や神話はニンギシュジッダが一人で作り広めたということが見えてくる。さらにそのニンギシュジッダが文明、文化、技術、芸術、宗教、言語など、地球の全ての物を人間に与えた。そして人間を生み出したのもニンギシュジッダだった。

惑星ニビルとアヌンナキのシュメール神話が作り話ということであれば、ではニンギシュジッダとは一体何者なのかという話になる。この答えとしては、「一なるものが姿を持って現れた精神的・霊的に非常に進化した地球外生命体」という結論で、「一なるもの」の代理人とも言える。こういったことを証明するため、物的証拠とすり合わせながら地球人のルーツを探っていったのが、この文書の目的となっている。次の8つのポイントはその物的証拠。


①世界中で見られるニンギシュジッダの2匹の蛇のシンボル

メソポタミアのシュメール神話では、紀元前36万年頃から人間を生み出す研究を始めたのはニンギシュジッダ、エンキ、ニンフルサグの三人とされている。アフリカにいた直立原人(ホモ・エレクトス)を調べたところ、そのDNAの二重らせん構造は2匹の蛇が絡み合っているようだった。それを発見し、直接実験を行ったのはニンギシュジッダで、2匹の蛇がシンボルとなる。2匹の蛇のシンボルは世界中の伝承や出土品で見られ、加えて虹蛇(にじへび)、竜、ドラゴンもニンギシュジッダのシンボルとなる。

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オーストラリアのアボリジニのヨルング族に伝わってきた神話を踊りで表現する儀式では、男性のダンサーが虹蛇(にじへび)を象徴する2本の特別な棒を持っている。つまりここでは虹蛇=2本の棒=2匹の蛇でニンギシュジッダの象徴。
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アボリジニには他にもユルルングル、エインガナ、ウングッド、ワナンビという虹蛇の話があり、同じオセアニアのフィジーにも虹蛇デンゲイの話がある。これらは全てニンギシュジッダのことを指す。
オーストラリア・アボリジニのアート『虹蛇』

西アフリカにも虹のヘビのマウウ(マウ)の話がある。また西アフリカの黒魔術であるブードゥー教でも虹蛇が見られ、蛇神ダンバラーウェイドが夫で、その妻が虹蛇の女神アイダ・ウェッド。この二匹の蛇がブードゥー教のシンボルとして描かれている。
1ブードゥー教のダンバラーウェイドとアイダ・ウェッドのシンボル

ブードゥー教では絡み合う2匹の蛇も見られる。ギリシア神話ではヘルメース神がニンギシュジッダで、ヘルメースが持っているのは2匹の蛇が巻きついている杖カドゥケウス。2ヘルメースの杖カドゥケウス

ヘルメース神。

同じくギリシア神話の神アイオーンの足元にも二匹の蛇の彫刻が見られ、これがニンギシュジッダであることを表している。アイオーンはユダヤ教やグノーシス主義でも登場する。
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1010年に編纂(へんさん)されたイラン最大の民族叙事詩のシャー・ナーメ(王書)には、両肩に2匹の蛇を生やしたザッハーク王が登場する。

インドの蛇神(じゃしん)ナーガラージャ(ナーガとナーギ)も二匹の蛇が絡まった姿で、古代中国の神である伏羲(ふっき)と女媧(じょか)と同じデザイン。伏羲(ふっき)と女媧(じょか)は手に直角定規とコンパスを持っていて、ニンギシュジッダがフリーメイソンの始祖ということを意味している。
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また、中国の蛇神(じゃしん)の虹霓(こうげい)の「虹」が虫偏(むしへん)となっている。「虫」はもともと蛇や竜など爬虫類の意味。また主虹(しゅにじ)の虹(こう)を雄(おす)とし、副虹(ふくにじ)の蜺(ゲイ)を雌(めす)とした。つまり二匹の蛇。中国で虹とは竜のことで、中国神話に出てくる100体以上の竜は全てニンギシュジッダのこと。つまりオーストラリアやアフリカの虹蛇は、中国の蛇と竜ともつながっている。さらに漢字がニンギシュジッダ由来ということも見えてくる。

日本でも二匹の蛇は見られる。沖縄の北谷(ちゃたん)の海底に沈んでいるピラミッド複合施設には、長さ20mの2体の蛇(ニンギシュジッダ)の石像がある。
ニ体の蛇の石像

さらに日本の神社に見られるしめ縄も2匹の蛇が絡み合った姿。これは蛇の交尾の姿で、誕生をも意味する。ニンギシュジッダもDNA(2匹の蛇の象徴)を操作して人間を誕生させた。しめ縄は雷雲の象徴で、その間から垂れ下がるワラは雨、白いジグザグの紙垂(しで)は雷を表す。虹蛇も雨を降らせる力があるとされ、ニンギシュジッダも雷雲や雨の象徴。つまりニンギシュジッダ(雷雲)が雷や雨を降らしている象徴が、神社のしめ縄。

メキシコのマヤ文明の古代都市チチェン・ イッツァのククルカンの神殿では、昼夜の長さが同じになる春分と秋分の時期だけに太陽が西に傾くと、階段の側壁にピラミッドの影が蛇の胴体となって浮かび上がり、階段下部のククルカンの頭像と合体し、2匹の巨大な蛇が姿を現す。ククルカンはマヤ神話の創造神で、3回にわたる人類の創造に関わったとされる。つまり人間を生み出したニンギシュジッダのこと。
ククルカンの神殿の階段横に浮かび上がった蛇の胴体

そしてククルカンは、メキシコのアステカ文明の蛇神ケツァルコアトルと同一神。ケツァルが鳥の名前、コアトルが蛇で、空飛ぶ蛇は中国の竜と同じ。またヨーロッパのドラゴンとも同じ。

南米エクアドルにあるタヨス洞窟からは、数千におよぶ金属製の古代の文書が発見されている。下の左の出土品の中央の人物の左右には、蛇が2匹いる。右の画像のピラミッドの左右にも2匹の蛇が見られる。

北アメリカの先住民ホピ族にも2匹の蛇が見られる。ホピ族の中の熊族の主神サカムホナウは、古代に熊族へ3つの石板を渡した。その中の第2の石板の表面には中央にトウモロコシの木、その周囲に2匹の蛇に囲まれて何頭かの動物たちが描かれている。この2匹の蛇は、土地の境界線である2本の河(コロラド川とリオ・グランデ川)を象徴する。

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このようにニンギシュジッダの象徴である2匹の蛇は、アフリカ、ヨーロッパ、アジア、オセアニア、南北アメリカの各大陸で見られる。これもニンギシュジッダが地球上のあらゆる民族の文明、神話、古代建築に関係してきた証拠となっている。さらにホピ族の2匹の蛇はコロラド川とリオ・グランデ川を象徴していたが、ニンギシュジッダは川や山を造形するなど、地球外の科学技術で各地の地形を整える仕事も行った。そういったことも各地の伝承に見られる。自然が作り出した芸術と言われる風景も、実はそこに住む先住民のその地にまつわる伝承に蛇が登場することがあり、ニンギシュジッダが作り出した可能性が見えてくる。


②ニンギシュジッダのその他のシンボル

2匹の蛇以外にも数多くのシンボルが存在し、このシンボルを理解すると各国の古代の出土品の多くが、ニンギシュジッダのシンボルでデザインされていることが見えてくる。例えば紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化では、2匹の蛇が絡まったデザインの石のハンドバックが見つかっている。

このハンドバックの彫刻には他にも、角のある2頭の牛、2匹の蛇と鷲(わし)、2羽の鷲(わし)、人物とサソリとヒョウのような動物、蛇のような下半身と角のある人物、などの彫刻が見られる。これだけを見れば、この彫刻がニンギシュジッダのシンボルであるかは判別がつきにくいが、次にトルコのギョベクリ・テペの石柱を見ると、これらが共通のシンボルであることが徐々に見えてくる。


紀元前1万年頃のトルコのギョベクリ・テペの石柱にも、シンボルが数多く彫刻されている。ジーロフト文化と共通しているのは、右上の2匹の蛇、ハンドバック、鷲(わし)、サソリ。他にも1匹の蛇、ハンドバックの右下のH型の模様、犬、トキ、小さなトカゲ、上部のジグザグ模様などの彫刻が見られる。雷を表した日本の神社の白いジグザグの紙垂(しで)も、ニンギシュジッダのシンボルということ。

ギョベクリ・テペの石柱。ニンギシュジッダのシンボルが描かれている。

2匹の蛇は、古代エジプトの有翼(ゆうよく)円盤でも見られる。真ん中の太陽の左右に2匹の蛇がおり、翼も彫刻されている。

有翼円盤は鷲(わし)の翼で、これと同じデザインの鷲(わし)の装飾品も、エジプトで見つかっている。この鷲(わし)もジーロフト文化のハンドバックと似たデザイン。

次の左の画像の装飾品では、スカラベという昆虫を真ん中に置いた有翼円盤が見られ、その上にホルスの目、その上に上向きの細長い三日月のデザインが見られる。またこの画像では見えづらいが、このホルスの目の左右とスカラベの左右に、蛇の紀章ウラエウスが2つずつ見られる。右側の画像が蛇の紀章ウラエウス。つまり2匹で一対の蛇が2ヶ所。つまりここに見られるデザインも全てニンギシュジッダのシンボル。

ギョベクリ・テペやジーロフト文化のハンドバッグと鷲(わし)、エジプトの有翼円盤と鷲(わし)が同時に見られるのがメソポタミア。ハンドバックを持った鷲(わし)人間が2人左右にいて、中央上部に人が乗った有翼円盤が見られる。つまりこの鷲(わし)人間はニンギシュジッダということ。鷲(わし)人間が2人いるが、これは実際あった出来事を描いているのではなく、全てニンギシュジッダのシンボルで描いたデザイン画。
メソポタミア1

ハンドバックを持つニンギシュジッダは鷲(わし)人間以外にも、普通の人間の顔としてや魚の格好をしたアプカルルという姿でも描かれ、有翼円盤も一緒に見られることがある。つまり全てニンギシュジッダのシンボル。シュメール神話で魚の服は、ニビルの服装とされている。アプカルルは古の賢聖であり、人々に知恵を授けたとされる。またオアンネスという魚人も人間たちに各種の文化を教えたとされ、シュメールのエンキ(エア)と同一視されている。つまりエンキもニンギシュジッダと同一神。次の一番右の画像の2人のアプカルルの体と、その間の生命の樹には交差した斜線による菱形模様が見られる。これもニンギシュジッダのシンボルの一つ。

このハンドバックを持つニンギシュジッダの腕に、16枚の花弁(はなびら)がついたシンボルが見られる。これと同じものが日本の天皇と皇室の菊花紋(きっかもん)で、同じく16枚の花弁がある。天皇、神道(しんとう)、神社もニンギシュジッダが由来だからである。

メソポタミアの鷲(わし)人間であるニンギシュジッダは片手にハンドバックを持ち、反対の手に松ぼっくりを持っている。この松ぼっくりもシンボルの一つということ。

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また一緒に描かれている真ん中の木はナツメヤシでできた「生命の樹」といって、これもニンギシュジッダのシンボルの一つ。樹木信仰も世界中で見られ、イチジク、オリーブ、オーク、トネリコ、キスカヌ、インドボダイジュの樹などが宇宙樹や世界樹として崇められている。つまり樹木崇拝もニンギシュジッダ崇拝ということ。

メソポタミアによく見られる松ぼっくりのシンボルは、古代ギリシャ・ローマ時代の「サバジオスの手」の親指にも見られる。この手も数種類あるが、それぞれにシンボルがいくつかまとまっている。

サバジオスの手にも2匹の蛇の杖カドゥケウスが見られ、これもニンギシュジッダのシンボルがまとめられたものということが見えてくる。

また手の上に乗るサバジオスの頭には、三日月も見られる。

サバジオスの手で見られるトカゲは、ギョベクリ・テペの石柱でも見られる。

この他にも1匹の蛇、鷲(わし)の足、カエル、亀、山羊、天秤、授乳しながら寝そべる女性など無数にあり、それぞれのシンボルが各国の出土品で見られる。

サバジオスの手00

サバジオスは人物像としても見つかっていて、ここにも松ぼっくりと鷲(わし)が見られる。このサバジオス自身もニンギシュジッダのことであり、このように場所や宗教が変わると、登場する姿を変えているのも世界共通。

さらにこのサバジオスの像の左手には、木の棒に巻きついた1匹の蛇が見られる。これはアスクレピオスの杖。つまり杖に1匹の蛇はアスクレピオスの杖、杖に2匹の蛇はカドゥケウスで、2種類ともニンギシュジッダのシンボルということ。

1匹の蛇と2匹の蛇を同時に見れるのがニンギシュジッダであるアイオーン。足元に2匹の蛇の彫刻、下半身から頭頂にかけて1匹の蛇が巻きついている。

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紀元前1120年頃のメソポタミアのバビロニアの石にも、ニンギシュジッダのシンボルがまとまっている。ここでは1匹の蛇、三日月、2頭のライオンの顔、鳥、亀、サソリがこれまで見てきたシンボルと重なっている。

上の画像の下から2段目の弓矢を持つ人物は、別の場所で有翼円盤に乗った人物としても見られる。つまり弓矢と有翼円盤とその人物もニンギシュジッダのシンボルということ。次の左の画像の弓を持った人物は、メソポタミアの都市アッシュールを守護するアッシュール神。右の画像の有翼円盤はアケメネス朝ペルシャの都市ペルセポリスのもので、ゾロアスター教の守護霊プラヴァシが描かれている。これはこの世の森羅万象に宿り、あらゆる自然現象を起こす霊的存在とされている。森羅万象に宿るとは日本の神道の八百万の神とも共通する。あらゆる自然現象を起こす存在ということも、ニンギシュジッダや虹蛇などの雨雲、雷、嵐と共通している。つまりアッシュール神もプラヴァシもニンギシュジッダのこと。

次のペルセポリスの有翼円盤の彫刻の下部に見える菱形(ひしがた)の装飾は、トルコのギョベクリ・テペの石柱にも見られる。つまり菱形の装飾とその下のウエイト(重し)もニンギシュジッダのシンボル。

このウエイト(重し)のシンボルは、フリーメイソンのトレーシングボードの周囲に見られる。また雨を表す日本のしめ縄から垂れ下がるワラもこのウエイトと同じデザインで、ニンギシュジッダのシンボルということ。

次のメソポタミアの円筒印章(えんとういんしょう)には、有翼円盤、三日月が見られ、真ん中に生命の樹らしい植物があるので、これがニンギシュジッダのシンボルで描かれていることがわかる。

この上の円筒印章の有翼円盤の左に7つの星があり、右端に八芒星(はちぼうせい)が見られる。これも次のメソポタミアの出土品にシンボル図としてまとまっている。この図を持っているライオンもニンギシュジッダの象徴。アイオーンがライオン顔だったり、ジーロフト文化のハンドバックにも2頭のライオンが描かれていた。このライオンの顔の下に八芒星が、同じ段の右端に7つの星が見られる。この図にはこれまで見てきた有翼円盤、三日月、魚の格好をしたアプカルル、弓矢なども見られる。
ライオンが持つシンボル

別のメソポタミアの浮き彫りでは、左上に三重冠、有翼円盤、三日月、2本の角、八芒星の5つのシンボルが見られ、この人物がニンギシュジッダであることがわかる。さらに胸のところに十字があり、左手には丸い玉がついた杖を持っている。これもシンボルということ。

この丸い玉の杖とザクロを持つ人物の浮き彫りや、有翼円盤に入った人物がザクロを持つ浮き彫りもある。つまりザクロもシンボルの一つ。

このザクロもフリーメイソンのシンボルであり、柱の上のザクロがボアズ(BOAZ)とヤキン(JACHIN)という名で呼ばれている。これはフリーメイソンのトレーシングボードや、ソロモン神殿の入り口で見られる。つまりどちらもニンギシュジッダ由来ということ。
ボアズとヤキン
ソロモン神殿

次のメソポタミアの浮き彫りでは、三日月の中に12芒星が見られ、下の方にはハシゴもシンボルとして見られる。これもニンギシュジッダのシンボルとなる。

梯子(はしご)は旧約聖書ではヤコブの梯子(はしご)としても登場するが、フリーメイソンのトレーシングボードでも見られる。トレーシングボードとは完全への道のりをシンボルで示す霊的案内図とされている。ここでいう完全とは「一なるもの」やそれと同一のニンギシュジッダのことで、仏教で言えば「悟り」。また中国の伏犠(ふっき)と女媧(じょか)は2匹の蛇で、フリーメイソンのコンパスと直角定規を手に持っているという話だった。フリーメイソンはシンボルを多用するが、それがニンギシュジッダ由来ということ。ここでは三日月と太陽も共通して見られる。太陽と月、陰と陽、男女のようにニンギシュジッダの両性具有の性質も表している。左の画像の三日月の周囲に、7つの星が見られる。7つの星もニンギシュジッダのシンボルという結論だった。

この上のフリーメイソンの画像の床は白黒になっていて、左側は四角のマス目、右側は菱形のデザインになっている。菱形はギョベクリ・テペでも見られ、ニンギシュジッダのシンボルという結論だった。四角のマス目もタヨス洞窟の2匹の蛇がいる出土品で、右上あたりにデザインされている。つまりフリーメイソンの白黒の床もニンギシュジッダのシンボルということ。

このように2匹の蛇からつながっていく無数のシンボルを理解していくと、世界中の文化にニンギシュジッダが関係していることが見えてくる。そしてイエス・キリストとキリスト教の悪魔バフォメットの手が、どうしてサバジオスの手と同じ形で描かれているのかも見えてくる。聖母マリアに抱かれた幼い時のキリストの絵も、同じ手の形をしている。バフォメットは山羊の顔で、体には2匹の蛇の杖カドゥケウスも見られる。さらに日本の仏像にも三日月と太陽が装飾されていたり、メキシコでも松ぼっくりを持つ像が見られる。シンボルを理解すると、こういった古代の謎が解けてくる。

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③世界中から出土している同じ形態の女神像

世界中で見られる女神像にも共通点がある。例えば、肩幅が広い、胸を露出している、その胸を触るか胸の下に手を置く、へそがある、三角形の下着をはいている、下半身が太い、渦模様があるなど。次の画像は左から、マヤ文明のUFOから降りてくる女神、バビロニアの女神イシュタル像(紀元前2000年頃)、エジプトの女神像(紀元前3800年頃)。
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次の画像は左から、イラクの蛇顔の女性像、長野県の縄文ヴィーナス、マルタ島の女神像。
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シュメール神話の粘土板には「イナンナはイシュタル」という記述があり、メソポタミアで胸を触る女神像は、一般的にイシュタルとされている。しかしシンボルのつながりで解釈していくと、胸を触る像はニンギシュジッダを表した女神像ということが見えてくる。つまりイナンナとイシュタルはニンギシュジッダと同一神ということ。さらにイナンナとニンギシュジッダが同時に登場するシュメール神話は作り話で、事実ではなかったという結論になる。

その女神像のシンボルは「サバジオスの手」に見られる。この彫刻はニンギシュジッダのシンボルという結論だった。その手の下側には、女性が子供と寝そべり、授乳している女性が見られる。

寝そべる女性で知られているものに、地中海のマルタ島の女神像がある。体型、手の位置、へその彫刻などから見て、各国の女神像と共通している。また立像の下腹部には三角形の下着のような彫刻も薄っすら見える。

また、子供に授乳している女神像も各国から数多く出土している。左から順に、地中海のキプロス(紀元前1300年頃)、メソポタミアの蛇顔の女神(紀元前5500年頃)、スペインのマラガの女神像、シリア(紀元前4500年頃)。

左から順に、インダス文明のメヘンガル(紀元前2700年頃)、エジプトのイシス(女性)とホルス(子供)、ヴィンチャ文明(紀元前5700年頃から)、インドのクリシュナとヤショーダ(1100年代)。

授乳している女神像がエジプトからインドまで見られるということは、それだけでこれらの女神がニンギシュジッダと同一神ということを見えてくる。次は、紀元前1800年頃の女神イナンナ(イシュタル)と壺。胸を出し、へそがあり、三角形の下着を履いている。この壺にもニンギシュジッダのシンボルの鳥、魚、亀が見られることから、イナンナ(イシュタル)はニンギシュジッダということが見えてくる。

次のバビロニアの女神イシュタルの浮き彫りは、手に王権の象徴の輪を持ち、2匹のライオンの上に立つ。王権の象徴はエジプトの蛇の紀章ウラエウスにも一緒に描かれており、ウラエウスも2頭のライオンもニンギシュジッダのシンボルという結論だった。ここではライオンの左右にいるフクロウが新たなシンボルとして見られる。

レバノンにあったビュブロスで崇拝されていたアスタルトも、各国の女神像の共通点が見られる。アスタルトはイナンナやイシュタルと同一視されているが、ニンギシュジッダの象徴の三日月を頭に乗せている。ニンギシュジッダであるサバジオスも、頭に三日月を乗せている。つまりすべてニンギシュジッダを表している。

次の左側の縄文土器には2つの顔が彫刻されていて、下側の顔の一段上に三日月も描かれ、その中には薄く渦模様が見られる。三日月も渦模様もニンギシュジッダのシンボル。この土器にある2つの顔と同じ顔が、右側の長野県の縄文のヴィーナスに見られ、耳の上には渦模様も彫刻されている。この像も下半身が太く、胸が出て、へその彫刻がある。つまり縄文土器、縄文土偶もニンギシュジッダを表している。

紀元前3400年頃のシリアから出土している目の女性像も、ニンギシュジッダであることがわかる。胸が出ていることや三角形の下着をはいていることに加え、体にジグザグ模様も見られる。ジグザグはトルコのギョベクリ・テペの石柱でも見られ、これもニンギシュジッダのシンボル。

同じくシリアからは目の女性像が多数出土しており、体にジグザグ模様がある。こういったことから、これらはニンギシュジッダを表す像という結論。このように女神像をニンギシュジッダのシンボルで考えていくと、装飾などのデザインの意味がわかる。

こういった女神像が、紀元前3万8000年頃から紀元前300年頃までの3万7700年間に世界中で見られる。人種も言語も大陸も違う人間が同じデザインパターンの女神像を共有していたとは考えられず、これら女神像はニンギシュジッダによって作られた。メキシコのマヤ文明からの出土品には、女神であるニンギシュジッダが宇宙船から降りてきているような絵が描かれている。その宇宙船の右下には、エジプトやメソポタミアなどで見られる有翼円盤も描かれている。つまりニンギシュジッダが姿を変えながら、宇宙船に乗って世界中に現れていた。

次は古い時代からの各国の女神像。左からドイツの女神像(紀元前3万8000年頃)、ロシアの女神像(紀元前2万6千年頃)、オーストリアの女神像(紀元前2万5千年)。

左からフランスの女神像(紀元前2万3千年頃)、チェコの女神像(紀元前2万4800年頃)、シベリアの女神像(紀元前1万8千年頃)。

左からトルコのギョベクリ・テペの女神像(紀元前9500年頃)、ギリシャの女神像(紀元前5500年頃)、エジプトの女神像(紀元前4400年頃)。

左から中国の女神像(紀元前4000年頃と3500年頃)、イタリアのサルデーニャ島の女神像(紀元前3500年頃)。

左からパキスタンのメヘンガルの女神像(紀元前3000年頃)、右2つはメキシコのマヤ文明の女神像(紀元前3000年頃)。

左からインダス文明のモヘンジョダロの女神像(紀元前2500年頃)、南米エクアドルの女神像(紀元前300年頃)。

紀元前3300年頃のメソポタミアのウルクからは、胸に手を当てた男根のある像も出土している。つまりニンギシュジッダは男女両面を併せ持った存在ということ。
ウルク(紀元前3300年)

また、石のハンドバックが出土した紀元前3000年頃のイランのジーロフト文化では、下の左の画像のように両手で2匹の蛇をつかむ角のある人物が描かれている。同じポーズの像は紀元前2000年頃のギリシャのクレタ島からも見つかっていて、右の画像の2匹の蛇を両手でつかむ胸の出た女神像。つまりどちらもニンギシュジッダを表す。

この同じポーズはエジプト、ヨーロッパ、中東、インド、南北アメリカで見られる。左のエジプトのホルスが両手に2匹の蛇とサソリを持っていたり、その右の同じエジプトのアンクという十字から生えた手がウアス杖を持っている。ホルスは男根があるので男だが、つまり男性としても女性としてもニンギシュジッダは描かれている。

次の左の画像は南米のインカ帝国で蛇のような長いものを両手に持った神ビラコチャ、右側の北アメリカの先住民ナバホ族の神エイ(Yei)はよくトウモロコシとともに描かれる。トウモロコシもニンギシュジッダのシンボルということ。

インドのインダス文明の印章では両手にライオンをつかんでいる。ライオンはニンギシュジッダのシンボルとしてよく登場する。

インドのインダス文明の別の出土品にも同じポーズの女神が見られるが、その上下に六芒星とゾウが彫刻されている。これらもニンギシュジッダのシンボルということ。

シュメールの単語ニン(Nin)は、女教皇、女王、女司祭長、女神を示すのに使われる。例えばギルガメシュの母ニンスンや、ニンフルサグ(ニンマー)、ニンニル、ニンガルなど。ニンギシュジッダも名前にニンがつき、世界中の宗教や神話に現れ、男女の神として登場する。時には2匹の蛇の中国神話の伏羲(ふっき)と女媧(じょか)やインドのナーガラージャのように、男女の組み合わせで現れる。これはニンギシュジッダが男女両方の性を持った両性具有だからであり、「一なるもの」とも同一ということ。

ここにあげた例以外にもシンボルは存在するが、このように世界中の女神像とそこに描かれているシンボルを照らし合わせていくと、全てがニンギシュジッダのシンボルでつながっているということが見えてくる。


④世界中の遺物に見られる黄金比の曲線

エジプトのホルスの目や、鷲(わし)、蛇の紀章ウラエウスなどがニンギシュジッダのシンボルということだったが、次のエジプトの装飾品にはそれに加え黄金比の渦模様も見られる。この黄金比と渦模様もニンギシュジッダのシンボル。
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黄金比の曲線は自然の中にも見られる。

この黄金比の曲線や渦模様が、紀元前1万年頃から各国の遺物に見られる。これもアフリカ、ヨーロッパ、アジア、中南米と、大陸間で共通しているということからして、科学技術のない人間が各地でそれを偶然見つけて取り入れたとは考えにくい。特にアフリカのフェールヌークパンの直径175mもある渦模様の地上絵から見ても、科学技術のない人間の手作業で描いたとは考えられない。

一般的に黄金比の歴史は、紀元前490年頃の古代ギリシアの彫刻家ペイディアス(Φειδίας) が初めて使ったといわれる。黄金比という用語が文献上に初めて登場したのは1835年刊行のドイツの数学者マルティン・オームの著書「初等純粋数学」。
2_紀元前1万年頃_トルコのギョベクリ・テペ
3ペルーのナスカ郊外にあるパレドネス遺跡の水路
5南アフリカのカラハリ砂漠のフェールヌークパン
9マヤ文明の祭祀センターのサン・バルトロ
14b日本の縄文土器や縄文土偶
20中国の青銅器
68_1248年_ドイツのケルン大聖堂


⑤世界中の巨石建造物に見られる多角形の石積み

エジプトのメンカウラー王のピラミッドやプタハ神殿、中東レバノンのジュピター神殿やバッカス神殿、メキシコのマヤ文明やテオティワカンのケツァルコアトル神殿、ローマのコロッセオ、南米ペルーのマチュ・ピチュやサクサイワマン、カンボジアのアンコールワット、モアイ像があるイースター島、日本の江戸城や大阪城の石垣、奈良県の岩屋山古墳など、世界中に多角形の石を組み上げた同じ形態の石積みが見られる。さらに共通しているのは、石と石の間はレーザーで切ったように紙一枚すら入らないほど密着していることで、昔の人間がどのようにして削ったのかわかっていない。そしてそれらは人力では扱えないほど巨石のものもある。こういった石積みがあるメキシコのマヤ文明や地中海のマルタ島などからは、ニンギシュジッダの女神像が出土している。つまり世界中の巨石建造物は、ニンギシュジッダの科学技術によって作られたという結論。


⑥オリオン座の配置で並んでいるピラミッド

エジプトのギザの3つのピラミッドは、オリオン座の真ん中の3つ星の配列で並んでいる。メキシコのテオティワカンと日本の沖縄にも3つのピラミッドが見られるが、中央のピラミッドの位置は若干ずれている。エジプトのピラミッドやテオティワカンは巨石建造物で、紙一枚通さないほど密着して石が組み上げられ、多角形の石積みもあることから、ピラミッドもニンギシュジッダが作ったという結論になる。テオティワカンの神殿のケツァルコアトルもニンギシュジッダで、マヤ文明ではククルカンと呼ばれているが、ククルカンの神殿には2匹の蛇が階段に彫刻されている。2匹の蛇は古代ローマ、インド、中国、日本、南米でも見られ、沖縄の北谷(ちゃたん)の海底ピラミッドにも2匹の蛇の像があるので、これらのピラミッドはニンギシュジッダが作ったという結論になる。こういった巨大なピラミッドを昔の人間がどのようにして作ったのか解明されておらず、オリオン座の配置ということは、上空から見なければ作ることはできない。つまりニンギシュジッダが世界中に現れて、各大陸の文明のルーツになった。


⑦世界中の建築物の平面図や衛星写真に見られる黄金比の比率

古代の遺跡は、黄金比を用いて敷地の設計がされていることがある。紀元前1万500年頃のエジプトの三大ピラミッド、紀元前5000年頃のメソポタミア文明のエリドゥ、同じくメソポタミア文明のウルのジッグラト、インダス文明のモヘンジョダロの大浴場、マヤ文明のチチェン・イッツァの戦士の神殿、ローマ帝国のティトゥス浴場、日本の神社仏閣、カンボジアのアンコール・ワット、中国の紫禁城(しきんじょう)、イギリス王室のウィンザー城の隣にある聖ジョージ礼拝堂、イスラム建築のモスクなど。敷地だけでなく、高さや横幅にも黄金比が見られたり、同様の場所から多角形の石積みや黄金比の渦模様が見られることもある。見た目のデザインは各国異なるが、作り方の方法論は統一されている。多くの場合、2つの黄金比を大外(おおそと)合わせで大きさを揃えて置くと、中央に重なる部分ができる。その重なった部分に合わせて神殿への階段幅などが決められている。その黄金比の中にできる3〜4個目に小さい黄金比に合わせて、通路幅、柱の間隔、部屋の大きさが決められている。それが紀元前1万500年頃から1700年頃までの1万2200年間、継続して見られる。つまり、こういった世界遺産や国宝に指定される建築物は、ニンギシュジッダが作った。そして時にはニンギシュジッダが主導しながら当時の人間と作られた。これらは宗教の建築物であり、よってあらゆる宗教のルーツもニンギシュジッダにあるということになる。

 

⑧世界中の建築物の立面図に見られる黄金比の比率

平面図と同様に各国の古代建築物の立面図にも、1つもしくは2つの黄金比の組み合わせで、屋根の位置や階段幅を決めていることがある。また立面図では黄金比にならないが、実物を正面から見た時の人間目線にあわせて、黄金比の比率で作られていることも多々ある。
4_226年 イランの巨岩遺跡ナクシェ・ロスタム
3_紀元前4年 伊勢神宮
7_315年 コンスタンティヌスの凱旋門
25_1121年 イランのジャーメ・モスク
26_1300年頃中国の紫禁城
38_1653年 インドのタージ・マハル


これらの他にも、次のような類似点が各宗教や神話に見られる。

・各神話の天地創造神話と宇宙卵(うちゅうらん)の話
・各神話の神の死と再生の物語
・各神話の神が赤子時代に何かに入れられて川に流された話
・巨人伝説
・樹木崇拝
・獅子像
・丸い巨石
・相撲やレスリング

これらのことは全てニンギシュジッダと関係する。あらゆる宗教の神とは、地球外から宇宙船でやってきたニンギシュジッダを表したもの。それが当時の人間にとっては天からやってきた神となる。ここからはこういった物的証拠に加え、古代メソポタミアのアッシュールバニパルの図書館より見つかっている、アヌンナキの歴史が記されたシュメール神話の粘土版の要約も加えながら見ていく。シュメール神話も作り話という結論だったが、年代やシンボルなどを他宗教と比較する上で参考になる。

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